修羅場勃発、もはや敵意を隠す気のない幼馴染

第16話

「礼奈、どうしてここに?」


 俺は礼奈と紅音の会話がいったん途切れたのを見計らって声をかけた。


「偶然ここにいるのが見えたから散歩の途中だったけれどちょっと寄ってきちゃった」


 礼奈はそう答えるが恐らく嘘だ。彼女が散歩をするのが日課なのは知っている。だが彼女は自分の決めた予定を分単位できっちりこなす主義だということを幼馴染の俺は知っていた。以前までの彼女なら俺たちが少し見えた程度では関わろうとせずスルーするはずだ。


 なら彼女は偶然を装って俺たちを観察しに来たのか?


 近づくと礼奈と紅音の醸し出す雰囲気がとても友人同士というものではなくなっているのに気づく。二人の間は暗くて陰鬱とした空気に飲まれていた。ケンカでもしたのだろうか?紅音は何故か顔を伏せておりその表情は暗い。でも礼奈と紅音は昨日までかなり親しそうに話していた。急にここまで変わるのはおかしい。俺が来るまでの二人の間に何があったのだろう。


 礼奈はそんな空気を破るように彼女にしては珍しく明るく弾んだ口調で俺に話しかける。


「さっき紅音に聞いたわよ。式影君と紅音は今、デート中なのよね……。邪魔しちゃ悪いわ。私はもう行くわね」


 礼奈は俺にお別れのキスといって紅音に見せつけるように俺の頬にキスをした。今まではこんな大胆なことしなかったはず……。一応、俺と紅音の仲に遠慮をしてくれていた礼奈だったがもうそんな気もないらしい。どんどんエスカレートしている。


 紅音は固まったまま動かない。目の前で起こっている出来事に困惑しているのか遠い目をしてこちらをみている。そしてしばらくして我に返って咄嗟に帰ろうとする礼奈を引き留めた。


「ちょっと待ってよ」

「どうしたの紅音?」

「今の何?」

「ただの別れの挨拶よ」


 礼奈は紅音に対して何でもないというような表情でそう言ってのけた。そして俺に近づくと初めの挨拶をしていなかったと言うや否やまた挨拶と称して俺にキスをする。


 紅音の俺を訝しむような目が刺さる。


「お別れの挨拶……か。幼馴染にしてはなんだか少し距離が近い気がする……。私、妬けちゃうよ? 少し離れて欲しいな」


 紅音が冗談交じりにそんなことを言うが表情が暗いままで無理をしているのが見て取れた。同時に沸きあがる怒りを必死に押さえつけているようだった。


「礼奈、からかうのは勘弁してくれ」


 俺はそんな紅音の俺を疑うような目線に耐えかねて礼奈を非難する。


「ふふ……昔からあなたは私に翻弄されてばかりだったわよね……」

「礼奈……? 私言ったよね。少し浅井君と離れてくれないかな」


 礼奈は先ほどから俺にくっついており紅音に対する遠慮など皆無だった。目の前の二人の雰囲気がどこか禍々しいものになっていくのを感じる。礼奈は紅音を挑発しているのだろうか?露骨すぎる……。今までは表面上の一応の体裁は整えてくれていたのにそれすらもやめてしまった。


「いい加減にしてよ……」


 ずっと苦笑いで耐えていた紅音が少し語気を強める。


「……今まで言えなかった。礼奈と浅井君は幼馴染なんだから仲が良くて当たり前だと思ってたから……でも私嫌だったよ。二人の距離感。浅井君はどう思うの?」

「あ、紅音……。俺は……」


 確かに俺は紅音の気持ちをもっと優先的に考えるべきだった。だが俺が考えることと言えば彼女である紅音のことを差し置いて礼奈がどうすれば暴走しないだろうかということしか頭になかった。


「礼奈は私を挑発してるの?」

「紅音、私とあなたは友達よね? 友達のことを少しは信じて欲しいな……」


 礼奈は芝居がかったように少しオーバーに哀しそうな顔をしてみせる。だがこれは誰の目から見ても嘘偽りの表情だということは明らかだった。礼奈は紅音を煽っているのか。


「友達? 友達が嫌がることを私はしないよ。いい加減やめてよ」


 紅音は怒りを礼奈にぶつける。だがそれを礼奈は飄々とかわして見せる。礼奈のそんな余裕な態度は紅音の怒りにより火をつける。


「ねえ浅井君も何か言ってよ」


 俺は……。分からない。俺はまさか礼奈がここまで露骨に紅音に対して挑戦的な態度を取るとは思っておらず思考が追い付かないでいた。


 そんな俺に見かねた紅音は礼奈に対して諭すように喋りはじめる。


「礼奈、私は今まであなたに感謝してた。浅井君のこと相談に乗ってもらって適切なアドバイスをくれて……。今までどういう気持ちでそんなことをしていたの?」

「ずっと破局して欲しい。そう思っていたわ」


 躊躇することなくそう答える礼奈。今までは紅音に対して味方のようなそぶりを見せていたにも関わらず急な手のひら返し。紅音は計り知れないダメージを受けている様子だった。俺はそんな二人を止めることもできずただおろおろと眺めていることしかできないでいた。

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