最終話 言葉よりもキスで
狩猟祭は大盛況のうちに終わった。
特に開会式の──リナローズ男爵による体を張ったパフォーマンスは、笑い種となっている。
さて、そのリナローズ男爵といえば。
コルテに対し、親の義務をまったく果たしていないことが明らかになった。
ジロンドの密告によって、以前から調査対象となっていたようだ。
貴族として素晴らしい行いだと称賛されていた、老いた使用人たちの世話すらコルテに押し付けていたことも露見し、親としてだけでなく、貴族としても失格だと
その結果、厳しいことで有名な辺境伯がにらみをきかせる炭鉱で、労役につくことになったらしい。
少々厳しい沙汰だが、貴族たちの緩んだ気を引き締める、見せしめでもあるのだろう。
残された家族はしばらく首都・アンティーブにいたようだが、後添いである妻はどういうわけか、次期大聖女とうわさされるコルテを虐めた継母として有名になってしまい、領地へ逃げ帰った。
今では「病気になっても聖女に診てもらえないかもしれない」とブルブル震えて、過剰なまでに健康に気を遣った生活を送っているそうだ。
異母妹のキティラは、コルテのことを見て見ぬふりをしてきたことに罪悪感があったようで、ヴィラロン家との婚約を代わると申し出てくれたが、すでに婚約破棄されていることを知って申し訳なさそうに萎縮していた。
何も知らないキティラなら、いつか姉妹のようになれるかもしれない……。
そう思うこともあったが、今はもう遠い日だ。
彼女は彼女で幸せになってほしいと、コルテは
コルテの異母弟は、屋敷に残った執事とともに、リナローズ男爵家をなんとか存続させようと奮闘しているようだ。
聞けばあの執事、子どもの頃に人質としてグランベル王国に差し出された他国の王族なのだとか。
肩身の狭い思いをしていた彼に手を差し伸べたのが、コルテの祖父──先代のリナローズ男爵だったらしい。
ミネルバとは、親しくさせてもらっている。
首都で買ったお菓子を土産に、週に一度くらいの頻度でお茶を飲む間柄だ。
つい最近「コルテちゃん」と呼ばれるようになって、すごくくすぐったい。
ルベールとは、地下墓地で会ったきりだ。
時折送られてくる絵葉書で消息を知るのだが、彼は一体なにをしたいのだか。
「……友達、いないのかしら」
いないのだろうなぁと思う。
だって、ドSと噂の伯爵家の令息だし。
戦場を駆けるのが趣味の戦闘狂だし。
女性に助けられたくらいでコロリとしてしまうような純情さを持つ人だし。
「なんだかかわいそうに思えてきた。今度、お返事書いてあげようかな。うん、そうしよう」
「何がそうしようなのかな?」
咎めるような声とともに、ズシリと肩が重くなる。
背後から抱きしめてきたジロンドが、彼女の肩に頭を乗せたからだ。
「ジル様⁉︎ 今日は隣国に出張のはずでは?」
突然現れたジロンドに、コルテは持っていた絵葉書を大慌てで分厚い本の合間にねじ込んだ。
心臓がバクバク言っている。
「胸がドキドキしているね。僕が帰ってきて、そんなにうれしかった? それとも……隠し事が見つかりそうで緊張しているのかな?」
閉じ込めるように、抱きしめる腕に力を込めるジロンド。
コルテは胸の前にある彼の腕を、ギュッと抱き込んだ。
「コルテ。浮気しちゃ嫌だよ?」
ジロンドの唇が耳に押し当てられ、コルテは肩を震わせた。
いつもより少しだけ低い声は、コルテが恥ずかしいと思っている感覚をいとも簡単に引き出してしまう。
コルテは涙目でギロリとにらんだが、彼は「かわいい」と目を細めただけだった。
若い男性だと、嫉妬していても素直に口に出せないものらしい。
「別に、なんでもない」とか言って不貞腐れる者が多いと、ミネルバが言っていた。
恋愛経験は皆無であるものの人生経験は豊富なジロンドは、嫉妬も甘えるための口実にしてしまう。もっとも、甘やかされているのはコルテの方なのだけれど。
「ジル様のかわいいは信用できません。マンドレイクにだってかわいいって言うんだから」
これでも、ジロンドとお付き合いを始めてからはいろいろと気を遣っているのだ。少しでもかわいいと思われたくて。
だというのに彼ときたら、発芽三日目のマンドレイクに「かわいい」と言っていたのだから、現場を目撃したコルテの心情は推して知るべしだろう。
プイッと顔を背けたコルテにジロンドは言った。
「わかった。言葉が信用ならないのなら……」
せっけんの匂いがするジロンドの両手が、コルテの顔を包み込む。
彼の目は熱を帯び、はしばみ色に散った金の色がとろりと蕩ける。
コルテにはそれだけで、もう十分に彼の気持ちが伝わったけれど──。
彼女は期待に胸を膨らませて、ジロンドからのキスを待ち望んだのだった。
マンドレイク令嬢 ~存在をなかったことにされるくらい家族から嫌われていましたが、実は大聖女に匹敵するくらいの魔力持ちだったようです~ 森湖春 @koharu_mori
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