第18話

「ごめん。少し言い過ぎたかも……」

 

 紅音は冷静になって自分が言い過ぎたことを反省したのか先ほどまでの挑戦的な態度を改めて申し訳なさげに謝罪する。


「いいえ、私の方こそ行動の度が過ぎていたわ。ごめんなさい」


 先ほどまでバチバチとやりあっていた二人だったが何故か唐突に和解した。俺としては嬉しいことだったが何かがおかしい。そう感じていた。


「私はやっぱり紅音と醜いケンカはしたくないわ。そこで……、一つ提案があるのだけど」

「何?」

「どちらが式影君のことを本気で愛しているのか、正々堂々と証明し合うことにしない?」


 いや、礼奈の発言が急すぎて俺の理解が追い付いていない。どういう思考回路をしているんだ礼奈……。


「ちょっと待って。私は浅井君の彼女だよ? そんな提案を受ける理由がないよ」


 紅音はそんな礼奈の突飛な言葉に対して冷静に応答する。凄いな……。このふたりさっきまでかなり激しいケンカをしていたはずだが切り替えが早すぎるだろ……。


「そう言うと思ったわ。でもね、私は彼と昔、婚約をした仲だったのよ。立場は対等……いえ私の方が上と言っても過言ではないのよ?」

「婚約? 婚約って何? 浅井君?」

「婚約……? もしかしてあれのことか?」


 当然、婚約などした覚えがない。だが恐らく俺が昔、水族館で土産物売り場で買ってあげたおもちゃの指輪を渡したことを言っているのだろう。


「あれのことって? 心当たりがあるってことなの?」

「違うよ紅音。そういうわけじゃなくて……」

「式影君はちょっと黙ってて頂戴。私と紅音の今後が決まる大事な話をしているから」

「……」


 『婚約などしていない』そう言ってのけることなど俺にはできなかった。おもちゃとはいえ、指輪を渡したことは事実だったから……。


「婚約者と彼女……どちらが立場が上か考えるまでもないわよね」

「それは……」

「でも、私はあなたの気持ちも汲んであげたい。だからこそ、私はあなたに譲歩して対等な立場で提案しているのよ」

「分かった……。その提案、受けるよ」


 礼奈のメチャクチャな提案を何だかんだ受け入れてしまう紅音。通常なら考えるまでもなく一蹴するはずだ。だが礼奈の勢いに押される形で通ってしまった。昔から礼奈は人を説得するのがうまかったからな……。



「ありがとう、理解が早くて助かるわ」


 そんなことを言いながら礼奈は俺におもむろに近づくと『好き』と言った後、俺を愛おしいような目で見つめながらキスをし始める。俺は突然の出来事にいつものごとく身動きが取れなかった。


「ちょ……、ちょっと待ってよ。何してるの?」

「言ったでしょう? 式影君に対しての愛を証明するって」

「だからって……そんな恥ずかしいこと堂々と……」


 先ほどまで俺と紅音、そして礼奈の三人しかいなかった公園内も人がちらほら散見されるようになってきていた。恐らく少し気温が上がり暑くなってきたため自販機が近くにあるこの公園に寄ってきたのだろう。


 紅音は礼奈の人目も気にしない行動に対して驚きを隠せないようだった。


 しかし……


「ええい、もう人なんてどうでもいいや。私も浅井君のこと大好きだって証明して見せるからね?」

「えっ……紅音?」


 礼奈とは反対方向の隣からも恥じらいながら俺の頬にキスをする紅音。公園内の四方八方から俺たちが見られているのが分かる。やっぱり目立っているな……。


 傍目から見たら俺は美人を二人はべらせているチャラ男にしか見えないことだろう。その証拠に公園内でたむろしている男子学生の集団が俺を見て仲間内で何やら愚痴っている様子だ。『なんであんな男が……』そんな声が聞こえた。実際の俺はなすがままキスをされ女性ふたりに振り回されているだけなのだけど……。


 これは現実なのか?唐突にそんな疑問が浮かぶ。だっておかしいだろ。この状況。さっきまであんなにケンカをしていたふたりが何故か今は休戦して俺にキスしまくっている。改めて考えてみても意味不明すぎる。



 さっきまで修羅場だったのが一転、俺にとっては天国に変わる。もはや俺の頭は考えることを放棄して今のこの幸せな状況を堪能していた。


 

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