身体の自由を失っていたミクは、顔を上げることができなかった。

 太陽の光が遮られたことに気づいた次の瞬間、広場から天をも切り裂くような凄まじい音が轟いた。

 ミクを拘束する蔓の動きが弱まり、見る間に力を失っていく。


「……マジで……?」

 視界を遮る緑の触手を掻き分けてミクが見た先には、巨大花に食らいつくサメの姿があった。


 超・巨大イタチザメだ!


 その全長は、超巨大化した人食い花に勝るとも劣らない。職業柄、大抵の状況に冷静でいられる自信があったが、これには心の底から驚いてしまった。


「そうだ、ケンジ!」

 ポカンとしていたのも束の間、ミクは今度こそ夫の元へと走った。

 重機で掘り出すよりも速く瓦礫を掻き分け、頭から血を流して倒れているケンジを発見した。

「ケンジ、目え開けろ!」

 獣のような咆哮は、ミクの涙声か、はたまたイタチザメの威嚇の声か。

 空も大地も震わせる暴力的な音は、小さな島の隅々にまで鳴り響いた。


「ミクさん、避難してください!」


 火炎放射器を背負った立田が瓦礫の外から声をかけてきた。

「……う……」

 ケンジが身動ぎする気配があった。

「ケンジ!?」

 ミクの腕の中で、ケンジが薄く瞼を開く。ああ、生きている。

「……ミク……逃げろ……」

 顔を顰める夫をそっと抱きかかえ、ミクは外に出た。

 人食い花と空飛ぶサメは、まだ戦っていた。

 触手で雁字搦めにしようとする人食い花、尾びれを振ってそれを切り裂くサメ。

 蔓に応戦しながら、サメは人食い花の赤黒い花弁を食いちぎっていく。血のような赤い汁が、周囲に降り注いだ。

 サメが人食い花を駆逐したとして、自分はあんな凶暴な存在と戦えるだろうか。


「ミクさん、ここはヌシ様に任せて逃げましょう、俺の車で診療所に送ります!」

「ヌシ様……?」

 立田の先導に従いながら、ミクは疑問を口にする。

「ええ、今あの化け物花と戦ってんのは、この島の守り神、“ヌシ様”です。ここいらの島は、それぞれサメを祀る風習があるんですよ。いやあ、ガキの頃から色んな伝説聞いてきたけど、ホントに島の危機を救いにきてくれるなんて……俺ぁこの島に生まれて幸せです」

 ミクに説明する立田は涙を浮かべている。

 麓に到着し、立田の車に乗り込もうとしたその時。轟音と共に、熱風が吹き付けた。

 振り返ると、サメが炎を吐いていた。業火に包まれた大輪の花は、苦しがるように全身をうねらせながらゆっくりと倒れていった。


 固唾をのんで見守っていた島民達から、大歓声が上がった。


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