花の乙女
豆腐数
鼻先で咲く
僕がパソコンをいじっていると、テーブルの隅っこに置いてあったスマホからニョキニョキとピンクの花が生えてくる。ユウゲショウだ。
「嫌だわ、私が眠っている間に浮気?」
「パソコンを使ってるだけじゃないか」
妖しげな出現方法からもわかるとおり、ユウゲショウは普通の草花ではない。僕がスマホで撮ったユウゲショウの花のフォトデータだ。どうしてそんな事が起きたのかは良くわからない。他の花の写真ではそんな事は起きなかったからだ。わからないけれど唐突に生えて来てから、この夏の草花は僕のスマホに居座り、事あるごとに話相手として生えてくる。
「大体君はデータさえあればパソコンからも生えて来れるだろ」
安物のスマホが何かの拍子に壊れた時のために、僕はデータに存在が依存するらしいユウゲショウのフォトデータをパソコンやいくつかのUSBに移し、そこからも生えて来れるか試した。すると想像通り、花はフォトデータさえあればパソコンからもUSBからも咲いたのである。分裂して同時咲きといった芸当は出来ず、あくまで移動が出来るというだけらしいが。
ひとまず不慮の事故一つで存在が消えるというリスクが減った後も、ユウゲショウは初めて生えて来たスマホの中で咲く事を好んだけれど。
「あなたが初めて私を撮ってくれた機械の中に身をひそめるのが、一番落ち着くのよ」
とは花の談。安物スマホが再起不能になるまで彼女はそこに定住するつもりらしい。あまり型遅れになったら引っ越しはしてほしいところだけれど。最新式のスマホにいる方が写真データも快適なんじゃないかと思うのだ。よくわからないけれど。
「パソコンで何を見ていたの? エッチなサイト?」
「バカ言うなよ。ちょっと辞書のサイトを見てただけだよ」
ある意味、エッチな画像やら小説を見るより恥ずかしい調べものかもしれないが。
「──君を褒めるのにちょうど良い言葉が見つかるかなって。恩返しみたいなものかな」
ユウゲショウは、いつも道端の知らない花の名前をいつも教えてくれる。あまり物覚えのよくない僕にも根気よく、出会ってからずっと。
「君に定番の花の例えは使えないからね」
ユウゲショウが嫉妬深いのもあるが、ユウゲショウ相手に立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花──などと言うのもおかしい。ヒマワリのような人、というまた別の定番の言葉も、そこまで大きな花でもないだろうという話になるし。
類語辞書に美しいという言葉を打ち込んで──ちょうど良い言葉が出て来る。
「端麗──美しいにも色々あるけれど、これが一番似合うかな」
「どうしてそう思うの?」
スマホに根付いたユウゲショウは、風もないのにそよそよ揺れる。ある程度は自力で身体を動かすのも可能らしい。
「君は女の子だろう」
端麗。どちらかと言うと女性に使う言葉らしい。花にも雄しべとか雌しべはあるけれど、多分このユウゲショウの自意識は女性だろう。
「そう──ありがとう」
からかってくるかと思ったけれど、ユウゲショウは静かにお礼を言っただけだった。
「あなたがあなたなりに考えて、素敵な言葉を贈ってくれたのは嬉しいわ。でもお花は、誰か素敵な人が、一言綺麗だって思ってくれるだけで、お日様が射したみたいにキラキラと飾り立てられるのよ」
ユウゲショウがスマホから消え、パソコンのキーボードからニョキニョキ生えた。いつもより茎を長く伸ばした彼女は、僕の間近で咲き、鼻に花を押し当てる。花の乙女の口づけだった。
花の乙女 豆腐数 @karaagetori
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