第4章・第2話 佳き運命
――運命のいたずらってさ、度が過ぎると「どうなの?」って思うわよね?
どれぐらい進んだのか分からないんだけど、遠くに白く輝く光の固まりを見た。
あそこに行けばいい、と、なぜか思った。そして、その通りにした。
光が、どんどん近づいてくる。次第に、目を開けていられないほど眩しくなる。
やがて、意識がホワイトアウトした……。
……目覚める感覚が、あった。
けどそれは、健全で深い眠りを十分取った後のような、穏やかなものだった。
赤ん坊の泣き声が、聞こえた。
違う。泣いているのは、あたしなんだと分かった。
視界がはっきりしてくる。景色からして、そこは、医者のようだった。
誰かに抱えられて泣いていた。至近距離に、安堵の顔の、手術着を着た女性。
ああ、と思った。たった今「産まれた」んだ。
ホッとした。すごく嬉しかった。どういう神様の気まぐれかは知らないけど、また、人間になれたのね。
すぐ横には分娩台。やっぱりここは、産婦人科のようね。ってことは、今抱いてくれているのは、助産師さんか。親は誰なんだろう? まあ、知らない人で当たり前かな……と思って、その上にいる女性の顔を見る、と。
(えっ!?)
思いっきり驚いた。つぐみ!? あたしを産んで疲労と喜びの表情を浮かべているのは、間違いない。妹の、つぐみだわ! つまり、「妹の娘」として再転生したってこと!?
(ふ、うふふ、あははっ……)
おかしかった。愉快とさえ言える。どんな運命のいたずらよ、これって? 別に、悪いなんて一言も言ってないけどさ。
――かくして、再転生したあたしは、「みちよ」と名付けられた。少し後で知ったことだけど、名字は「華元」。みちよ、か。いい名前だわ。「満ちよ」とも当てられるから、「からっぽ」だった過去を埋めろってことね、きっと。
その後は、順調に成長していった。周囲からの評判は「驚くほどおとなしく、聞き分けがよくて、手のかからない子」だった。そりゃそうよ。魂は大人なんだし、何より、妹とその旦那を面倒がらせたくないもの。
余談だけど、「一般的に」物心がつく頃に、つぐみ、つまり母親が「あなたには、死んだ伯母さんがいるのよ」と聞かせてくれた。当然、あたしのことだ。もっと成長してから知った話じゃ、「高嶺あげは」を轢き殺した女は、後に殺人の容疑で逮捕、起訴され、正式な裁判にかけられたとのこと。犯行の残忍さから、検察は死刑を求刑したものの、弁護側が粘って無期懲役が確定したらしい。お墓参りにも連れて行ってもらえたんだけど、他ならぬ自分が、「あげは 享年二十八歳」と刻まれた墓碑銘を見るのは、ものすごく変な感じがした。
話を戻すわね。年月が過ぎ、幼稚園に入る歳になった。自分の思考と知識的には、今この場で大学入試をやっても合格できる自信はあったんだけど、いくら何でも、この歳でそこまでの飛び級なんかできっこない。
(やれやれ、周りに合わせるのが大変だわ……)
嫌だって意味じゃないけど、軽いため息混じりでそう思いつつ、入園式を終えて、教室へ入った日。ふいに後から、ぽん、と肩を叩かれた。奇妙な既視感を覚えつつ、振り向いた。男の子だった。当然ながら、名前も顔も知らない。その子が元気よく言う。
「やあ、ぼく、森山のぼるって言うんだ。よろしく!」
「う、うん……?」
普通に友だちを作りたいのかな? それならそれで、別にいいんだけど……と思っていたら、のぼる君の口元が、年齢不相応に、ニッと吊り上がる。
「はじめまして、じゃねえよな? 『アゲハさん』?」
「……ッ……!!」
息を呑んだ。何年経とうが忘れなかった、あの「いつか」を待ち焦がれていた……!
「あ、あなた、ユウヤ?」
「ああ、そうさ。やっと会えたな」
「あ、ああ、あああ……!」
なぜ彼が気付いたか? とか、細かいことはどうでもいい。まさしく運命的な再会だった。感動の勢いで抱きつきたかったけど、あの漆黒の虚空で言われたことを思い出した。そうだ、まだ「続き」を始めようとは聞いていない。だから、ぐっと堪えた。のぼる君……ユウヤが小声で言う。
「いっやぁ、参ったよ。俺、マキの息子に産まれちまってさ。ひっでぇなって。あははっ」
完敗したような笑い声。確かマキって、ユウヤの元カノの名前だったわよね。偶然の一致には入らないけど、思わぬ神様の気まぐれってところでは、同じね。面白いわ。あたしも、笑いながら言った。
「こっちも、つぐみ……妹の娘に産まれちゃったのよ。ほんっと、ひどい話よね。うふふっ」
二人して、クスクス笑い合う。けど、それよりも気になることがあった。
「ねえ、ユウヤ。『続き』は……」
不安げに聞く言葉に、ユウヤは、何ら裏表を感じさせない、あの屈託のない、いっぱいの笑顔で返した。
「もちろん、始めようぜ。俺、アンタを好きになる努力、これからするよ」
その答えが、嬉しかった。今度こそ、彼にあたしの方を向いてもらいたいと、切実に思った。けどユウヤは、照れたような笑みで続けた。
「ってか、今までずーっと『あの国』にいた頃のこと、思い返しててさ。ぶっちゃけ、もうかなり傾いてんだけどな? はははっ」
「なら、後一押しね?」
「ま、そんなとっかな?」
「んふふっ、ゾッコンにさせてあげるわよ?」
「ひえー、怖え!」
明るく、大げさに肩をすくめ、おどけてみせるユウヤだった。
……嬉し涙って、架空の存在だと思ってたんだけどさ。
この日家に帰ってから、嬉しさが溢れすぎて泣いちゃったのよね。
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