第17話

 二人の間に険悪なオーラが漂う中、俺はただ茫然ぼうぜんと立ち尽くしていることしかできなかった。


 紅音は礼奈の急な手のひら返しが相当ショックだったのだろう。何も言葉を発さず魂が抜けたようになって近くにあるベンチに座っていた。表情は顔を伏せているため見えない。だがその醸し出される雰囲気から怒りと悲しみが手に取るように感じられる。


 しばらく下を向いていた紅音がおもむろに顔を上げる。顔は無表情だ。礼奈の方を見据えると急に堰を切ったように礼奈に対して反撃し始めた。


「でも不思議だよね? 幼馴染だっていうのにぽっと出の私に負けちゃうんだもん……」

「……」

「みじめっていうのかな? 今更、あなたがどうあがいたところで浅井君の彼女は私、だからね?」

「……」

「二人の絆って、その程度ってことだよね……?」


 無表情で淡々と礼奈に反撃する。その姿を見て俺は身震いした。まさかここまで言うなんて……。俺は紅音の口からこんな言葉が出てくるなんて信じられないでいた。


「あ、紅音……。ちょっと言いすぎだぞ……」


 紅音の言葉はあまりに鋭利すぎる。これは流石に礼奈の心を傷つけるには十分すぎる言葉だった。可哀そうに思えた俺は咄嗟に礼奈をかばってしまう。


「紅音、私はあなたを本当に友人として大好きだったのよ……? そんなことを言うなんて酷いわ」


 礼奈に対して同情していたが今更こんなことを言うのはおかしい。恐らく演技だ。礼奈が得意な相手の感情を揺さぶる作戦。俺はこれに幾度となく翻弄されてきた。


「もうやめようよ礼奈。白々しいよ。あなたは味方のふりをした敵だった。それは今更、何を言おうと覆せないよ」

「紅音……」


 礼奈は目に涙を浮かべて今にも泣きだしそうな表情で紅音を見つめている。声も微かに震えていた。演技にしてはやけに真に迫るような……。これは演技なのか?演技ではないのか?先ほどまで演技と確信していた礼奈の表情に対してたった数十秒で俺は自信が持てなくなっていた。


「もうやめてくれ」


 俺は咄嗟に止める。


「浅井君は礼奈の味方なの?」

「ち、違う。誰の味方とかそういうわけではなくて……」

「礼奈の演技に騙されちゃダメだよ」


 演技だと疑っていても実際、目の前で幼馴染が苦しんでいる姿を見るのは心が痛んだ。いや本当に演技でない可能性だってある。ちょっと紅音は言い過ぎなような気もしていた。


「なるほどね……。私と浅井君を仲たがいさせようってわけ」

「何を言ってるんだ?」

「浅井君、気づいてよ。これは礼奈の作戦だよ。私を挑発して暴言を引き出して悪者に仕立てる作戦」



「ふふ……紅音はやっぱり面白いわ……」

「やっぱりね。礼奈は私の言葉に傷ついているふりをして浅井君の同情を誘っていたのよ」


 泣きそうな表情から一転、急に微笑みを浮かべる礼奈。紅音のかなりきつい言葉に対して全く効いていないように見える彼女の表情。その微笑は余裕をたたえていた。


 さっきの涙は紅音の言う通り演技だったってことなのか?演技力が高すぎてもう俺には何が何やら分からない。


「礼奈、さっきのはいったい何なんだよ」

「私はもう我慢をするのはやめにしたの。私とあなたの仲を邪魔する存在は全て遠ざけることにしたわ」


 この間、距離を取ろうと話したばかりだろ。俺はそう言おうとしたが咄嗟に言葉を飲み込んだ。演技だということを鑑みても彼女の表情の移り変わりが明らかにおかしい。いや表情というより情緒か。急に泣いたり笑ったり演技でここまでできるのだろうか。


 俺は今まで彼女の大げさな表情や言葉のほとんどを演技だと思っていた。だがもしそれが全て演技というわけではないのだとしたら……。彼女の情緒が不安定になっているサインなのだとしたら……。俺はそんな残酷な言葉を彼女に突き付けることなどできない。

 

 思い返せば昔から礼奈は少し強がりなところがあった。この余裕の微笑も本当はダメージを受けている自分を隠すためなのか。本心をわざと相手に悟らせないようにしているのではないだろうか?俺は礼奈の顔を見てそんな考えに駆られていた。


 その証拠に礼奈は余裕の微笑を浮かべながら涙を流していたのだから。






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