「待ってくれ」


私が店を出たのを追いかけるように奴は目の前に回り込んできた。大した距離を走ったわけでもないのに汗だくになっている。そして腕でそれを拭うと呼吸を整え始めた。

私は精一杯冷たい目線で奴を見つめた。わざとらしい。いつまでも演技が通ると思っているのだ。こいつ。


「俺が、俺が悪かった。一からやり直す。全てやり直すから。お願い」

「その言葉何度目だよ」


正しくは八回目だ。だからもう私には見慣れた光景なのだ。

私の言葉に奴は詰まった。思い当たる節が汚泥のように溢れ出てくるような表情に変わっていく。


「お前の言うとおりきちんと仕事に就く。パチンコの金は俺で作る。だから許してくれ」

「だからそれも何回目だよ」


学習能力のなさが浮き彫りになってくる。

こいつはもう変わることは出来ないだろう。出来たらこんなことになっていないのだ。


「本当だ。許してくれ。俺が悪かった」


遂に人の往来で膝を下ろすと頭を地面に擦り付けた。

矜持だのなんだのを失った、男の脱け殻がそこにあった。


「本当に変わるの」

「変わる。絶対変わる。約束だ」

「本当に、だな」

「本当です」


嗚咽混じりの奴の声を聞きながら私はそっと財布に手をやり、その中から一万円を十枚掴むと奴の前に出した。

ゆっくり頭をあげる奴の表情が明るくなっていく。しかし涙腺は緩むばかりでおいおい泣き出してしまった。


「これで最後だからな」

「ありがとうございます。ありがとうございます」


奴は私の手からゆっくり札束を手に取る。

そうして札束は私の手から消え、奴の手のなかに収まった。


「俺、明日から頑張るから」

「変われよ」


そう言いながら私は踵を返した。


家に帰ると私はポケットに入れていたボイスレコーダーの録音ボタンを押した。

ソファーに座り、再生ボタンを押すとブルートゥースから繋がったスピーカーから都会の喧騒に混じった奴と私の声が聞こえてくる。

奴は期限良さそうに飲む場所を探している。これでも私と会話を弾ませようとしているようだ。それに私も化粧したような声で返している。

それが滑稽で仕方ない。


ここから一時間ほど終わると声のトーンが変わった奴が金の無心をしてくる。

そうなると私の胸は高鳴る。あれだけ調子よかった奴が真剣み、いや、芝居がかった声で話を切り出しているのだ。

それを化粧の落ちた声が強く返していく。奴の声はどんどん弱いものになっていった。

ここまで来ると頬が湯気だち、心臓の音が耳まで聞こえてくる。


外に出て子供のような泣き声で謝る奴の声が聞こえた時、私の心は一気に高まった。これだ。これを待っていたのだ。

私の指は秘部に触れ、こねくりまわしている。女の声が出ると奴の声が悲壮感を増す。


許してくれ。


この言葉が飛び出た時私の胸に重いものがぶつかり、そのまま果ててしまった。

スピーカーからは女と奴が変わることを約束している。それが可笑しくて仕方ない。どうせ変われもしないくせに。変われるならば八回も同じ事を起こさないのだ。所詮こいつはこの程度。そしてそれ以上になることはないのだ。


「最高だわ」


ソファから立ち上がり、炊事場からグラスを、ワインセラーから年代物のワインを取り出すとそれを入れてぐっと飲んだ。

身体の中にワインが染み渡ってくる。

すると奴の情けない声がぐっと頭の奥から競りだしてきてまた笑いが込み上げてきた。

これだ。私がこいつに求めているのはこれなのだ。これのためになら金は惜しまない。いや、惜しめない。


「寝る前に違うの聞くか」


そうやって私はボイスレコーダーから過去のデータを出してスピーカーに向けた。

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奴が金を無心してきた ぬかてぃ、 @nukaty

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