第4章・第3話 青い空~エピローグ

 ――オール・イズ・ウェル。万事よし。

 そんな締め、よ。


 ……そして、ユウヤと、幼なじみという最高のスタートラインから、やり直した。

 彼からはっきりと告白されたのは、小学生になった頃。舞い上がるほど嬉しくて、嬉しくて、嬉しかった。身体の年齢的には、ませているにも程があるのを分かりつつ、彼と思いっきりキスをした。世界一幸せなキスだった。ちなみに身体の関係は、中学生になるまで待った。


 とにかく二人で、ゆっくり、着実に、並んで歩いて行った。


 この世に少しでも「恩返し」がしたい。それが今生での強い願いだった。将来をどうするか、小さい頃から考えた。そんなある時、運悪く季節性インフルエンザに罹って寝込んでしまった。すぐに母親が、かかりつけの小児科へ連れて行ってくれた。診察してくれた女医さんは、とても優しい……後年まで脳裏に温かく焼き付く、すごく素敵な笑顔の持ち主だった。その笑顔が、まさしく道標だった。


 ――あんな笑顔を、優しさを、与えられるようになりたい。よし! と、思いきって医者になる決意を固めた。でも当然、道のりは平坦じゃなかった。かつて学んでいたのは経営学。ざっくり分類しても、文系と理系の違いがある。


 けれど、時間はあるのが幸いだった。まったく一から勉強をやり直した。苦労はしたけど、無事に大学の医学部に進学し、小児科医を目指した。もう一段階苦労して、やがて、大学病院勤務を経て、開業医になった。「地域の人々に密着した医療」を大事にして、揺るがぬ信頼を構築していった。


 医者という肩書きうんぬんよりも、「『まず他者へ尽くした結果として』感謝、信頼される」ことが、何よりも嬉しくて、やりがいがあった。ちなみに時間軸は前後するけど、中学でも高校でも、そして大学でも、友だちをたくさん作った。中には、終生の友と呼べる同性もできた。


 一方のユウヤは、以前聞いた通り、幼少期から努力を重ねた。高校を卒業したのはもちろん、ストレートには行かなくて、一浪はしたものの、彼も大学へ進学。ユウヤ自身が、日本酒のみならず、納豆や味噌と言った発酵食品全般が好きだということ(これは再転生後に知ったのよ?)もあり、専攻は、農学部での発酵学だった。


 そして、いったんはその知識を活かして、大手酒造会社に就職。もう一度時間軸は前後するけど、彼は後に会社を辞め、後継者不足に悩んでいた、あたしの実家である造り酒屋を、社長兼杜氏として継ぐことになる。


 手伝いたかったんだけど、頼りにしてくれている人達が、もうたくさんいたから、医院を閉めるわけにもいかなかったのが、残念と言えばそうだった。でも、彼を慕っていた会社の同僚達が、同じく退職して、やはり杜氏として造り酒屋に来てくれたのは、人手が増えること以上に感動だった。


 二十六歳の時、当たり前のように、むしろそれ以外考えられないけど、ユウヤと結婚した。


 告白されてからを含めると、百万回以上のキスをして、百万回以上身体を重ねた。「あげは」だった頃にはついぞ感じなかった、「ほんとうの肌の温もり」と、「身も心も満たされる」幸せを、まず存分に味わった。


 やがて、二人の間に、娘を授かることができた。「あゆみ」と名付けた。願いは、祈りは、強く望めば、そして「歩み」を止めなければ、必ず叶う。その願いを込めた。大切に、大切に、あゆみを育てた。健やかに、我が子は育った。


 ユウヤが昔、語っていた夢。その意味が、意義が、ようやく分かった。同時に、「目標」にしていたことが叶った。大切な者。愛すべき者。守るべき者がいる。世間的にはありふれていても、これこそが最大の、何にも代えがたい幸せなんだと。


 「あげは」としてできなかったことが、もう一つある。それは、自分の家族以上に、親も大事にすること。妹が母親に、両親が祖父母になったという、ちょっとした違和感もすぐに消え、親孝行、祖父母孝行ができるように努めた。


 もちろん万事が平穏ではなかったけれど、苦難さえ愛おしかった。やっぱり、「あげは」は味わったことのない、想像だにできなかった幸せだった。ユウヤも、同じ気持ちらしかった。素直に、でも泣けるほど嬉しかった。逆に空白を探すのが難しいほど、「満たされている」実感が、生涯噛みしめられるほどの幸せだった。


 ……ある春の、週末の午後。家族三人で、自宅の庭から見上げた空は、青かった。


 どこまでも、どこまでも、どこまでも……青かった。


おわり

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ガラクタの国のプリンセス~エリートOLからゴミ人形に転生した女 不二川巴人 @T_Fujikawa

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