修羅場と隣り合わせの平穏

第19話

「式影君、ほら口を開けて。あ~ん」

「こっちも食べて浅井君」


 昼食時、俺は礼奈と紅音に手作り弁当を食べさせてもらっていた。これもどちらが俺を愛しているのか証明するための一環らしい。


「なにやってんだあいつ」

「羨ましすぎんだろ……」


 教室内で礼奈と紅音に机を囲まれているこの状況、当然周りの生徒たちの注目の的だった。なんかいろいろ言われているが俺は周りのことなど気にしている余裕がなかった。なにしろこのふたりを刺激するとまた公園で起きたようなケンカがいつ勃発してもおかしくなかったからだ。


「ふふ……。あなた、これ昔から好きだったよね?」

「ん、メチャクチャ美味しい。やっぱ礼奈は料理がうまいなぁ」

「……っ」


 礼奈が俺の昔からの好物だったミートボールを食べさせる。恐らく礼奈の手作りだろう。とても柔らかく肉汁が中に閉じ込められている。また礼奈の特製ソースとよく馴染んでおり非常に美味だった。俺の好みを覚えていてくれたのか。


 幼馴染のアドバンテージを存分に生かしてくる礼奈。そんな礼奈を見て紅音は悔しそうに顔をしかめている。


「紅音の肉じゃがもとっても美味しいよ」

「そ、そう? なら良かった……。ありがとう褒めてくれて」

「……」


 そんな紅音を見て俺は咄嗟に褒めた。紅音は少し顔を紅潮させてはにかんでいる。恐らく俺のために慣れない料理をしてくれたのだろう。肉じゃがのジャガイモが少し硬い。だがその一生懸命さが嬉しかった。俺のことを想ってくれているんだって分かるから。


 一方、礼奈は無言で少し冷ややかな目で俺を見ていた。ちょっと不機嫌になっているのだろうか?


 紅音を立てれば礼奈が不機嫌になり、かといって礼奈を立てれば紅音が不機嫌になる難解な状況。


 だがうまくバランスを取っていくしかない。さもないとまた前みたいに修羅場に発展しかねないからな……。


 男子たちは俺のことを羨望で見ている者もいれば嫉妬を隠そうともしない者もいる。「羨ましい」やら「なんであいつが……」そんな声が聞こえてくるがそいつらに言ってやりたい。俺と変わってくれと。だってこれ、傍からみれば羨ましく見えるかもしれないが一歩間違えば一気に修羅場に発展する綱渡りなのだから……。メチャクチャ疲れる。



「ん、なんか辛い……。いや、メチャクチャ辛い……!  なんだこれ!?」

「……ごめんなさいね。ちょっとソースにハバネロとハラペーニョを入れすぎたかも……」


 ドロドロとした粘度のある真っ赤なソースのかかったハンバーグを礼奈は俺に食べさせる。するとむせかえるような辛さに襲われた。辛いというより燃えるような痛み。激痛。牛乳を飲んで何とか痛みを和らげた。


 礼奈はうっかりハバネロやハラペーニョの量を間違えたと言っている。しかしこの辛さは異常だ。間違いで果たしてこんなことになるのだろうか?


 しかも礼奈の表情がどこか口元が歪んでいるようにみえる。楽しんでいるのか?なぜ?紅音を褒めた俺を罰しているのか?


 礼奈の考えは分からないがとにかくこれは『わざと』だろう。俺が紅音を褒めた時のためにわざわざ激辛料理を用意していたということか。礼奈をあまり怒らせないほうがいいな……。


「私の愛情たっぷりのお弁当のお味はいかが?」

「物凄く美味しいよ……」

「ふふ……。丹精込めて作ったかいがあったわ……」


 そう言って微笑む。怖い。


「な、なあ。これっていつまで続けるんだ?」

「いつまで……?」

「いや、弁当とか作ってくれるのはありがたいんだけどかなり目立つから……」

「浅井君がはっきりしてくれればすぐにでも終わるのに……」


 いやそうは言うけど、もし俺がここでどちらかを贔屓したりなんかしたら刃傷沙汰になりかねない。


「彼女の私を差し置いて礼奈のお弁当ばかり食べて……」

「いやごめん。紅音のも美味しいよ?」

「私のももっと食べて頂戴ね?」

「分かった、順番に食べるからあんまり急かさないでくれ……」


 俺は知っている。一見、和気あいあいとしたこの状況が修羅場と隣り合わせだということを。ふたりのバランスが崩れた時、この束の間の幸せは全て崩壊することになるのだと。

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高嶺の花でクールだと思っていた幼馴染、実は隠れヤンデレモンスターだった @mikazukidango32

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