花の終わり

 ケンジは瓦礫で額を薄く切ったことによる出血以外大きな外傷はなく、診療所で手当てを受けると大分元気になった。

 二人で旅館に戻ると、泊田がお礼を言いにやってきた。

「ありがとうございました。貴女が人食い花の侵攻を食い止めていなかったら、ヌシ様が来てくださる前に住民は皆殺しにされていたかもしれません」

「いや、そんな……」

 深々と頭を下げられて困惑する。結局、自分は大したことはしていないのだ。

 巨大人食い花を燃やし尽くした後、サメは消えた。同時に土砂降りの雨が降り、山火事が広がることもなかった。

 結局、何から何まで、ヌシ様とやらの独壇場だった。島民との間によほど強い結びつきがあるのだろう。

 今度改めてこの島の歴史や土地神について調べてみようか。


「ごめんな、ミク。オレ、役立たずで」

 部屋に入るやいなや、ケンジが肩を落として呟く。頭に巻いた包帯が痛々しい。自分より華奢な夫が、より小さく見えた。

 無事でいてくれて、それだけで十分だったのだけど、口下手なミクは伝えることができない。ストレートな愛の言葉を紡ぐことも。

「あと、これさあ、どっかのタイミングで渡そうと思ってたんだよ」

 ケンジはガサゴソと部屋の荷物を漁ったかと思うと、小さな青い箱を差し出してきた。

「ちょい早いけど、バレンタインのお返し……」

 開けてみると、箱の真ん中に銀色の指輪があった。

 過剰なほどにドクロがあしらわれた、何とも言えない、妙齢な女性へのプレゼントにはおよそ似つかわしくない、これまでドクロのデザインを好きと言ったことのない妻に贈るのにはかなりふさわしくない、つまりとても。

 とてもダサい。


「ありがと」


 ミクは笑ってケンジを抱きしめた。

 こういうところが、どうしようもなく憎めないなと思ってしまう。

「また今度、ゆっくり旅行しよ」

 宿の窓から、雨上がりの空が見えた。

 冬が終わる。外の空気はまだ冷たいけれど、風の中にほんのりと春の暖かさが混じっている。

 また、二人で出かけよう。計画や準備なんか、結局自分がやることになるだろうけど。

 瓦礫からケンジを助け出した時のことを思い出す。


『……ミク……逃げろ……』


 不器用なくせに、誰よりも弱いくせに私を守ろうとしてくれる夫を、誇らしいと思う。愛しいと思う。


「次はどこ行こっか」

 なるべく自然の少ない、人工物の多い都会が良いなと思った。

 花や緑は、しばらく懲り懲りだ。



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花が咲くまで初見月。 惟風 @ifuw

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