第3章・第5話 猿芝居

 ――世の中「うまい話」なんてないのよね。

 最初に気付いていればよかったんだけど、冷静さを欠いてたら、さ?


 ……それは、ささいな違和感だった。ユウヤに元カノの話を聞いてから、三回寝た後ぐらいかしら? 他の国民達が、妙にソワソワしているように見えた。いや、気がするだけかも知れない。だって、こんな何もない場所で、悪口を言う以外に、何の楽しみや喜びがあるっていうの?


 別に、その「輪」の中にいないことを妬んでるわけじゃない。単に「今まで感じたことのない違和感」に、ある種の奇妙さを覚えているだけだった。

「なんか、おかしいよな?」

 隣からの、不審そうなユウヤの声。やっぱり彼も、同じように思っているらしい。

「どこがおかしいか、分かる?」

「いや、そこまでは見当がつかねえ。けど、ビッミョーに嫌な予感がするぜ」

 口元を引き締めて、ユウヤが言う。その「嫌な予感」は、残念ながら当たることになる。


 その違和感を覚えてから、どれぐらい経ったかなんかは分からないけど、ある時、一体のロボット人形が、こちらへ来た。

「どうも、恐らくお初にお目にかかりますが、ご機嫌麗しゅう、プリンスアンドプリンセス。私、マコトと申します。生前のフルネームは、坂本真さかもとまこと、です」

 人形は腰が曲がらないせいか、後に見える、バシッとしたスーツを着た壮年の男の魂が、いやに仰々しく礼をした。マコトと名乗ったその男の顔つきは、一見すると誠実そうだった。ただし、それが「上っ面」であることを見抜いたのは、ユウヤが先だった。

「なーんかうさんくせえな、お前」

 冷ややかな目を向けるユウヤ。にいっと、マコトの口元が、邪悪に歪む。

「意外と言っては失礼ですが、見た目にそぐわず、勘の鋭いプリンス様だ。はははっ」

 この笑顔から溢れんばかりの邪悪さからして、どう考えても、まっとうな社会人には見えなかった。男に聞いてみる。

「参考までに、あなた、人間だった頃の仕事は?」

「私ですか? まあ、綿密な嘘をでっち上げて、それを信じた善良な民草どもから、少しばかりお金を頂く仕事、とでも申しましょうかね?」

 やっぱり仰々しい物言いだけど、ある意味で分かりやすかった。

「つまりは、詐欺師だったってこと?」

「一般的には、そうとも言いますね」

 さらりと肯定する、マコトだった。まったくこの「ガラクタの国」には、ろくな奴はいないらしい。自分もそのうちの一人なのは、悔しいながらも事実だけど。

「それで? その詐欺師が何の用?」

 不審感満点で聞いてみると、マコトは、笑いを圧し殺したような声で言った。

「ええ、ちょっとした親切心で、ご注進をば」

 故意にかどうかまでは分からないけど、「裏がありますよ」と、あからさまなまでに言外で言っていた。

「具体的には?」

 促すと、どこか得意げな調子のマコトの声が返ってきた。

「私のように、嘘をつくのを商売にしていると、他人の嘘にも敏感になるものでしてね、ええ」

 爆笑を必死で堪えているような、いやみったらしいにやけ顔だった。そしてどうやら、抑えきれなくなったらしい。哄笑と言って差し支えない声で笑いながら、マコトが言った。

「……クク、ははは、はーはっはっはっは! まんまとハチロウ爺に欺されましたね、お二方! あのジジイの話は、全部嘘なんですよ! はっはっはっはっはっは!!」

 笑い転げるマコト。それはいいとして、ハチロウ爺に欺された、ですって!?

「おい、爺! ハチロウ爺!! 来やがれ!!」

 椅子を倒す勢いで立ち上がり、怒鳴り散らすユウヤ。今ばかりは、この荒っぽさも許容できる。やがて、あの熊がやってきた。

「ひっひっひ……お呼びですかな、プリンス殿?」

 初めの頃の柔和さはなりを潜め、「元凶悪犯にふさわしい」、詐欺師のマコトに勝るとも劣らぬ程邪悪な、ハチロウ爺の笑みだった。

「どういうことか、説明してもらえるかしら?」

 何よりも冷静さを心がけて、聞いてみた。「欺された」とは「どこがどう」なのか? それが分からない限り、脊髄反射で怒っても意味がない。ハチロウ爺は、いかにも痛快、といった面持ちで答えた。

「マコトの言う通り、全て嘘ですじゃ。生贄のお二方。ケッケッケ……」

「ぁあ? イケニエだと? どーゆー意味だ!!」

「人間に戻れるわけがないのですじゃ。そして、プリンスとプリンセスは、真っ先に処分される運命なのですじゃ、ウキーキッキッキッキ……!!」

 基本の面立ちそのままに、猿のような声で笑うハチロウ爺。さらに続ける。

「お二人の手首に巻かれた『印』。それの本当の意味は、処分業者を『呼ぶ』ためのものなのですじゃよ。ウキャキャキャキャッ!!」

 やはり猿の笑い声だった。苛立たしげに、ユウヤがさらに問う。

「おう、それは分かったが、じゃあ俺達が処分される時、お前等はどうなるんだよ?」

「キャキャキャ……その前に、逃げるに決まっておりますわい!」

「ンの野郎ッ……!!」

 激昂するユウヤ。気持ちは分かるけど、今はそうすべきじゃない。まず、諭すように言う。

「落ち着きなさい、ユウヤ」

「これが落ち着いてられっかよ!」

「――静かにしなさい」

 あえて冷徹に、斬りつけるように言う。どこまで通じるか、賭けだった。術中にはまってはダメ、と、必死に目で訴える。

「……っ……」

 そしてユウヤは、やはり察しがよかった。意図が伝わったらしい。すぐに黙った。倒れた椅子を元に戻し、座り直す。そんなやりとりを見てか見ずか、マコトが明らかに見下した口調で言った。

「はっはっは、他の国民が、あなた方の命令を素直に聞いていたのは、単なるお情けだったんですよ」

「なぜ今なの?」

 ここで、ヘタに嘆いたり哀しんだり、怒ったりすれば、相手の思うつぼ。喜ばせることにしかならない。そんなの、プライドが許さない。だから、落ち着いていた。その「相手の狙い」が分かっていたことを差し引いても、いかに衝撃であろうと、まずは落ち着く。焦りは禁物。そのスタンスを崩さなかったからこそ、世渡りができたと思っている。個人的な心構えはさておき、タイミングについての問いには、恩着せがましく、再度マコトが答えた。

「そろそろ潮時ですからね。これは教えて差し上げないと、と思ったわけです。私の親切心に、感謝してほしいものですよ」

 優しさ同様、本当に親切な人は、自分で「私は親切だ」なんて言わない。偽善者ですらない。真の悪人そのものだった。

「前例があるっていうのも、嘘なの?」

 続けて、状況に似つかわしくないほど淡々と聞いた。いかなるイレギュラーが起きても、慌てない。死ぬ前の鉄則だった。ハチロウ爺が、黒い愉快さの、サルの笑みで言った。

「ええ、嘘ですじゃ。この国が自然発生的に成立したのは事実ですじゃが、プリンスとプリンセスなど、過去にはおりませんでした。キッキッキ」

「どうして、こんなマネを?」

 淡々と、さらに続ける。激情は、相手につけいる隙を与えて、こっちが不利になることが多い。たとえ場違いであれ、また、勝ち目が無いにせよ、やはり身に染みついた鉄則の恐ろしさだった。ともあれ、その問いには、マコトが答えた。

「はっはっは、人の不幸は蜜の味、と言いますよね? つまりはそういうことですよ」

「希望に満ち満ちた者どもが、一気に絶望の淵へ落ちる様は、皆、痛快ですゆえなあ。ウキャキャッ!」

「へえ、いい趣味してるじゃない」

 要は、「国民」全員に担がれて、娯楽の種にされたってこと。どうして、今の状況的に、こんな余裕のある皮肉がにこやかに言えるのか? 鉄則もさることながら、繰り返すように、相手の期待通りに嘆いてみせるのは、プライドが絶対に許さない。

「そんな素敵なたくらみ、誰が考えたの?」

 自分自身驚くほどにこやかに、さらなる皮肉が言えた。さっきのユウヤみたいに、激昂するのは簡単。でもやっぱり、それは相手の思うつぼ。とにかく、その「発端」についての問いには、ハチロウ爺が、またサルの笑い声と共に言った。

「ウキキキキ……全て、呪術師であるディーが、ここへ来たのが始まりですじゃ。計画の立案も、あやつ。いや、予想以上に愉快愉快! キキキキキッ!」

「ふうん? 意外なところに伏兵がいたってこと?」

 なんでもないように言ってはみせるものの、実際、意外だった。「即位」した時にちょっと顔を合わせただけの、あの女呪術師が全ての発端だったとはね。してやられたわ。

「ちなみにですじゃが、その手首の『印』は、絶対に外れませぬ。ウキッキッキッキ」

 このハチロウ爺の言葉には、不思議と納得がいった。感覚的には、焼き印が一生消えないようなものかと思う。

「まあ、そういうわけでございますから、どうぞ残された時間をごゆっくり。ウキャキャキャキャ……」

「では、失礼致します」

 仕草からしてイヤミな、「恭しいフリの」礼をして、二人は戻っていった。


 ……世の中さ、期待しすぎてるとバカを見るものよね。その「バカを見た」まんまの状況になったら、感心するわよ。個人的には、だけど。

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