第3章・第6話 終わりの時

 ――一番初めの頃、ハチロウ爺は「終わりの時を、死刑囚のように待てるか?」と聞いた。なあんだ、結局は同じじゃないの。いや、違うか。隣には、ユウヤがいる。ただし……「彼があたしをどう思ってるか?」を、せめて知りたいと切に思った。


 マコトの「ご注進」から程なくして、「プリンスとプリンセス以外の全員」が、「国」から姿を消した。それはあたかも、沈みかけた船から、ネズミがいっせいに逃げるようだった。


 その時期をキッカケに、不思議と動けなくなった。ユウヤも同じ。ディーが手首に着けた「印」によると思しき、まさしくの「呪縛」だった。


「潮時っつーのは、こーゆーことか。はははっ、逆にウケるぜ」

「あら、奇遇ね。あたしも、そう思ってた所よ。うふふっ」

 二人、開き直って、けど控えめに笑いあった。

 もう、あたし達はスクラップにされるんだ。未練は、な……いえ、あるわね。それも特大のが。せめてそれだけでも、ハッキリさせておかないといけない。気持ち的に。


「……ねえ、ユウヤ?」

「うん?」

 驚くほど、と言うか、彼本来の優しさを凝縮したような笑みでの応じ方だった。やっぱり、強烈なときめきを覚えた。緊張で卒倒しそうな中、言葉を振り絞った。

「……ユウヤ、あなた、あたしのこと……ど、ど、どっ……」

 言えなかった。「あたしのこと、どう思ってる?」その単純な一言が言えなかった。まったくの、意気地無しだった。自分が、ここまで情けないと思ったことはない。でも、ユウヤは……先を読んでくれた。

「もう遅えけどさ、俺……アンタを好きになる努力、するべきだったよ。マジで惚れるかどうかは、また話が違えけど」

「ああ……!」

 その一言で、十分ではないにせよ、半分ぐらいは救われた気がした。少なくとも、彼はこの気持ちに気付いてくれていた。よかった。素直に、嬉しい。すごく……!


 ただ、その喜びは、一瞬にして消し飛んだ。重たい轟音が、近づいてくる。直感的に、ショベルカーだと察した。ユウヤも、悟った顔になる。

「お別れ、か。楽しかったぜ、アゲハさん。あば……」

 ユウヤが言い終わるより先に、ガオンッ! とうなりを上げ、ショベルカーのアームが、あたし達を景色ごとごっそり抉った。一瞬で、彼がもうどこにいるか分からなくなる。惜別の言葉すら返せない、あまりにも、あまりにもあっけない別れだった。意識が、バーテンダーが振るシェイカーに入れられたかの如く振り回された。


 次に気が付いた時、周りには何も見えなかった。ただ、車らしいエンジン音が聞こえて、移動している実感だけがある。トラックに乗せられてるんだな、と、ぼんやり思った。


 そして次は、素っ気ない天井が流れていくのが見えた。ベルトコンベアの上にいるらしい。感覚としては右の方から、別の轟音が聞こえる。具体的には分からないけど、「粉々になって終わる」ことだけは理解できた。


 轟音が、どんどん大きく、近づいてくる。

 今度こそ、お終い、か。

 不思議と、さっぱりした気分だった。

 ただ、彼への感謝の思いだけが、あった。


 ――ありがとう、ユウヤ。

 こんな「からっぽ女」を、好きになる努力の、気持ちだけでも見せてくれて。


 あたし、あなたが好きだったよ。

 ほんとうに……ほんとうにありがt


 ……――。

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