黒傷こくしょうの森ー

月光が輝いて見えるほどの暗さ、また雨が降ったため、ぬかるんでいる地面。そのためとても蒸し暑い。ヤクモにとっては地獄にも勝る《まさ》ような場所だ。そんな環境にも関わらず、ヤクモは体を縮め気配を消す。

「くっ。何処へ行った。必ず周辺にはいるはずだ。目撃情報もある。なんとしても探しだせっ!」

この森を捜索する神殺し衆のまとめ役なのだろうか。指揮を取り、ヤクモを探すため睨み付けるような目。まるで餌に肥えた獣のようだ。ヤクモはそんな目に見つからないようにゆっくりと移動していった。小枝がヤクモの体に少しずつ擦り傷を作っていき、服に血が少しずつ滲んでいった。


ーとある廃村ー

とっくに陽は落ち、ヤクモは黒傷の森を抜けた頃、流石に宿無しで泊まる訳にも行かず、近くで見つけた廃村に足を踏み入れようとしていた。

「ここもきっと十二聖者が…。特に誰もいるわけではなさそうかな?申し訳ないけど、ここで少し泊まらせてもらおう。」

風が傷口に触れズキズキと激痛が身体中を走る。しかし、治療もしていないでいたら傷が腐食してしまう。

「キャーッ!」

叫び声が村中に響いた。ヤクモは疾風迅雷の速さ声の主の元まで走る。目の前には二人の少年と一人の少女、そして大きな影が一つ。十二聖者だ。

「お、俺が二人を守る。守ってみせる!うおおおおおっ!」

坊主頭の少年は持っていたくわで十二聖者へ向かっていたが、十二聖者には文字通り刃も通らず、吹き飛ばされた。

「くそっ、二人が危ねぇのに体が動かねぇ。誰か、誰か助けて…。」

十二聖者が坊主頭の少年には目を向けず、残りの二人へと向かっていく。二人も腰が引けて動けなくなっている。ヤクモは到着した瞬間、自身の勾玉を武器へ変換し、十二聖者へ向かっていった。


十二聖者の肉片は崩れ、ヒルコの遺骸に変化していった。坊主頭の少年以外は特に体に傷は出来ていなかった。

(ふーっ。二人は大丈夫そうだけど、あの少年はかなり不味いよね。骨折してるかも。)

ヤクモは坊主頭の少年の元へ駆け足で向かっていった。

「大丈夫?立てそう?」

ヤクモはそう言って手を伸ばしたが、少年は自分の足に力を入れて立ち上がった。

「ありがとう、お姉ちゃん。でも大丈夫だよ。俺は男なんだから。へばっていられないよ。」

どう見ても足はガクガクですぐにでも転倒しそうな勢いだったが心配をかけないように頑張っている。その気持ちを踏みにじることは男心にきっと傷をつけてしまうのだろう。そう思い、ヤクモは手を引いた。

(強い子だな…。)

するとヤクモの背後から少年少女二人が涙を流して、坊主頭の少年へ走ってきた。

「大丈夫、スノ?痛いところとかない?」

「あ、あぁ。大丈夫だ。問題ない。元気ピンピンだよ。」

「もう。足ガクガクじゃん。後で休んだ方がいいよ。」

「大丈夫だから。休まなくても。って、あれサオ達が分身してるように見え…て…?」

そう言って、スノという少年は地面へと倒れた。

それに続くようにヤクモの意識も遠くなっていき、地面へと引き付けられた。


櫛鳴くしなりやしろ

日が高く昇り、まぶたを閉じていたとしてもうっすら白く光る。ヤクモは少しずつその状況に対応させるようにゆっくりと瞼をあげる。

「お……ちゃん!」

(声が聞こえる。なんだろう?)

次に耳を少しずつ対応させる。

「お姉ちゃん!よかった。無事に目覚めてくれて。大丈夫ですか?一応、怪我の応急処置はしたのですけど…。」

ヤクモはそう言われて怪我の状況を確認する為に、半分体を起こした。腕には包帯が巻かれ、お腹には薬を塗ってある貼り物があった。しっかりと粘着テープで貼ってある。

「も、もしかして裸を見られるのは嫌でしたか?ごめんなさい。怪我を放っておくのはよくないと思って…。」

「まあ、恥ずかしさはあるけど嫌じゃないよ。心配してくれてありがとう。此処ここ何処どこか教えてもらってもいいかな?」

「えっと、ここは櫛鳴の社と呼ばれている場所にある来客用の部屋ですね。でもよかったです。二日も眠っていたので。二人とも心配してましたし。」

(二日?!本当に疲れていたんだな…。)

ヤクモは気付かないうちに疲れを蓄積していたのだ。しかし、一つ心配していた。それは十二聖者に飛ばされていた少年についてだ。しかし、それも大丈夫そうだ。だって、とも心配できているのだから。

そしてしばらく、沈黙の空間が続いた。気まずさが限界を超えた。何か話題を見つけないと。そう考えていると部屋の襖が開いた。そこにいたのはタオルを持っている坊主頭の少年だった。

「おーい、クシナ。お姉さん、まだ目覚めないか?って、起きてるじゃん!」

なんか予想していた反応通りでヤクモはほっとした。今、ヤクモの隣にいる少女は少し大人びていたからだ。

「おいっ。クシナ。目覚めたんなら教えに来てくれよ。俺もあいつも心配してるんだからさ。」

「違うよ。今さっきお姉ちゃんが起きたの!」

「ふーん。怪しいしなー。どうせ忘れてただけだろ。」

「別にいいじゃん。ばーか!」

(微笑ましいな。)

そしてスノは持っていたタオルなどをクシナに渡して襖の前まで行った。

「じゃあ俺、サオ呼んでくるから。」

「えっ。だったら私も行くよ。」

「はあ?!お前が行ったら誰がお姉さんを見張っておくんだよ!」

「だ、だって。サッキカラ,ハナスワダイガナクテ,キマズカッタンダモン.」

そう言い訳をしようとして、クシナはスノの耳元へ移動してそう言った。

「はー。分かったよ。俺が残ってればいいんだろ。」

「ありがとう。お兄ちゃん。」

そう言ってクシナは襖を開けて颯爽とサオを呼びに行ってしまった。

スノはため息を少し吐きながら、襖を閉めた。何故行かせる事にしたのかヤクモには聞こえなかったが、きっとスノ君は押し負けたのだろう。

(別に怪我は殆ど大丈夫なんだけどな…。)

流石に話題を切り出さなくてはと思い、ヤクモは此方こちらに振り返った瞬間から話し始めた。

「怪我の方は、大丈夫?」

「ああ。大丈夫。特に問題はないですから。ほらっ。」

そう言って、スノは上半身のはかまを開けた。包帯は巻かれているが、血は滲んでいない。大丈夫そうだ。

「心配してくれてありがとうございます。」

「ううん。全然いいよ。むしろ私が怪我させちゃったんだし。ごめんね。」

「これは俺の力の無さが原因ですから、いいですよ。」

「もしかしてだけど、無理して敬語使ってる?」

「へ?」

スノは鳩が豆鉄砲を食らったかのようなキョトンとした顔をした。

「だって、いきなり私が話しかけた時は敬語じゃなかったし。別に敬語じゃなくても大丈夫だよ。」

「じゃあ、分かったよ。そうさせてくれ。よろしく。えっと、名前を聞いてもいいか?」

「私?私はヤクモだよ。君は?」

「俺はスノって言うんだ。」

そう言ってスノは手をヤクモの方に出した。ヤクモはその手をきゅっと握った。これはいわゆる仲良くなった証拠。世間的には握手というのだろう。



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