第4章・第1話 漆黒の虚空

 ――ここから、最後の話。

 それから、どうなったのか?

 ま、一番最初に言った通りなんだけどね。


 ――気が付くと、「あげは」として死ぬ前の姿、だだし一糸まとわぬそれで、暗闇の中を漂っていた。肉体がないことは、すぐに分かった。最初に死んだ時の状況を考えれば、そして、一般的な「人が死んだ後の流れ」を思い出せば、自明の理だった。


 周囲を見渡しても、一面の、闇。

 上も、下も。右も、左もない。果てなき闇だった。

 たとえるなら、星のない宇宙空間。


 ここが「真の地獄」なのかしら?

 殺風景……と思った気持ちは、すぐに引っ込んだ。

 何もない。まったく、何もない。何の音もしない。光も、風もない。暑くも寒くもない。人の気配なんか、もちろんない。

 孤独。ひたすらの孤独。永遠の孤独。

 どんな責め苦よりもきつい、いっそ死んだ方がマシだと思う。

 けど、もう、死ねない。二回死んだんだし、三回目はないという確信があった。


 寂しかった。こんな時、彼がいてくれたら。

 ……彼? 覚えてるの?

 ひどい。なんてひどいんだろう。彼……ユウヤのことが忘れられないなんて。

 会いたかった。恋しかった。会いたくて恋しくて、切なくてやるせなくて。

 神か悪魔か、仏か鬼かは知らないけど、恨んだ。

 もう二度と、絶対に会えないと分かっているだけに、苦しさは倍増どころじゃない。

 恨んでも、ぶつけ先がまったくない。そう、大人げない上に、意味のない八つ当たりすらできない。


 一秒が、やけに長く感じた。当然、こんな場所じゃ、「あの国」以上に時間の意味なんてないけど。

 いっそ、考えるのをやめたかった。でも、できなかった。

 意識は、むしろ冴え冴えとしている。その分、彼のことを考えてしまう。

 狂おしいほど。叫びたいほど。会えないのなら死にたいほど。


 ただし、たとえば肉体があったなら、舌を噛むなりできるだろうけど。

 今は、魂だけの存在。死ぬこともかなわない。


 皮肉なもので、考えないでおこうとすればするほど、彼のことで頭がいっぱいになる。

「う、うあ、あ、あああ……!!」

 いつしか、魂で泣いていた。心底から泣いたことなんか、これまでなかった。涙は、みじめな敗残者だけが流すものだと思っていたから。でも、そうじゃない。哀しい時は、泣けばいいんだ。もちろん、大人になったら「時と場合」があるけど、今は、泣いてもいいはずだ。むしろ、仮に誰かが見ていたにせよ、そして、たとえ軽蔑の眼差しを向けられたにせよ、泣きたかった。泣くほかはなかった。


「ぐすっ、えぐっ、う、うええ……助けて……助けて、ユウヤぁ……」

 子どもみたいに、泣いた。哀切なまでに、助けを求めた。そんなの、来ない。分かっていても、求めずにはいられなかった。

「ひっく、うあ、うああ……あーん、ああーん、うあああーーーん……」

 何もかもかなぐり捨て、泣き続けた。なまじ涙腺という器官がないだけに、涙が枯れることはなかった。


 ……どれぐらい泣いていただろう? 泣き疲れて倒れ込みたかったけど、それすらできそうにない。目眩にも似た気分を覚えていると、ふいに後ろから、ぽん、と肩を叩かれた。

「えっ!?」

 驚いて振り向くと、そこにいたのは……

「よう」

「ゆ、ユウヤ……!!」

 同じく、一糸まとわぬ姿のユウヤがいた。細身ながら、無駄なぜい肉のついていない、引き締まった筋肉質の体つき。男らしいたくましさを十分に感じる。今この場で押し倒されて、勢いのまま抱かれてもいいとさえ思う。

「ああっ……!!」

 感激ですがりつこうとしたところを、ユウヤが手で制する。少し、困ったような声。

「待った、だぜ。アゲハさん。俺はまだ、アンタを好きになる努力をしてねえぞ? ちっと強引なんじゃねえか?」

「あ、そ、それもそう、ね……」

 しょんぼりした。すごく、寂しかった。「じゃあ今から、その努力を始めてよ!」と言いたかった。ワガママなのは分かっているけど。そうすれば、この漆黒の虚空も、いくらかマシになるかも知れない。何もかも見通したような笑顔の、ユウヤが言う。

「どうやら俺達、それぞれ行くべき所があるみたいだぜ? アゲハさんはあっち、俺は、こっちへ行くからさ」

 彼が、振り向く前の方向を指さした。次に、自分の親指を反らせて、肩越しに後ろをさす。

「また会えるさ。いや、会おうぜ。その時んなったら、続き、始めようじゃんか。ぜってーよ。んじゃな!」

「あっ……!!」

 引き止める間もなく、ユウヤは離れていき、闇の中へ溶けた。


 ……また、一人になった。もう一度身体を水平に半回転させる。ユウヤが指さした方向だ。進めばいいの?


 ……移動してる感覚はしないけど、「先へ進む」ことにした。

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