第6話 物語の終わり

 王は美しいマリンカをひと目見て心を奪われた。

だが、マリンカは王都に来てから少しも表情を変えず能面のようであった。それでも美しさは変わらない。あの絵姿のように自分に向けて微笑んでほしい、王はそう切望したが何をしてもマリンカの表情が変わることはなかった。


王はマリンカの心がなんとしても欲しかった。そうしてマリンカを王妃にまでしたがマリンカは変わらなかった。

どうすれば良いのか、女性が喜びそうな様々なことを試みても変わらなかった。美しいドレスも宝石も美術品も何を見てもマリンカの表情を変えるものはなかった。


そうしたなか催事があり大道芸人などが呼ばれた。その大道芸人の芸を見ている時に僅かにマリンカの口角が上がった。それを見た王はこれだと思い、国中にお布令を出し大道芸人を王城に呼ぶこととした。

王妃マリンカを笑わせた者に多額の報奨金を与えると。

国中から、多くの大道芸人やらが集まり次々とその技を披露した。だがなかなかマリンカが笑う姿をみることはできなかった。


最後になったのは近頃王都で売り出した若い大道芸人で、かつて遠目でその芸を見たマリンカの口角を上げた人物だった。その彼がホールの中央に立った。その時、マリンカの表情が僅かに期待するものへと変わったのを王はみた。


次々と技を繰り広げる大道芸をみて、徐々にマリンカの頬が染まりその表情が笑顔になっていった。


「マリンカよ、気に入ったか。」

 王に声をかけられて振り向いたマリンカはスッと無表情へと変わり、王にはあの笑顔を向けてはくれない。

「はい。素晴らしい技だと思います。」

 そう答えるとまた大道芸人に向けて絵姿にもあったあの素晴らしい笑顔を向ける。なんと羨ましい、妬ましいことか。


「私が大道芸人の真似事をしたら、お前は私に向かって笑ってくれるか、微笑んでくれるか?」

 王は大道芸人を見て喜ぶマリンカに呟いた。


その言葉で王の方を向いたマリンカだが、王を見る表情はやはり無表情だ。マリンカは王が何をしても表情を変えない。王妃にしてやった時もその表情は一つも変わらなかった。

「そうですね。あの大道芸人のように見事な技を演じていただければ。でも、陛下のままでは無理ですわ。」


 彼女は、自分の親指にはめていた榛色の指輪を外して、王に渡した。

「これは私が作り出した魔道具の一つで、相手の能力と自分の能力を入れ替えさせるものです。この指輪をはめて大道芸人と握手をし、かの者の技を褒めてくださいませ。そうすれば大道芸人の技を手に入れることができるでしょう。その代わり、大道芸人の技に応対する陛下の技能を大道芸人へと譲ることになりますが。」


「それはいかほどの技能になるのか。」

「大道芸人がその技を身につけるために努力した分に応対した分になります。例えば王が努力して覚えられた他の国の言葉などになりますわ。」


 王は考えた。王として今まで国を支えてきたこの能力に勝るものはないであろう。大道芸人如きの技などたかが知れているのではないかと。それに大道芸人の技を手に入れれば、いつでも自分で王妃を喜ばせることができる。

外国の言葉の一つ二つが判らなくなったとしても、また覚え直せば良い。大した問題ではなかろうと。

マリンカが「努力した分に応対した」と言った言葉を深く考えもしなかった。

「指輪を。」


 マリンカが自分の抜いた指輪を王の右手の親指にはめると、王は立ち上がって大道芸人の元へと出向いた。驚いた大道芸人はその場で跪き、頭を垂れた。護衛の者が大道芸人へと近づこうとしたのは、宰相が留めた。


「大道芸人よ、面を上げ立ち上がるがよい。お前の見事な技により、我が王妃がここへ来て初めて笑った。約束の褒賞を取らせよう。また私もとても楽しませてもらった。その分も褒賞として与えよう。宰相、よいな。」

「はっ。」


 若い大道芸人を立ち上がらせると、彼の右手をとり、自分の右手で握り左手を添えた。

「そなたの技は見事であった。」


 その瞬間、あたりが一瞬歪んだ。王は一瞬で大道芸人の様相になっていた。大道芸人は王の様相になっていた。王が振り返りマリンカをみると、彼女が期待するような眼差しを自分に向けていることが何故かわかった。

「では、王妃の期待に答えてアンコールを。」


 そう口にして。次から次へと技を披露していく。

自分が何をすれば良いのかがわかっている。面白いように体が動き、反応していく。いつの間にか夢中になって次々と先程までしなかった大技まで繰り広げていった。マリンカが、初めて自分を見て笑ってくれている姿をみて王は感無量だった。

王の装束を纏った大道芸人がマリンカに招かれていつの間にか玉座の方にむかっていたことにも王は気が付かなかった。

大道芸人の装束となった王、ブランカはマリンカの微笑みが自分に向けられたことで胸いっぱいになっていた。



そして、気がつくと城下にぽつんと一人佇んでいた。


いつの間にか王妃を笑わせた褒賞を受け取り、大道芸人として城下へと出ていたのだ。


「私が王だ。ブランカ王だ。」

 出戻って門番に言っても、取り合ってもくれなかった。大道芸人の新しい演技かなにかだと思われたのかもしれない。

彼の懐には多額の報奨金があるが、それだけだ。彼は二度と玉座に戻ることはできなかった。




 その後、王国ではマリンカが王妃になったことで王の女癖の悪さがなくなったと噂されるようになった。後宮に留め置かれた女性たちは、すべて開放されたという。

夫婦仲の良い賢王として歴史に名を残すことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絵姿の君 凰 百花 @ootori-momo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ