第1部 §4 最終話

 彼女のその姿に、集落の人々は騒めく。ミリタリーパンツを履いた天使など、聞いたことがない。それこそレーラの着ているような、衣の方が余程それに似つかわしい。


 「レイン殿のあの姿は、いつ見ても震えがくるのぅ」


 絶対的な力すら感じされるそのオーラに対して、ゾフィは自らの両肩を抱いて、ウットリとしている。しかし、それ以上に今にも失神してしまいそうなレーラが其処にいた。


 「なんと神々しい……」


 その恍惚とした表情は、自慰に浸りきった直後のように、何とも生々しいものだった。そして翼を持つその姿こそが、レーラの心酔する、レインの姿なのである。

 

 レインは、大地を一蹴りして、ふわりと宙に浮く。しかし、その優美さとは裏腹に、あっという間に数百メートルほどの高さにまで達する。


 「確か、西から東にこう……」


 レインは、怪光線が結界を貫いたルートを再確認する。勿論そこに存在するとは限らないのだが、まるで総てを見透かしたかのように、一点を見つめる。


 「まぁ、あれだけ大きな力だから、カモフラージュしてもばれちゃうよね」


 恐らく周囲を制圧したことで、彼等は撤退を決めているはずだ。アカデミーの反乱分子となれば、当然それなりの事態を想定しているはずだが、レインがどれだけの力を振るうのか?ということそのものは、トップシークレットである。


 ゾフィ、レーラ、レインが普段単独で動く理由には、そう言った側面もあるのだ。


 レインは軽く右手を真横に上げ、掌を下に向けた状態で、力を集中させる。するとそこには、青白いソフトボール大の、球体が浮かび上がるのだった。


 同時に、レインが見定めていた方角に、薄青い半球対が浮かび上がる。


 「無駄。これ、魔法じゃないから」


 レインはそう言うと、軽く振りかぶると同時に、それを目下に見えるシールドに投げつけるのだった。その速度は軽く音速を超えており、まるで落雷が迸るように、空気を裂き、突き進む。


 直後シールドを突き抜け、大爆発を起こす。集落から随分離れていたため、爆風に晒されることはないが、軽くはなったその一撃でさえ、地形を大きく変えてしまうほどのものだった。


 当に跡形もなく、木っ端微塵というわけだ。


 圧倒的な勝利を手にしても、レインにはなんの感慨も無い。ただ背中を向けその場を立ち去るのであった。

 

 集落に戻ると、最悪の状況から解放された村人達は、安堵のため息をつき、すでにゾフィ達を囲んでいた。仕事だとはいえ、村人から見れば、彼女達はヒーローだったに違いない。


 レインは、天使様と崇められる始末だったが、其処には照れくささも喜びも無い。ただ何となく、救われた命が其処にあるのだということだけが唯一の救いかのように、静かに微笑み、祝福の輪の中に入る。

 

 一応の解決を見たレイン達は、アカデミーの本部へと戻る事にする。

 

 場所はストームのオフィスとなる。


 「バッッッッカじゃないの!このだめ猫!」


 帰還早々フィルの罵声がレインに飛ぶ。


 「うひ!」


 レインは、自分よりも半分ほど高い位置から、フィルに怒鳴られ、肩をすくめている。そこには、度を過ぎた悪戯を呵られたかのように、そろりと目を開けるレインがいた。


 「アンタ、折角の証拠焼き払うとかあり得ない!」


 「だって、アレ間違い無くフタマル式エルカノンⅡ型だったよ!物証取るまでも……」


 「そんなミリオタな知識いらないわよ!人間事焼き払ったら、尋問も出来ないでしょ!」


 再びレインの頭の上から怒鳴るフィルだった。その度にレインは、肩をすくめて大人しく呵られている。


 「ま、まぁフィル。隊長も反省してるし……」


 ストームは、我妻であるフィルを宥めている。そして、ストームにそう言われてしまうと、フィルは、そっぽを向いて腹立たしそうにしても、それ以上何も言えなくなってしまうのだ。


 「結局あの男も、盗賊連合の頭って以外の事意外は、殆ど解らずじまいだし。ただ……」


 フィルは唯一得た手がかりの結論に入る。


 「デカいことをやろう。なんて、そそのかされて、アレだけの火力渡されれば、調子にも乗るわね」


 それが事の成り行きの一端というわけだ。


 レインは、刻印の施された弾丸を指に持ち、その謎について少々考える。


 「まさか抗魔弾なんて持ち出すなんてな……」


 そう言ったストームとしては、それが少々気がかりだった。抗魔弾は、当に対魔法戦闘用兵器であり、開発プロセスそのものは存在していたものなのだ。ただ、製造ラインそのものは、アカデミーには、現在存在していない。


 「どのみちこんなモノ。量産なんて、早々出来やしないわ」


 フィルが、レインから取り上げた抗魔弾を、無造作に近くのゴミ箱にそれを放り投げてしまうのだった。大事な証拠品といいながら、彼女もその扱いである。

 

 「それよりか。フィル様もストーム殿も、折角のナルトGTが冷めてしまいますぞ?」


 緊張感のないゾフィーが、それをおいしそうに、ホクホクと食べているのである。


 普段呆れてそれを眺めているレーラだが、この時ばかりは黙々と焼き芋を食べている。ゾフィの横で、彼女と同じ行動に恥ずかしさを感じているらしく、頬を赤くしている。ただ、手は止められないようだ。


 「そうね。雌猫叱りつけたら、お腹が空いたわ」


 フィルは、ウキウキと焼き芋を食べているゾフィの前に座り、立っているレインの手を引っ張り、自分の横に座らせる。


 「アンタが守ったものも、ちゃんとここにあるわよ」


 フィルは、あまり表情を作らなかったが、湯気立つ焼き芋を半分に割り、その片方をレインに渡す。


 「うん!」


 漸く見せたレインのその表情に、一同がクスリと笑うのであった。

 

                     終

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