第3章・第4話 整理整頓
――気持ちの整理って、結構スキルが必要だと思うの。
そんな事をさ、他人に強いるなんて、我ながら傲慢よね。
けど、その手順は……飛ばせなかった。
もうユウヤに対してすっかり気持ちが傾いているのはいいとして、ふと冷静になった。ユウヤには、彼女がいたって話。事故死による突然の別れなら、未練があって当たり前のはず。逆に言えば、彼の中に元カノへの想いがある限り、気持ちは届かない。恋愛についての初心者であれ、それぐらいは想像が付く。
いきなり弱音を吐くけど、はっきり言って、自信がなかった。人一人、まして恋人への想いを、そうもあっさり「忘れてくれ」というのは、あまりに都合がいいだろう事は、割と簡単に分かる。
でも、どんなことであれ、動かないと始まらない。何気ない素振りで、ユウヤに聞いた。
「ねえ、ユウヤ? デリケートな話だけど、話せたら聞かせて? あなた、彼女がいたのよね? どういう娘だったの?」
ぴくり。ユウヤの眉が動いた。でもそれは、怒りのせいではなかったらしい。とても……とても哀しそうな顔になる。
「……マキ、ってんだけどさ。いい女だったよ……」
何をもって「いい女」と言うのか? が気になるのは、多分当たり前であるはず。けど、続けざまには聞けない。そういう空気だった。だから、少し間を置いて、そっと問うてみた。
「……どういうところが?」
「一言じゃ言えねえなあ……。理解があって、優しくて、なんつーか、仔犬みてーな愛らしさがあって……けど、すんげえ家庭的で、さ……」
切々と、懐かしむように言う声。率直なところ、ライバルとしては、かなり手強いと思った。ユウヤに対して理解を示すのは、まだ何とかなる。ただ、優しさというのが、最初の難関。だいたい、本当に優しい人は、自分で自分を「優しい」とは言わない。そして、あたしは、過去のいかなる時においても、他人から「優しいですね」とか、全く言われたことがない。
そこを乗り越えたとしても、「仔犬みたいな」という点が、やっぱりマネができない。それこそ自分で言うのもなんだけど、あたしは犬にたとえればシェパードのつもりだ。大型犬も、確かに仔犬の頃はあるけど、「今は」そうじゃない。
さらに加えて、家庭的という点が難関だった。残念ながら、どうひいき目に見ても自分は違う。世間一般的に「家庭的」を意味するであろう、言ってみれば「主婦的スキル」。つまり、家事全般。それがほとんど出来ない。食事はほぼ全部外食だったし、洗濯もクリーニング屋に任せてた。かろうじて掃除機ぐらいはかけられるけど、それは極論、誰にでもできるとは思う。
ただし、できないことを今さら比べても、あるいは悔やんでも意味がない。重要なのは、ユウヤが元カノへの想いを吹っ切ってくれるかどうかだ。とは言え、「そんなの忘れなさい」なんて言えるはずがない。できることは、まず彼から、その元カノの話を詳しく聞くぐらいだと思う。そこから、キッカケが掴めればいいんだけど。とにかく、続きが知りたいわ。
「その彼女とは、どういう出会いだったの?」
水を向けると、ユウヤの目が、愛おしげに細まった。
「……高校に入ったばっかの頃だったかな。退学する前の話さ。いかにも粘っこくてキメエ男に、マキがしつこく言い寄られて困ってるのを見たんだ」
「あなた的には、放っておけなかったのね?」
「ああ、ったりめーさ。その男をぶっ飛ばして、助けてやったんだ。んで、改めて顔見たらさ、すんげえタイプだったんだよ」
驚きを反すうするような顔だった。その娘の顔までは知るよしもないけど、多分よっぽど可愛い娘だったんだろうな、とは思う。
「それで、口説き落としたわけ?」
「ちょい違えな。ぶっちゃけ『悪者から救ってやる』ってフラグは立ってたわけだし、口説くまでもなかったさ」
ほんの少し、一切の悪気がないのは分かっているけど、「ワルらしく」ニヤリと口元を歪めるユウヤ。こんなひねくれた態度を取らせるほど、どうやらその娘は「ど真ん中のストライク」だったらしい。
……すぐに次を聞けなくなってしまった。察するに、ユウヤの中では、いまだその娘への気持ちがかなりある様子。「忘れてくれない?」なんて無神経なセリフは、間違っても言えない。ただし、この心配は、杞憂というのも変な言い方だけど、そんなに心配しなくてもいいことが、すぐに分かることになる。
「今……どう思ってる?」
これが、精一杯だった。ユウヤが、どこかサバサバした調子で言う。
「俺もさ、もっかい人間にはなりてえけど、死ぬ前のまんまに戻れるなんて、ハナッから思ってねえよ。そもそも不可能な話だし。それは、アンタもそうだろ?」
「えっ? あ、まあ、そうね」
「だからさ、再会が叶わねえのなら、俺にできることは……」
「……何?」
遠い目での声を、少し促す。すると、仏のような面持ちで、優しく、ユウヤは言った。
「あいつの幸せを、願うだけかな。俺は俺で、生まれ変わったら、新しい恋を見つけてえし。はははっ」
心の広さもさることながら、この割り切りの明確さは、見習うべきだと思った。そして同時に、「その新しい恋なら、目の前にあるわよ?」って言いたかった。けど……こんな場じゃ、実を結ばないものであるのは明らか。だから、ぐっと言葉を飲み込んだ。
ただ、自分が入る「余白」は、どうやらあるらしいと分かって……我ながら図々しいとは思ったけど、嬉しかった。
……そして願わくば、お互いに再度人間になれたなら、もう一度会いたいと思った。切に、思った。
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