16話 集合場所へ
「彩人、起きなさい」
「ふぁ…………母さんか」
誰かに体をゆすられ、眠りを妨げられる。
目を開けてその犯人が誰かと見てみると、視界に入ってきたのは母さんの顔だった。
「そうなるだろうとは思ってたけど、ほんとにここで寝てたのね」
「ここで?……ああ、そういえばそうだった……」
未だに寝ぼけたままの頭が今の状況を理解し始める。
俺の顔を覗き込む母さん、そして俺が寝ているのは自分の部屋のベッドではなくリビングのソファ、そこまで認識すると結局寝落ちした深玖流を起こすこともできず、諦めてここで眠りについたことも思い出してくる。
「そういえば、今何時?」
「だいたい8時過ぎくらいかしら。ここでずっと寝られるのは邪魔だし、今日は深玖流ちゃんと出掛けるんでしょう?」
「……それはごもっとも。とりあえず深玖流に声かけてくる」
「深玖流ちゃんのこと、よろしくね」
「はいはい」
寝転んでいたソファから立ち上がり、自分の部屋へと向かう。
念のためにノックをしてみても反応はなく、扉を開けて部屋の中の様子を見てみると気持ちよさそうに眠る深玖流の姿があった。
部屋を出ていく前と違いがあるとすれば、俺が掛けていった布団が深玖流の抱き枕に変わっていることくらいだろうか。
「はぁ……ほんと気持ちよさそうに寝やがって。おい、深玖流。起きろ」
「んみゅ……」
深玖流の肩を持ち揺すってみると、軽く反応を見せる。
といっても、経験則からこの程度の反応では深玖流が起きる気配などないことをわかっているのですぐに次の手段へと移る。
安眠のもととなっている抱き枕代わりの布団を奪い、少しだけ放置する。
すると、なくなった抱き枕を求めてベッドの上を動き始めるのでそれに合わせてもう一度体を揺すれば深玖流の目蓋が少しだけ開く。
「朝だぞ、起きろ」
「…………っん、ふぁれ……なんで、彩人が……?」
「なんでも何も、お前が俺の部屋で寝落ちしたから起こしに来たんだよ」
「……にゃるほど…………おやすみ……」
「だから、寝るなって……」
俺が奪った布団に手を伸ばしながら二度寝を決行しようとする深玖流の様子に何度目になるかもわからない溜め息が出てくる。
普段学校に通っているときは自分で起きないといけないという意識があるからましだが、その意識がないときの深玖流の寝起きは本当にひどい。
その上、今回は泊まっている間は気を抜くと宣言していたから真面目に起きる気など今は微塵もないはずだ。
「深玖流、今日の予定覚えてるか?」
「……なにか、あったっけ…………?」
「遊びに行く約束があっただろ」
「そうだった、かも…………まだ、寝れる、でしょ……?」
今日の集合時刻は駅前に10時。
俺の家からの移動時間と準備時間を考えてもまだ余裕で寝ていられるのだが、今の深玖流にそんなことを教えれば限界まで寝てバタバタと準備をするのが目に見えている。
「無理だぞ、あと10分で家を出るって言ってた時間だ」
そうなると、嘘をついて無理矢理にでも起きてもらうのが一番都合がいい。
「……10分…………10分!?もっと早く起こしてよ!!」
ベッドの枕元に置いてある時計を見ればそんな時間ではないことはわかるのだが、全く頭の働いていない深玖流は俺の嘘を信じて飛び起きる。
「だから起こしただろ。ほら」
俺の指差した先にある時計を見て正しい時刻を認識した深玖流は、自分が騙されたことを悟って抗議の視線を向けてくる。
「彩人のバカバカ!ほんとに焦ったんだからね!」
「いやお前、焦らないとすぐに起きないだろ」
「だからってこんなギリギリの時間教えることないじゃん!!何回かに分けて起こしてくれてもいいでしょ!」
「そうやって、絶対起きたって断言できるか?」
俺の問いにうっ、と呻いた後視線を逸らす深玖流。
自分の寝起きの悪さを自覚しているから、その方法で絶対に起きるとは断言できないはずだ。
「でも、起きれるかもしれないじゃん……」
「まあ、とりあえず着替えたりしてこい」
「ん、そうする」
「先準備しておくけど、朝ごはんはどうする?」
「んー……パンだけでいいかな」
「はいはい。二度寝はするなよ」
「しないもん!」
そう言い残すと深玖流は部屋を出ていき、さっきまでは騒がしかった部屋の中が静かになる。
あそこまで話せるなら深玖流の二度寝はさすがにないだろう、なんてことを考えながら一度部屋着に着替えてキッチンへと向かう。
深玖流はまだ時間がかかるだろうから、と時間を調整するために自分の食べる分を先に用意していると、深玖流がリビングへとやってきた。
俺の予想よりもかなり来るのが早かったので、どうしたのかと様子を見てみると、最低限の身だしなみを整えてパジャマから部屋着に着替えただけだった。
「悪い、こんなに早いと思ってなかったから何も準備できてない」
「別にいいよー。自分でやろっか?」
「座ってていいぞ。というか、出かける準備はまだやらなくていいのか?」
「うん。時間は余裕あるし、ご飯食べるのもそんなに掛からないから後でいいかなって。彩人も準備まだでしょ?」
「まあ、俺は着替えるだけだからな」
「えー、もったいないって。髪の毛のセットくらいすればいいのに」
「なんで男よけが気合い入れていくんだよ。もう一人来る相手は初対面だってのに」
今日の女子会と男よけの集まりは伊吹さんが一人信頼できる相手を呼ぶということで合計五人ということになっている。
深玖流と無透さんにはどんな相手かを説明して写真を見せたりした上で了承を取ったらしいが、俺には伝言係の深玖流のそっちのほうが面白そうという一言のせいでほぼ情報が与えられていない。
深玖流から唯一教えられたのは俺以外に男一人来るという無いに等しい、というか俺から出したお願いが叶えられただけだからほんとに情報は何も無い。
「はぁ、仕方ない…………彩人、昨日自分が何言ったか覚えてる?」
一瞬は諦めたかのようなことを口にした深玖流だったが、その直後に言った一言に俺は猛烈に嫌な予感を覚える。
諦めたのならこんなことを聞いてくる必要はないのだから、何かを企んでいることは間違いないだろう。
「……どれのことだ?」
「私が着いてすぐくらいかなー。荷物置きに行ったときになんて言ったか、まさか忘れたなんて言わないよね?」
「…………お前、こんなことにあの話持ち出すのかよ」
「もっちろん。一回きりとも言われてないし、彩人の私への感謝がその程度だとは思ってないからね」
一回のつもりだった、なんて言い訳は先回りして潰しその上で軽く圧をかけてくる深玖流。
深玖流の言い分に反論の余地もなく、俺は両手を上げて降参の意を示す。
深玖流の圧自体は冗談のつもりだろうし、それを理由に思いつきのお願いを片っ端から言ってくるようなことはないとわかっているものの、自分の発言の迂闊さを恨まずにはいられない。
「よしよし、ちゃんと準備するんだよー」
「はぁ……わかったよ」
結局、髪型だけでなく服装にもこだわりが入ってしまった深玖流の押しに負け、俺もそれなりに全身気合いの入った格好で集合場所に向かうこととなってしまった。
◇◇◇◇◇
「さすが連休って感じの人込みだね。集合場所この辺のはずだけど、ちゃんと合流できるかな?」
「最悪どこか近くの店に……いや、たぶんその必要もなさそうだぞ。ほら」
「んーと……?あ、みたいだね」
家を出て集合場所のすぐ近くまでやってきた俺と深玖流。
誰かいるの辺りの様子を見てみると、無透さんと伊吹さん、そしてその近くにいる一人の金髪の男の三人組を見つけた。
男が関係ない人物の可能性もなくはないが、トラブルになっているような様子もなく問題なく一緒にいるので伊吹さんに呼ばれた人物で合っているのだろう。
「皆早いね。まだ10分くらいあるよ?」
「この時間で最後になるとは思わなかったよな。ま、とりあえず行くか」
「だね。揃ってるっぽいなら待たせる理由もないし」
三人組の近くまで行くと、偶然俺たちのことを見つけた伊吹さんが手を振ってくる。
深玖流もそれに手を振り返し、往来で少し目立ってしまうが本人たちは気にしていないようだ。
「おー、来た来た!」
「やほやほ。皆早くない?」
「て言っても来たの5分くらい前だよ。お二人さんも十分早いから。にしても……」
そう言った伊吹さんが俺のことをじっと見つめてくる。
俺のこと、というよりは正確には俺の全身がどうなっているのかを見ているのかという感じだ。
「……なんとなく予想はつくけど、言いたいことがあるなら言ってもらえると助かるんだけど」
「いやー、実は2個くらい思ったことはあるんだけど……1個は同じこと思ってくれてると信じて無透さん、どうぞ」
「……?」
突然話を振られてきょとんとする無透さん。
しかし、あらためて俺のことを見ると、何かを思いついた表情を見せる。
「……気合い入ってる?」
「だよねだよね!やっぱりそうだよね!!」
「はぁ……やっぱり」
無透さんが自分と同じことを思ってくれて嬉しいのか、伊吹さんのテンションが目に見えて上がる。
そしてそんなことを言われた俺は、その元凶の深玖流を横目に睨みつけていた。
「正直さ、この二人デートしに来た?って思ったよ私。わかってたとは言え、当然のように二人一緒に来たし」
「深玖流、お前のせいだぞ。弁解しろ」
「えー、実害ないしよくない?」
「わざわざ気合い入れてきたって思われた時点で俺には問題だよ……」
「こりゃ聞いてた通りだな……っと。弥生、俺のこと紹介してくれると助かるんだけど」
俺たちの会話に入ってきたのは一緒にいるのが見えていた金髪の男。
どこか顔に見覚えはあるから同じ学校なのかもしれないが、少なくとも去年今年と関わった記憶はない。
「あー、忘れてた。じゃあ適当に自己紹介よろ」
「うわ、ひっで。俺は
「ちなみに、私の従弟で……この金髪とか高校デビューってやつだから」
「あ、おい!それは言わなくていいだろ!」
このやり取りだけで、二人の関係性がなんとなく見えてくる。
学校での俺と深玖流の関係に近く、でも、俺たちとは違って自然にこういう形になったのだろうということがわかる。
「それで、俺たちの自己紹介の必要は?」
「あー、なくて大丈夫だぞ。弥生から話は聞いたし、何より始業式の日から噂には聞いてたからな」
「……それ、何を噂に聞いた?」
始業式の日、と言われて一つ噂になりそうなことには心当たりはあるがそれが当たっていてほしくはない。
クラス内で話題になるのは仕方ないと割りきれるが、他クラスにまで広まっているとなると話が変わってくる。
「初日はほんとすごかったぞ。尾ひれが色々ついて、小学校の頃から付き合ってることをクラス中に報告した幼馴染みのラブラブバカップルがいることになってたからな」
「最悪すぎる……」
俺の予想は当たっていた、というよりも実態は遥か斜め上にぶっ飛んでしまっていた。
いくらそういう噂は伝わる内に変わっていくものとはいえ、幼馴染みであること以外何一つ当たっていないのは歪みすぎだと思う。
「あ、虹峰くん。安心していいよ。それ言ったのが深玖流らしいって伝わったらすぐに修正されてたから」
「ねえ弥生ちゃん。私そのこと知らないんだけど?」
「……噂が本人のところに返ってこないのは普通」
「うぅ、それはそうなんだけど……」
「だって深玖流、クラス違ったのに虹峰くんと去年も今みたいに仲良かったじゃん。だから皆、ああ、あれか……で納得したんだと思うよ」
変な噂はすぐに解消されたことを喜ぶべきなのか、納得されるような感じに去年から見られていたことに突っ込みを入れるべきなのか、俺は複雑な心境に囚われる。
「ま、去年のことは知らない俺でもさっきのやり取りだけで理解できたしな」
「……この話は俺たちによくないから話題を変えたいんだけど。伊吹さん異性の幼馴染みいないって言ってなかった?従弟で同じ高校なら十分当てはまりそうだけど」
俺の質問を受けた伊吹さんは一瞬だけ視線を翔汰に動かしたあと、苦笑いを浮かべた。
「いやー。なんていうか翔汰は親戚、って感じだから幼馴染みとは違うかなーって」
「世間的には俺たちも幼馴染みって言われる側だと俺は思ってたけど、さっき見た本物は違ったわ。やっぱり弥生の俺への扱いはずっと親戚にやるやつだ」
そんなことを言いながら伊吹さんのことを見る翔汰の視線にはどこか思うところがあるような、そんな何かが感じられる。
「……私、幼馴染み2組に挟まれてる?」
「違う違う!彩人はおまけだから、メインは明莉ちゃんだよ」
「そうだよ、翔汰もいないも同然だから」
俺たちの会話を聞いていた無透さんの言葉に即座に反応した二人の言った内容を聞いて、俺と翔汰は思わず顔を見合わせた。
「最初からおまけみたいな理由で声かけられたから間違ってはないけどさ……」
「わかる……俺も弥生に説明されたうえで引き受けたけど、ここまでさくっと言い切られるとそれはそれで心にくるよな」
「俺、翔汰が今日来てくれて良かったって心の底から思ってる……」
深玖流に情報を伏せられていたせいでどんな相手が来るのかと不安だったが、どうやら杞憂に終わったようだ。
共感できるところがあって話しやすい翔汰が一緒なら今日一日も過ごしやすそうだと、俺はそう直感した。
「とりあえず、自己紹介も終わったし出発しない?」
「だねー」
「……楽しみ」
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