巨大化
散々な旅行になってしまった。
事務所を出て広場に向かいながら、ミクは溜息をついた。
シーズンオフで激安だから旅行に行こう、と珍しくケンジの方から誘ってきた時には、柄にもなく心が踊った。
結局、宿や交通ルートの確保をしたのは自分だったけど、それでも嬉しかった。
金にも女にもルーズで、絵に描いたようなダメ人間の夫。我ながら何でこんな男に惚れてしまったのかとは思うけど、心が動いてしまったものはしょうがないのだ。
何やかんやで結婚し、新婚旅行もろくにしないままだった自分にとって、今回の旅行は特別な意味を持つものだった。だったのに。
いや、くどくど考えるのは止めよう。らしくない。先ずは、目の前の厄介事をどうにかしなければ。そろそろフダの効力が切れてしまうから――
「嘘だろ……」
広場に入る前に、ミクの思考は打ち切られた。
何故なら、それが出現したからだ。
そこには、件の人食い花が赤黒い花びらを大きく広げて咲き誇っていた。そして今まさに、ずんずんと成長を遂げている。よく見ると、広場に群生していた小さな花達がどんどん巨大花に吸収されている。花はみるみるうちに都市部のビルほどもあろうかという大きさになり、ミクのことを見下ろした。
超・巨大花だ!
巨大化した人食い花は太い蔓を伸ばし、ミクの頭を越えて事務所の屋根を突き刺した。事務所の中からケンジの悲鳴が聞こえる。
「ケンジ!」
ミクは事務所に取って返した。ケンジの退魔の術は強力無比だが、術師であるケンジ自身は何よりも無防備になってしまう諸刃の剣だった。
自分が守らねば。あの男は、退魔の術以外は一般人にも劣る身体能力・精神力なのだ。
駆け出す間にも、触手が何本も事務所の屋根を貫いていく。
ミクは触手に向かって御札を飛ばした。命中した蔓は燃え尽きたが、すぐに新しいものが伸びてくる。
「クソが……!」
心底からの罵倒が出る。
事務所にあと一歩で到達するというところで、太い蔓がミクを絡めとった。
「離せ!」
自分の腕よりも太い蔓を、ミクは無理やり引きちぎる。だが、ひっきりなしに魔の手を伸ばしてくる巨大花の前では多勢に無勢だった。
御札はさっき使い切ってしまった。どうする。
腕に、足に、着実に巻きついてくる緑の触手に、ミクの動きは次第に奪われていった。
それでも、ミクは諦めない。腕を振り、蔓に齧り付き、食いちぎる。噛み痕に霊力を送りこみ、周辺を青く焼き切る。
自分の心臓の鼓動が止まるその瞬間まで、どんなに無様でも足掻き続ける。それがミクの信条だ。
「ぐっ……」
蔓が、とうとうミクの太い首を捉えた、その瞬間。
巨大花すら覆うほどの大きく濃い影が、上空に現れた。
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