第5話 大道芸人のジョーカーと雑貨屋のジョン

 一ヶ月ほどは殆ど何もする気にもなれず、いたずらに時が過ぎていった。


ぼんやりと店で佇んでいると、店先に向かいのパン屋の娘が訪れた。この一ヶ月というもの、ずっとジョンにサンドイッチを運んでくれていた。

「ジョンさん。これ食べてね。」

 渡された紙袋にはサンドイッチが詰められていた。


「父さんが焼いたパンじゃなくて申し訳ないけど。」

 今日のパンはいつものパンとは違い、ちょっと不格好でボソボソで旨味が少ない。

「親父さん、どうかしたのかい。」

 娘はちょっと俯いて、申し訳無さそうに言った。

「うん。右手を怪我しちゃって。今日はあたしが代わりにパンを焼いてみたけど、やっぱりうまくはできなくてさ。ごめんね。」

「そんなことないさ。ありがとう。」

  

 漸く、ジョンは自分以外の世界を思い出した。パン屋の娘が去った後、様子を見に行こうとパン屋に出向いてみた。右手を三角巾で吊ってるパン屋の親父サムは娘がパンを焼く様子を見ていて、時々なにやかやとアドバイスをしていた。


「こんちわ。いつもサンドイッチありがとう。」

 声をかけると、笑ってサムがこちらにやってきた。

「すまんな、今日は娘の不出来なパンで。」

「こっちこそ、迷惑をかけて。色々とありがとう。」


 ジョンは持ってきた道具をサムに見せた。

「いや、手を怪我したって聞いて。マリンカが作ったギプスなんだが使ってみないか。これは魔道具なので、手の動きをフォローしてくれるらしい。」

 そう言って差し出した。


「そうか、ありがとよ。いい機会だから娘にパンの仕込み方なんかを教えているんだ。でも、そんなに便利な道具があるのか。そうか、足用のもないか。」

「足も悪いのか?」

「いや、俺じゃないんだがな。」


 街に住む大道芸人のジョーカーが、足を怪我したという。大道芸人にとっては死活問題だろう。

ジョーカーはかつては王都で人気の大道芸人だったという。歳もいって穏やかな生活をしたいと王都からこの街へとやってきていた。

ジョーカーの怪我はたまたま同じ医者にかかっていたために耳にしたという。

 

 大道芸人のジョーカーが、町の中央にある噴水の傍らでうなだれているのを見つけた。


「足を怪我したと聞いた。」

 ジョーカーは話しかけたジョンの方にちょっとだけ顔を向けたが、またうなだれてしまった。

「ええ、もうこの足では今までのような芸が無理だと言われました。私は幼い頃からずっとこの道一筋でやってきたので、今更別のことができるとは思えないんですよね。この街に来たときも、最初は別のことをしようかとも思っていたんですが、結局芸をしていましたしね。これからどうしたらよいのかと…。」


 そんなジョーカーをしばらく見つめていたジョンは思い切って聞いてみることにした。

「ねえ、ジョーカーさんは雑貨屋をやってみたいと思いませんか。」

「えっ。」

「僕は王都に行こうと思っています。でも雑貨屋しかやったことがありません。だから別の職につけないと王都ではやっていけないと思うんです。ここにマリンカの魔道具があります。この魔道具を使うと僕のお店をやってきた技術と経験とジョーカーさんの大道芸人としての技術と経験を取り替えっこできるんです。」

 

 ジョーカーは街外れの雑貨屋を引き継いだ。そしてジョンはサムや皆に惜しまれながらも王都へと向かった。

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