美
西しまこ
第1話
女はきれいにしてなきゃ、ダメ。
それがママの口癖だった。
小さいころから、とにかく外見を美しくすることに心を砕いた。
女は美しくあればいい。勉強なんてどうでもいいわ。
高校生になったら、メイクをした。そして、整形もした。そして、どんどんきれいになっていく自分が嬉しかった。ママも褒めてくれた。
たくさん恋愛をして、そうしてアキヒコに出会った。
あたしはアキヒコに夢中だった。
ママは、もっといい男がいるのに、せっかくきれいなのに、と言っていたけれど、でもアキヒコが大手企業に就職したら、アキヒコと結婚しなさいよと言うようになり、あたしもそのつもりだった。
でも、たわいもないケンカのあと、アキヒコと連絡が取れなくなってしまった。アキヒコの会社名は分かっていたけど、部署名や所属までは分からなくて、会社に連絡しても取り次いでもらえなかった。そんなとき、今のダンナと知り合い、結婚することにしたのだ。
ああ、でも。
やっぱり、アキヒコが好き。
あたしはアキヒコの首に手を回した。
アキヒコ。すごくいい。このまま。
呼吸が荒くなり、頭の中がショートした感じになる。意識が遠くへ飛ぶ。
アキヒコアキヒコアキヒコ。もうどこへも行かないで。
ねえ、あたしもいいでしょう? お金かけてるもの。いいカラダでしょう?
アキヒコアキヒコアキヒコ。ねえ、あたしといっしょにいて。
アキヒコと並んでベッドに横たわる。アキヒコの横顔、あたし、前からすごく好きだった。あたしの好きな顔。
「アキヒコ、あたしたち、なんで別れちゃったんだろうね。あのまま結婚すると思ってたのに」
「そうだな。なんでだろうな」
「あんな女、アキヒコにふさわしくないよ。あたしの方がずっといいでしょ?」
「そうだな」
アキヒコがあたしの頭を撫でる。ああ、アキヒコが好きだ。ものすごく。
あたしはアキヒコの手をぎゅっと握り、唇に持って行き手にキスをした。
もう二度と会えないと思っていたアキヒコに会えたのは運命だと思う。ダンナの友だちがアキヒコだったなんて。運命以外のなんだと言うのだろう?
女はきれいにしてなきゃ、ダメ。
うん、ママ、あたし、約束ずっと守ってるよ。今でもあたしはきれい。だから、アキヒコともまたつきあうことが出来た。美しくしていてよかった。
アキヒコの手を放し、あたしは自分の爪をじっと眺めた。
爪の先まで、あたしはきれい。
了
☆☆☆いままでのショートショートはこちら☆☆☆
https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000
美 西しまこ @nishi-shima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます