17話 翔汰の頼み
「それで、まずはどこに行くんだ?」
駅前から電車に乗って移動し、俺たちがやってきたのは巨大ショッピングモール。
学校の近くにもショッピングモールはあるが、ここはそれよりも規模が大きくそれだけ中にある施設の数や種類も豊富だ。
「ねえ……虹峰くん、深玖流から今日の予定ってどう聞いてる?」
「食べ放題以外は適当に気の向くままに買い物とだけ」
「うん、間違ってはないけど……なんていうか、それで平然としてるのさすがだよ」
俺の答えを聞いて苦笑いを浮かべる伊吹さん。
深玖流の普段の感じからしてそう言いそうだし、俺も慣れてるから流してるんだろうな、と思っていそうな顔だ。
「悲しいことに、それだけで言いたいことはなんとなくわかるから」
「……阿吽の呼吸みたい」
「どっちかというと、一方的な慣れかな……」
実際はいくつか見たいものも決まっていて、その道中の寄り道までは不明だということが深玖流に連絡がされる時に適当に省略された結果があれだと俺は予想している。
まあ、こうしてわかってしまうのも深玖流の内容が雑な連絡が減らない要因だろうから、ある意味自業自得なのかもしれない。
「……ある程度ちゃんと教えてもらえた俺って、マシだったんだな」
「そうだよー、翔汰は私に感謝しなきゃ。っと、一応の最初の目的地は女の子らしく洋服を見に行く予定だよ」
「なるほど。おまけの俺たちは後ろを着いていくだけだから、好きに動いてくれていいよ」
「はいはーい、それじゃ遠慮なくそうさせてもらうね。お二人さん、行くよー」
そうして出発すると前に無透さん、深玖流、伊吹さんの順に横並びになり、その後ろに俺と翔汰が続く形となった。
そうなると当然、前の女子たち三人と後ろの俺たちという二つのグループで会話が発生することになる。
「そういやさ。集合したときに気合い入れてきたとか言われてたけど、普段遊んだりするときってここまでしないのか?」
「いつもはこんなのだぞ」
スマホを操作して、前にクラスで遊びに行ったときに撮った集合写真を翔汰に見せる。
参加者全員が写るようにしてあるから一人一人が小さいが、俺の普段の格好を教えるくらいはそれでも問題ない。
「あー……納得した。たしかにこれがデフォルトって言うなら気合い入れたって思われても仕方ない。今日は男避けって言われてたからか?」
「今日もほんとはここまでやるつもりはなかったんだけどな……深玖流に押しきられた」
「はは、それなら仕方ないな。俺は今の格好も悪くないと思うぞ」
押しきられた原因を話さなくても相手が勝手に納得してくれる深玖流のイメージはこういうときはすごくありがたいとあらためて思う。
家に泊まりに来ているという状況だけでもあまり他人には話したくないというのに、深玖流のお願いをできる限り叶えると言ったことなんて更に話をややこしくする材料にしかならない。
「それに、 今ぐらいとまではいかなくても多少ちゃんとするだけで学校でもモテそうな気がするけどな」
「そう言うのは興味ないから今のままでいい。というか、モテるモテないの話なら翔汰だろ。高校デビューしたらしいしな」
「……弥生め。ほんと余計なこと言ってくれやがって」
「それで、高校デビューの成果はどうなんだ?」
今日この場に来ている時点で今翔汰に恋人がいるという可能性はかなり低そうだとは思う。
彼女がいるなら、よっぽど寛容か、伊吹さんと仲が良くて事情をわかっててオッケーしてくれたということでもなければここに来れてはいないはずだ。
「今日も多少の効果はあったんだろうけど、成果はねえよ」
「今日呼ばれてる時点でそんな気はしてたけど、意外だな」
今日ここに来ているという前提があるから翔汰に恋人がいないという予想をしたものの、それがなければ俺は逆の予想をしていたはずだ。
人当たりもよく見た目もおしゃれ、金髪なのは多少人を選ぶかもしれないが、それでもマイナスよりもプラスになることのほうが多いだろうから、告白されたりくらいは普通にあると思うのが普通だろう。
「まあ、一般的な男子高校生が羨むような成果なら既にあるにはあるんだけどな。それは俺の望む成果じゃないってだけで」
「となると、明確な目標があって高校デビューした、と?」
「目標っていうか、願望だよ。この髪色にしたのだってその願望が絡んでるしな」
「その願望は……まあ、聞かないほうがいいよな」
誰しも、話したくない秘密や想いを一つや二つ抱えているものだ。
少なくとも俺と深玖流はお互い共通して他人に話すつもりのないものを抱えているし、その深玖流が俺にも言わない何かを抱え込んでいることだって知っている。
だから、自分が聞かれると困るから俺はそういうことには基本的にあまり突っ込まないようにしている。
「あっさり引いてくれて助かる、って言いたいところなんだけど逆だ。聞いて、できれば手を貸してくれると助かる」
「……一応言っとくけど、俺たち今日初対面だぞ?」
「わかってるって。最終的な判断はそっちに任せるし、手伝わないとしてもちゃんと黙っててくれそうだから頼んでるんだよ。ま、俺の打算とか含めて話すし、聞くだけ聞いてくれ」
「わかったよ」
「それじゃあ……っと。ちょっと寄り道みたいだな」
その言葉とともに翔汰が指差した方向を見ると、少し前を歩いていた三人が雑貨屋に入っていくところだった。
後ろの俺たちに何も言う様子もないから店の中まで着いてきてほしい、ということもないだろう。
もしかすると、ほんとにただの寄り道ですぐ出てくるかもしれない。
「俺たちはここで待ってればよさそうだな」
「だな……お、そこ座れば丁度いいな。俺は話すことに集中するだろうし、店から出てくるかだけ見とくの任せていいか?」
「ああ、それくらい問題ない」
運良く近くで空いていた休憩スペースに翔汰と並んで座る。
座ると翔汰は話す内容を整理しているのか少し黙り込んだあと、ゆっくりと口を開いた。
「……俺はさ、弥生にもっと俺のことを見てほしいんだよ。髪を染めたのだって今までよりも話せるようになるためだ。弥生の周りに集まりやすい男を考えたらこういう見た目のほうが馴染みやすいだろうし、そうじゃなくても話題くらいにはなるしな」
思いもよらない翔汰の告白内容に俺はかける言葉が思いつかない。
何か言ったほうがいいのだろうかと思い頭を回す傍ら、さっき翔汰の言っていた多少の効果が何のことを指していたのかは話の流れで理解できた。どんなやり取りがあったのかまではわからないが、今日のメンバーに呼ばれたことが目標への一歩ということなのだろう。
「親戚ってだけで何もない状態よりはアドバンテージもあるんだろうけど、逆に言えばそこの枠組みを抜けるのも大変なんだよな。だからさ、俺としては彩人がすごく羨ましいよ。幼馴染みだからってだけじゃなくて、羽白さんとお互いのことを思う明確な繋がりがあるって見るだけでもわかるから」
「……なるほどな。でも、そういうところで何かしら助言がほしいとかなら無理だぞ?俺たちの今の関係は色々あった結果だから絶対参考になんてならない」
周りから見た俺と深玖流の関係は仲のいい幼馴染みだろう。
ずっと一緒に過ごしてきているし、今でも家に泊まりに来たりしているのだから一般的な幼馴染み以上の関係だということはお互いに断言できる。
それでも、今の関係の根本的な部分が変わらない限りは俺たちはこの関係がまともじゃない、歪んだものだと言うだろう。
「だろうな。ちなみに、どれくらいの付き合いなんだ?」
「知り合ってからの年数って意味の質問なら、10年は越えるな」
「それだけ一緒で、その中で色々あったって言うなら納得しかねえな。それで、だ。本題に戻ると俺にとっては彩人の立ち位置が都合がいいから足掛かりにさせてほしい」
「……というと?」
「今年弥生と同じクラスで、弥生と仲がいい女子とも近い関係にある男だからな」
たしかに、翔汰のいう条件には俺はぴったりだ。
クラス内に同じ条件に当てはまる男子は他にもいるかもしれないがどこかからその情報を仕入れなければならず、その一方で俺と深玖流の関係は一目で見てわかる。
そんな立ち位置の俺とこうして話せる機会を得られたのも翔汰にとっては大きいのだろう。
「なるほどな。質問してもいいか?」
「もちろん。なんでも答えるぞ」
「まずは……そうだな。結局俺は何をすればいいんだ?」
「ぶっちゃけると、今すぐに何かとかはない。俺が弥生のいるクラスに行く口実の一つにでもさせてくれればいい」
「でもそれ、俺じゃなくてもよくないか」
「それだけならな。弥生のこと……そうだな。例えば誕生日にほしいものとか、そういうのをこっそり知りたい時に頼れる相手っていう条件も加わるとかなり減る」
「その点、俺なら深玖流の力も借りやすいと」
「正解。その時は俺からお願いはするつもりだけど、事前に話を通してくれるだけでも違うしな」
ここまで説明をされれば俺の立ち位置が翔汰にとって都合がいいという言葉にも納得がいった。
「これは……言いたくないなら答えてくれなくてもいい。翔汰の最終的な目標はどこなんだ?」
「その言い方、予想は付いてるんだろ?」
「まあな。だとしてもストーレートに聞ける内容じゃないだろ」
「はは、そりゃ違いない。ほんとに理想の最終目標ってことなら恋人だよ」
軽い調子で笑いながら俺の質問に答える翔汰。
しかし、その瞳は真剣そのものだ。
俺にはそういったものはないが、人によっては近い血縁相手に恋情を抱くというだけでマイナスな印象を持つ可能性もある。
それなのに、親戚の女の子と恋人になりたいから手を貸してくれとはっきりと初対面の俺に打ち明けたのは覚悟がいったはずだ。
そんな心の中を打ち明けてくれた翔汰の力になりたい、と俺は自然とそう思っていた。
「ここまで聞いたんだ、できる限りの手助けはさせてくれ」
「マジか!ぶっちゃけ五分五分くらいだと思ってたぞ」
「まあ、内容が内容だしな……そう思うのも仕方ないか」
「今年が勝負だと思ってたから、正直めちゃくちゃ助かる」
「今年が勝負?」
「何も考えずに一緒にいられるのなんて高校までだろ?卒業したらそれぞれの進路があるしな。で、来年なんてどうせその進路のことで追われてるんだから余裕がある今年の内にただの親戚からの脱却くらいはしたいってわけ」
「なるほどな、言われてみればそうか」
「それなのに、今年も同じクラスになれねえから焦ってたんだよな」
話を続ける翔汰の言葉に耳を傾けながらも、俺の頭の中は思いがけず突きつけられた現実に埋め尽くされていた。
無条件で一緒にいられる時間はもうすぐ終わる、これは何も翔汰だけの話じゃない。当然、俺と深玖流だって同じだ。
幼馴染みという関係が自然に続いてきたから気にしていなかったが、これはずっと続いていくと決まっているわけじゃない。
たとえ今は同じ方向を向いて隣を歩いているのだとしても、それがずっと同じなわけはなくどこかで俺たちはそれぞれの道を選ばなければならない。
その岐路の一つとして目に見えて大きいものが高校の卒業であり進路だ。
もし同じ大学に進学するということにでもなれば今のような関係をそのまま続けることもできるかもしれないが、そうだとしてもお互いに進路は決めている必要がある。
だから、今の形を続けるのか、別の形を探すのか。
どんな結論を出すにしても一度深玖流との今の歪んだ関係、その根本に向き合うことは避けられないだろう。
「──おい、彩人。大丈夫か?」
「あ、ああ」
「急に反応しなくなってびっくりしたぞ」
そんな俺の考えごとは翔汰に体を揺すられて強制的に中断された。
相槌を打ちながら話を聞いているつもりだったが、考えごとの方に意識を割きすぎてそれすらできなくなっていたのだろう。
「……悪い、ちょっと考え事してた」
「俺もそこまで内容あること話してたわけじゃないし別にいいけどな。その考え事、手助けはいるか?」
「今はまだ大丈夫だ。けど……必要になるだろうから、その時は相談に乗ってくれ」
「あいよ。俺のお願いに巻き込んだんだからそれくらい安いもんだ」
理想を言うのであれば俺と深玖流の間の話し合いだけで完結させてしまうのがいいのだろうが、それは難しいだろう。
どちらも感情的にならずに落ち着いて話を進めることなんておそらく不可能だろうし、すぐに決着もつけられない。
そうなると俺たち以外の第三者というものも必要になるはずだ。
「まあ、この話はこれくらいにして相談の続きにでも乗ってもらうか。俺が彩人のクラスに遊びに行く以外に何か状況を変える案ねえか?」
「いきなり雑な振りを……まあ、告白とまではいかなくてもこっちからの明確なアピールは必要だろうから、デートとかか?」
「やっぱそうだよな……買い物にたまに付き合わされたりはあるけど、それとは差別化はしたいんだよ」
「鉄板デートスポットの遊園地とか水族館にでも誘えば効果あるんじゃないか?」
「だとは思うんだけどな……弥生のその辺の好み知らねえから、そこが問題なんだよ」
男二人が揃って頭を捻るもすぐにいい案なんて出てくるわけもなく。
顔を見合わせた俺たちは同じことを考えていた。
これはさっそく深玖流の力を借りるしかない、と。
「彩人、頼んでいいか?」
「ああ。深玖流も断らない、というかいい勢いで食いついてくると思う」
「私が何に食いつくって?」
「うおっ!…………深玖流だけか」
何の違和感もなく会話に混ざってきた深玖流に驚きつつも周囲を確認すると、近くにいるのは深玖流だけで伊吹さんと無透さんは雑貨屋の前にいた。
物色も終わり、俺と翔汰を深玖流が呼びに来たのだろう。
「何、私だけだと問題?」
「いや、一人だけで正直助かった」
「ふーん。二人には聞かれたくない話でもしてたの?」
「二人というか、弥生には知られたくない……いや、最終的には知ってもらわないと困るんだけど。羽白さんには後日話すし、その上でお願いしたいことがあるから今は流してほしい」
「何かしらわけありで、私が食いつきそうなお願いがある、と。了解了解。じゃ、今は二人に合流しよっか。ずっとここにいると来ちゃうかもだし」
「ありがとう、羽白さん」
「いいよいいよ」
そうして一歩先を歩く二人を見ながら、俺はまた深玖流との関係をどうするのかと頭を悩ませるのだった。
君に届ける金色の 蒼雪 玲楓 @_Yuki
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