第15話

「おはよう紅音」

「おはよう……浅井君」


 朝、教室に入って紅音に挨拶をした。しかし何故か彼女の表情が暗い。


「どうしたの? 紅音」

「ううん……別に大したことじゃないんだけど」

「もし良かったら教えて欲しい。何か力になれるかもだから」

「……」

「紅音?」

「実はね。噂で聞いちゃったんだ。浅井君が美人な先輩と親しそうに話してたって」

「……ああ、あれね。文化祭の実行委員にプリントを渡してって頼まれてたんだ。規定が変わったとかでそのことを話してただけだよ。ほらこれがそのプリント」


 彼女にプリントを渡す。俺は真実を伝えたのだが何故か彼女の表情は暗いままだ。


「他にも何かあるの?」

「浅井君こそ何か私に隠し事があるんじゃない?」


 え……?何なんだ突然。


「私に話せないようなこと他には何もなかった?」


 話せないこと……。何だろう……。


「ごめん。何も思い当たる節がないよ」

「そっか……。そういえば私たち、恋人になったのに恋人らしいこと何もしていなかったよね。デートしようよ」


 突然どうしたんだ。彼女の様子が明らかにおかしい。


「デート? 確かに俺たち水族館に行ってからどこにも行ってないけど、急だね?」

「このままだと浅井君が誰かに盗られちゃうような気がして……」

「そんなことにはならないよ」

「だったらなんで先輩相手にデレデレしてたのっ!?」


 そういうことか。俺があの風紀委員の先輩相手にどぎまぎしていたことを誰かから聞いたのか?それで紅音は怒っているってわけだ。確かにあの時の俺は不覚にも先輩の笑顔にドキッときていたのは確かだった。そりゃ怒るのも無理はない。


「デートしよう。いやして欲しい。俺がどれだけ紅音のことを想っているのかそこで証明したい」


 俺はそれでも紅音が一番好きだ。それだけは確かだった。


「……分かった。浅井君の私に対する気持ちちゃんと確かめたい」

「ありがとう。また日付とか決まったら連絡するね」



「礼奈、さっき浅井君と話をしてきたよ。礼奈が教えてくれたこと確かめてきた」

「そうなのね。武田先輩と式影君が楽しそうに話しているって噂で聞いただけだから私も確信が持てないんだけど彼の反応を見てどう思う?」

「うん……。正直分かんないかな。彼、もしかしたらその先輩に惹かれているのかも……」

「そうなの……。噂が嘘であって欲しかったわ……」

「でも……デートすることになったよ」

「え?」

「そのデートで彼の私に対する気持ちを確かめようと思う」

「そう……二人の仲をより深められることを祈っているわ」

「ありがとう」


「(武田先輩のことを教えたらまさかデートすることになるなんて……。このままじゃまずいわ……。何か行動を起こさなきゃ……)」




 デート当日、俺と紅音は公園に来ていた。ここは俺が子供のときからよく来ており最も落ち着ける場所だった。洒落た店とか遊園地とか色々考えたが素の俺でいられる場所で誠実に彼女に対する想いを分かってもらえると思った場所を選んだ。


「そういえば文化祭の準備は大丈夫そう?」

「うん。礼奈が手伝ってくれてるから安心だよ」

「紅音は礼奈を信頼してるんだね?」

「だって優しくて頼りになって綺麗で……完璧だよ」


 紅音は礼奈に心服している様子だ。最近は礼奈の俺に対する行動がエスカレートしてきている。突然キスしてきたり抱き着いてきたり……。礼奈の本性を知ってしまったら紅音はどんな反応をするんだろう……。俺も最初は礼奈があんな突飛な行動を取る人物だったとは思いもしなかった。


「少し寒いよね。暖かい飲み物でも買ってくるよ」

「ありがとう浅井君」


 俺は公園の近くにある自販機で飲み物を買うためにその場から離れた。


「あれ? 紅音じゃない。自動販売機の近くに式影君がいるのが見えたけどもしかして今、デート中?」

「えっ……礼奈? どうしてここに」


「散歩コースが偶然ここを通るのよ。デートの邪魔をする気はないわ。すぐに立ち去るから気にしないで」

「そんな遠慮しないでいいよ。私と礼奈の仲じゃない。それに少しお話に付き合って欲しいな」


「そう……? なら私も式影君がくるまで少し休憩することにするわ」

「それがいいよ。私、初めての二人でのデートだから緊張してて心細かったんだ」


「やっぱり紅音は初々しくて可愛いわ……めちゃくちゃにしたくなるくらい」

「ちょっと礼奈、私をからかってる?」


「……」

「礼奈……?」


「紅音は私が式影君にくっついていても怒らないね?」

「えっ……だって二人は幼馴染なんだからその距離感でも違和感ないよ」


「でも本心では違うんじゃない?」

「礼奈? 何が言いたいの?」


「本当は疑っているんじゃないの? 私のこと……」

「……突然何を言い出すの? 礼奈と浅井君はただの幼馴染なんだよね?」


「もし違うと言ったら? 私があの距離感でいても紅音はまだ私のことをただの幼馴染だなんて言っていられるかしら……?」

「やめてよなんでそんなこと言うの?」


 俺が自販機から飲み物を買って公園に戻ると見知った人物が紅音の隣にいるのが見えた。礼奈だ。二人は何やら話し込んでいる様子だ。だが何を話しているのかまでは聞き取れなかった。声をかけようかと思ったが二人の異様な雰囲気を見てやめた。何故か俺が話に入ってはいけない気がしたからだ。


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