『家族』
目を開けるとそこは「虹の守り手」の二人の家の一室だった。二人の家は元々「虹の守り手」のパーティの持ち家であり、五人が楽に暮らせるだけの広さがある。
僕自身泊まりにくることは珍しくもなく、ここはもはや僕の部屋と化している。見慣れた天井の木目にいつもの欄間の彫刻、いつもの寝室で間違いない。
体も頭もが酷く重い。まるで鉛のようとはこのことだ。部屋にさっき入ってきた三人の姿に、そこでようやく気がついたほどだ。
「起きた?昨日何があったか覚えてない?」
「昨日?確か昔のこと思い出して……」
少し怒っているようにクロエが尋ねてくるがそれ以上思い出せない。
「帰る途中で倒れられたのですわ。ミズキが心ここにあらず、といった風だったからついてきてくれとクロエさんに頼まれたのです」
ぽかぽかと胸を叩くクロエに返す言葉もない。クロエにも説明してくれたフローラにも、相当に心配させてしまったらしい。
「お前と俺達の間の今さら遠慮もなにもないだろ、気にせずゆっくり休め」
ハルの言葉に素直に甘えることにしよう。パーティーを組むことこそ滅多にないが、一緒に買い物や料理も楽しむ間柄だ。二人の指導をしていた時などここで暮らしていたのだし、確かにその通りだ。
「朝食を用意しておくから、ゆっくり休んでいて下さいね」
そう言って去っていく二人にお礼を言うとクロエがこちらをじっと見ていた。
「ねえ、ミズキ。今回ばかりは依頼受けないほうが良いんじゃないの?」
その意見はきっと正しいのだろう。心配そうに、こちらを見上げるようにして覗きこんでくる視線に僕もそう思う。けれど、どこか胸騒ぎがする。
奴らの狙いは僕なのだ。奴らは僕を狙っていた。成長しないこの体が普通であるはずがない。いつか絶対に運命に巻き込まれる。いつまでも逃げ切れるはずがない。
僅かに目を細めた僕に何を思ったかクロエは「こりゃ重傷だ」と言うと話題を転換した。
「それよりもおしゃれでもしよーよー。似合う服とか選んであげるからさー。せっかくの良い素材もこれじゃ台無しだよー。良い服を着て美味しいものを食べるとか最高の生き方じゃないの」
「確かにクロエのセンスは良いんだけどねー」
問題はそこじゃない。クロエのセンスが良いのは間違いない。問題なのは可愛い服しか選ばない点である。
「でも似合ってたじゃん。あの時はミズキもまんざらじゃなさそうだったしねー」
「いやいや、あれを着るのはなかなか疲れるんだよね。おしゃれにしてもアクセサリーくらいが僕の限界だよ」
「言質はとったからねー。今日はミズキのアクセサリー選びだ、わーい。やっぱりフローラも誘おうかなー」
クロエのおかげで湿っぽい空気も何処へやら、である。そう、いつまでも考えていても始まらない。どうせなるようにしかならない。
とりあえずいつもの一日を始めるのだ。障子を開け、窓から差し込む朝の陽光はやっぱり心地よい。だんだんと体が軽くなっていく。そして、いつも通りクロエと共に一つ伸びをして、いつものように道具の確認をする。
「魔銃は私が回収しといたからー」
この魔銃は他人には触れないだけに、それは大変ありがたい。特に悪意のある者は干からびて一巻の終わりである
「それで、この間のミスリルのアクセサリーなんてどうかなー。あれならかっこよさも引き立つしー」
いつも通りのルーティンを終えて少しのんびりとしているとクロエにそう提案された。
ミスリルのアクセサリーは冒険者間で縁起物とされる。というのもミスリルを用いた武器は、厄介なアンデットとの戦いに極めて有効だからだ。そのこともあって、ミスリルは聖銀と呼称されることもある。
市で見つけたそのアクセサリーは大変良い品で、簡単な魔法具としての機能もある優れものだった。
だったがしかし、神頼みというのがどこか悔しく思えて買って来なかったのだ。
とりあえずクロエに対する返答を濁したまま部屋のドアを開けるとちょうどフローラとハルが朝食に呼びに来たところだった。
どうせなら二人の意見も聞いてみよう。
「それは良いな。神には祈らないが仲間の支えが欲しいのが冒険者だしな。皆で買おうぜ、それ」
クロエを見ると何度も頷いている。浮かぶ笑みは何処となく自慢気な雰囲気で、勝ち誇ったようである。
ちなみにフローラも賛成であり「皆でお揃いで買いたい」とのことだった。こういうものは買える時に買わないと後悔するのだと。
ダイニングでの皆と一緒に朝食を食べる間はどこに行こうかと話が盛り上がった。もっとも事前準備が大半だから行く場所は限られてくる。
武器屋、医薬品。非常食と買い足すものは多い。
「アクセサリー屋は絶対よねー。ミズキも買うって言質もとったしー」
「まずは皆でアクセサリー屋に行くか。武器屋はその後で良いな」
「そうと決まればさっさと出発するかー」
「まあまあクロエさんも落ち着いてください。しっかり計画立てて全部きっちり回りましょう。ゆっくり食べたほうがご飯も美味しいですよ」
衣服でないだけ幸運である。もし服屋なんて行こうものなら、フローラとクロエから着せ替え人形にされること請け合いなのだ。
そうだ食べ物でクロエの気を引いておこう。
「クロエ、旬のイチゴもあるよほら」
「美味しい果物もいいねー、これももっと買いたいねー」
クロエがソワソワしているが仕方ないだろう。服しかりアクセサリーしかり、時には高級フルーツなどの品も売っているのだ。見ているだけでも楽しいがそれはもちろん僕もである。フローラとハルも乗り気だし今日はなんとも賑やかな買い出しになりそうだ。
旧き神の魔銃使い 雪のつまみ @tsumakichi
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