第5話
☆
「繰り返されるぅ〜、しょぎょーむじょー。よみがえ〜るぅ、性的ッ! 衝動ッ!」
「はぁ、なにを歌っているのでして、佐原メダカ」
「性的衝動の歌ですよぉー。あ、姉さんだ! コノコ姉さぁ〜ん、ヒャッハー!」
わたしが指さす先には、朽葉コノコ姉さんがにっこり笑って立っていた。
走って駆け寄るわたしとラズリちゃん。
コノコ姉さんは言う。
「どうやら間に合うかも、なのだ」
空美坂の途中。
わたしたちは、異人館街へとのぼっていく。
ほどなくして、異人館街の入り口の広場に着く。
「異人館街にはところどころにジャズメンの銅像が建っていますねぇ。どうしてですぅ、姉さん?」
「空美野市がジャズの街なの忘れちゃダメなのだ、メダカちゃん」
「あ、サックス吹いてる銅像の横に冴えないおっさんの銅像が建ってますよぉ!」
わたしは冴えないおっさんの銅像を叩くと、建て付けが悪いのか、銅像は倒れてしまった。
「あ、倒れた。ヒビがわれましたぁ! どうしましょう!」
「涙子ちゃんにあとで言って直してもらうのだ」
「そうだった……涙子さんは、財団の本家のひと、なのですよねぇ」
「だから、今は御陵邸で分家の御陵生徒会長と一緒にいるのだ。この冴えないおっさんの銅像は、だから大丈夫なのだ!」
と、言って倒れた銅像を蹴飛ばすコノコ姉さん。
「良いこのみんなは、真似しちゃダメよ!」
と、ラズリちゃん。
「誰に言っているのですかぁ、ラズリちゃん」
「涙子さまがご友人でよかったわね、という話をしているのよ、佐原メダカ。この阿呆。観光地のものを破壊するのは絶対にダメでしてよ!」
「こころなしか、銅像増えてませんかぁ、コノコ姉さん」
「きっとジャズメンが増殖したのだ!」
「ジャズムーブメントですねっ!」
「そうなのだ!」
「コノコお姉さまも、この阿呆に付き合ってやらなくてもいいですわ。はぁ。姫路ぜぶらも逃してしまうし、わたしたちは遅れて御陵邸に向かって……。大丈夫かしら」
「と、歩いているうちに、異人館街の一等地、御陵邸に着いたのだ」
「おかしいですわ。警備の風紀委員もいませんし、生徒会はなにを考えているのかしら」
「そりゃぁ、なにかあったから建物の中に入ったのだと思うのだ」
はっ、と気付くラズリちゃん。
「いなくなった姫路ぜぶらが来ていたとしたらヤバい! 犯人だとしたら〈犬神博士〉の力でなにをしでかしているかわかったものじゃないですわ!」
「急ぐのだ!」
「ええ! コノコお姉さま! 阿呆の佐原メダカは、お姉さまの盾になりなさないな!」
「嫌ですよぉ。ラズリちゃんが盾になってくださいよぉ」
「ええい、だまらっしゃい!」
そして、グリーン色をした塗装で目立つに目立つ洋館、御陵邸に、わたしたちは入っていく。
「建物内にも、警備が立っていませんわね。静かですし。どういうことなのでしょう」
「奥の広間で、会議をしているはずなのだ」
「そこの部屋ですわね! 佐原メダカ、開けなさい!」
「えー? なんでわたしなのですかぁ?」
「そんなの、開けた途端に異能攻撃を受けないためですわ! あなたが盾になって攻撃を受ける役でしてよ!」
「でしてよ、じゃないですよぉ〜」
「いいから開ける!」
「わかりましたぁ〜。では! たのもぉー!」
わたしはバンッ! と音を立て、勢いよくミーティングをやっているであろう部屋の扉を開けた。
静まり返った部屋から、声が出迎える。
「よぉ、遅かったじゃねぇか、コノコとその愉快な仲間たち」
空美野涙子さんの声だった。
☆
静まり返った部屋から、声が出迎える。
「よぉ、遅かったじゃねぇか、コノコとその愉快な仲間たち」
空美野涙子さんの声だった。
しじまに包まれたそのミーティングを行っていたはずの会議室。
涙子さんの声が会議室に響いたのは、まさにその場が静寂そのものだったからだった。
「遅れたのだ。文句はラズリちゃんに言うのだ。一悶着あったのだ、学園の独房で」
その場には、〈銅像〉がたくさんあった。
テーブルの椅子に着席しているのは、涙子さんと御陵生徒会長以外は、みんな〈銅像〉だった。
そして、テーブルのまわりで文字通り固まっている〈銅像〉がたくさん。
椅子に着席している銅像は、みんなおっさんとおばちゃんの銅像で、テーブルの近くで固まっている銅像は……空美野学園の高等部と大学の風紀委員なのは、腕につけた腕章でわかる。
と、なると、着席しているのは〈空美野市の権力者たち〉なのは、明白だった。
御陵会長は歯ぎしりしながら、
「朽葉コノコッッッ……!」
と、姉さんの名を呼んで姉さんを睨んだ。
「残念なのだ。わたし自身も〈目覚めの珈琲〉を飲んだから、効かないのだ」
と、コノコ姉さん。
わたしは、訊いてしまう。
「目覚めの、……珈琲って」
コノコ姉さんは答える。
「もちろん、わたしのディペンデンシー・アディクトなのだ」
「ディペンデンシー・アディクト。心と空間を操るディスオーダー、ですね」
「いえすっ、その通りなのだ。こころに目覚めの作用をするディスオーダー。残念ながら、生徒会長の〈石化〉とさえ呼ばれてしまう〈心〉に作用して〈動けなくなる〉異能力が〈犬神博士〉の術式で、〈空間〉に作用して本当に〈石化〉するとしても、わたしの珈琲の前では〈無効〉になるのだ」
涙子さんは、椅子の背もたれに身体を預けて、両手をだらーん、とふらふら揺らしながら、
「で? どーすんの、御陵。あたしのサブスタンス・フェティッシュは強力なの、知ってるだろ? 〈一殺〉と略されることの多いあたしの〈アバドーン〉に喰われるか? 名前通り、〈地獄行き〉だぜ?」
わたしの隣で息を飲むラズリちゃん。
スタンカフをいつ発動すべきか、迷っているのかもしれない。
そして、それは本当に効くか、この銅像の並んだ場を見渡せば、それがちょっと無理っぽいのは、わたしでもわかる。
能力者の風紀委員が全滅で、おそらくは瞬殺されたのだから。
御陵会長は、重い口を開く。
怒りのこもった、震えた声で。
「街の権力者。それは既得権益にしがみつく老害ばかり。少し惚けてでもして金と肩書きを剥奪されたら人間としての価値も魅力もゼロ。ただの産業廃棄物。産業廃棄物だけに焼却処分も出来ない、本当に邪魔になるだけのゴミ。埋め立て地にでも投げ捨てるくらいしか処分方法がない」
「ふ〜ん。で? それが、なに? どーかしたかい、御陵の嬢ちゃん」
涙子さんは、挑発するように、会長に向けて言う。
目を細めながら、心底うんざりするように。
「今年の夏祭りの『穢れ流し』は、今年はわたくしでした。ええ。もう祭りは無理でしょうから、〈でした〉と、過去形でいいわね。それは、
御陵会長が説明しているのを、くすくす笑う涙子さん。
「でも、な。この御陵生徒会長は〈コールドスリープ病棟〉での〈後遺症〉が克服出来ず、現代の医学じゃ助けることが、不可能なんだ、……よな?」
「その通りですわ。わたくしの余命は、あともって一年」
そこに、コノコ姉さんが言う。
「だから、自分が溺愛しているぜぶらちゃんを〈迎えに行く〉のだ。違うのだ?」
ふふ、と口元をゆがめる会長。
「ええ、そうよ。必ず迎えに行く、って約束……しちゃいましたから。観てましたわよね、朽葉コノコと、そこの、佐原メダカさん?」
ひぃ! と飛び上がるわたし。
観てたの、知っててあんなことしてたの、このひとぉ!
若干冷や汗が出るわたし。
「見せつけるほどに、熱い関係なだけなのだ。びっくりすることないのだ、メダカちゃん」
静まり返る会議室。
そのしじまを破ったのは、部屋の銅像が次々に破壊される、強力な音だった。
銅の粉が部屋中に舞い上がる。
「な、な、な、なんですぅ、今度はぁ〜?」
姿勢も変えないでだらだら手をふらふらさせながら、涙子さんがわたしに答える。
「そんなん、決まってんだろ。役者が一人、足りないだろ?」
「そんなこと言ったって、粉塵で周囲が見えないですよぉ〜!」
「さ。来やがったな、溺愛の彼女さんが、よぉ」
と、そこでわたしの手首を掴むラズリちゃん。
「こりゃヤバいですわよ。ここはわたしの愛するお姉さまである二人に任せて逃げましょう、佐原メダカ!」
「え? えぇ?」
「粉塵のどさくさに紛れますわよ!」
廊下へくるりと引き返すように、ラズリちゃんはわたしの手首を掴んで動くけど。
「そうはさせないんだなー、この姫路ぜぶらちゃんが、な」
すり抜けるのをバスケのブロックのようにして構えて逃がさないこのひとは。
腰にテディベアを付けた女の子。
御陵生徒会長と〈サファイアの誓い〉を結んでいる、溺愛の彼女。
姫路ぜぶらちゃんだったのでしたぁ!
☆
ぜぶらちゃん、現る!
開け放されたドアの前でわたしを連れてラズリちゃんが逃げようとするのをブロックして、仁王立ちしている。
腰ベルトに繋がっているテディベアは、待ち針が全身にくまなく刺さっている。
「殺してやったよ。お偉方はある程度の異能耐性があったが、御陵が銅像にしてくれたおかげでぶち殺すことが出来た。いや、ぶち壊すことが出来た、かな」
対峙して立つことになったラズリちゃんが、ぜぶらちゃんに訊く。
「銅像を木っ端みじんに壊す能力なんて、出そうと思って出せるわけないですわ! 犬神博士の術式で能力を底上げしたのは御陵生徒会長じゃ、ないっていうの?」
「いや、違わないな。ただし、ぜぶらちゃんは御陵とサファイアの誓いを交わした相手だということを失念しているな、あんた。身も心も捧げ合ってんのさ。能力の底上げも共有されてる。ハハッ! さっきは手加減したつもりだったけど、頭から床に激突して血を流して、気が変になったんじゃないか、風紀委員」
「保険医のサトミ先生のディスオーダーで、ある程度は治療済みですわ。……それよりも、姫路ぜぶら。あなた、ここにいた街の権力者たちも、うちの風紀委員たちも、それから生徒会役員とその手伝いのひとたちも、殺したのよ? ひとの命をなんだと思っていて?」
「コールドスリープ病棟で人体実験の被験者にさせて、それを己の金と権力のための道具にしている奴らと、それを肯定して従う奴ら。そんな奴らが、このぜぶらちゃんの最愛の恋人である御陵を、助からないと投げ捨てることは前提で、死ぬまでに〈つがい〉を用意して子供を産ませて万事解決させようとしてたんだ。跡取りがいればそれでいいってな。従う奴らも同罪。許せねーよ。ああ、許せねーな」
「だから、殺したんですの?」
「ああ。まあな。だから、殺した」
ラズリちゃんも引かないし、ぜぶらちゃんも引かない。
わたしは呟く。
「しあわせはみな、同じ顔をしているが、ひとの不幸はそれぞれさまざまな顔をしている。そして、十人十色と言うからには、こころの数だけ恋のかたちがあっていい」
夕方、茜さすマンションの部屋でラピスちゃんと語った『アンナ・カレーニナ』からの引用を。
「ふーん。さしずめ〈悲劇〉の話、ってとこだな」
応じるのは、椅子の背もたれにだらしなく背中を預けて座っている空美野涙子さんだった。
「ニーチェ『悲劇の誕生』では、悲劇はディオニュソス的なものとアポロン的なものが一緒になって出来た、という。ディオニュソス的ってのは『生存の恐ろしい闇』と『陶酔』を意味する。アポロン的とは『明るくて輪郭や秩序立っているもの』だ。この相反するものが結びついたのがギリシア悲劇だ、って言うんだな。これを潰したのが『
その場がまた静かになった。
空中に粉塵が舞って、次第に落ちていく。
みんな、言葉の続きを待っていたかのようだった。
みんな、この空美野の〈お姫さま〉が、なにを言うのかを、待っていた。
涙子さんは、再び口を開く。
「わかった気になんなよ、姫路。それから御陵。おまえらは苦悩から逃げている。そりゃああと一年で御陵は死ぬよ。それ自体は変わらねぇ。でもよ、おまえらのクソガキじみたロジックを振り回して、それで悲劇を乗り越えるだとか、苦悩が収まるなんてこたねぇだろが。逃れられない死から目を逸らしたオプティミズムとおまえらの、一体なにが違うんだ? 答えてみろよ」
血走った目になったぜぶらちゃんが、叫ぶ。
「殺す!」
テディベアを左手で持ち上げ、右手で待ち針を構えたぜぶらちゃん。
反応したのは涙子さんだった。
「詠唱キャンセル! 簡略式! 喰らい尽くせ、〈怒鳴る・ドゥ・ダック〉ッッッ!」
涙子さんも叫び、そして手を上に掲げ、振り下ろす。
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
腕が、ぜぶらちゃんの腕が、〈持っていかれた〉!
深遠が開き、ぜぶらちゃんの待ち針を構えていた腕を、その付け根から地獄の門・アバドーンが喰って、扉が閉まった。
地獄の門、アバドーンの口が閉じたときにはもう、ぜぶらちゃんの右手はなくなっていた。
一瞬の間があって、ぜぶらちゃんの腕の付け根から血液が吹き上がる。
吹き上がった血が、壁に勢いよくかかり、また、天井にも浴びせ届いた。
ショックか失血からか、ぜぶらちゃんは意識を失って倒れる。
床に血だまりが広がり、銅像のブロンズの粉と混じり合った。
天井から、血液が滴り落ちる。
血液は壁からも垂れている。
「彼女さんの手当て、しないと死ぬぜー」
興味なさそうに、涙子さんは御陵生徒会長に向かって言う。
「じゃあ、あなただけでも石化しなさい、金糸雀ラズリッッッ」
名前を呼ばれて、思わず御陵生徒会長の方に振り返ってしまったラズリちゃん。
「その瞳を見ちゃダメ! ラズリちゃんッッッ」
今度は、わたしが叫ぶ番だった。
☆
「じゃあ、あなただけでも石化しなさい、金糸雀ラズリッッッ」
名前を呼ばれて、思わず御陵生徒会長の方に振り返ってしまったラズリちゃん。
「その瞳を見ちゃダメ! ラズリちゃんッッッ」
今度は、わたしが叫ぶ番だった。
御陵生徒会長とラズリちゃんの目と目が合う。
きゅいーん、という機械音のようなものがして、ラズリちゃんの足が銅になった。
そのまま、侵食されるように、足下から銅になる部分が増え、せり上がっていく。
「ラズリちゃんッッッ」
わたしは叫んだ!
叫んだって、どうにもならないのに。
ラズリちゃんの身体は銅像になってしまった。
「ああ、……ラズリちゃん。そんな」
涙が床にこぼれ落ちる。
わたしが下を向いて泣いていると、カメラのフラッシュのような閃光。
目をつむるわたし。
「大丈夫でしてよ、この阿呆のメダカ。そう簡単に涙は流すものじゃなくてよ」
顔を上げる。
わたしに声をかけたのは、銅像になったはずのラズリちゃんだった。
光ると、銅が弾けて戻った、ということなのか。
「え? でも? どういうこと……なの?」
くすくす笑うラズリちゃん。
「今日、午後の授業が始まる前、お昼休みが終わる頃、ふらふらの疲れた顔を隠せないままでわたしがあなたとコノコお姉さまのところにやってきたでしょ。そして、わたしはお姉さまに〈ディスオーダーで捜査の協力をお願いした〉のは覚えていて?」
「あ! っていうことは!」
「夜になっても元気だったでしょ。つまりね、協力とは、コノコお姉さまのディスオーダー〈目覚めの珈琲〉を飲ませていただいたということなのでしてよ」
「ドーピング! ドーピングですぅ!」
「人聞きの悪いことは言わないでね、この阿呆は。……そういうわけで、今のわたしは元気だし、涙子お姉さまと同様に、ディペンデンシー・アディクトは効きませんの」
さて、とコノコ姉さんは言う。
「お縄を頂戴、なのだ、御陵ちゃん」
床を鳴らす、複数の足音が近づいてくる。
コノコ姉さんは、
「もちろん、御陵ちゃんも捜査線上に上がっていた人物のひとりだったのだ。そういうわけで、対異能特殊部隊がやってくるのだ」
「教師どももためらっていたけど……あなたが呼んだのね、朽葉コノコ」
「そうなのだ、御陵生徒会長」
「対異能特殊部隊って、なんですかぁ」
「そのままの意味でしてよ。特別司法警察職員の一種ね」
と、ラズリちゃん。
「とくべつしほ……えーっと、どういうもので?」
「はぁ。警察官を一般司法警察職員と呼ぶの。その、一般司法警察職員ではないけれど、特定の法律違反について刑事訴訟法に基づく犯罪捜査を行う権限が特別に与えられた一部の職員のことを、特別司法警察職員と呼ぶ。……要するに、合法的に刑務所にぶち込むことの出来る奴らでしてよ」
そこにコノコ姉さん。
「空美野学園の卒業生でもあるのだ。異能力のエキスパートなのだ」
話していると、対異能特殊部隊が到着する。
「ご無事でしたか、お嬢様!」
部隊員が、涙子ちゃんに言う。
無言で頷く涙子ちゃんは、椅子から立ち上がって背伸びする。
「くっだらねぇ。あたしたちも早く帰ろうぜ」
涙子ちゃんはそう吐き捨てるように言う。
こうして、御陵生徒会長とぜぶらちゃんは捕まることになったのでした。
☆
「メダカちゃん! 起きるのだぁー! 学園に行くのが遅れるのだ! 急いでトーストを口にくわえて学園へ走っていくのだ!」
「え〜? なんですぅ、その漫画みたいな奴は〜?」
「あと、全裸で眠らない方がいいのだ!」
「はい? え? きゃっ! 見ないでください、コノコ姉さん! このえっちぃ!」
「いいから服を着て学園へ向かうのだ」
「もう、わかりましたよぉ」
そんなやり取りをして、わたし、佐原メダカは起き上がり、階下のダイニングへ向かう。
あくびをしながら朽葉コノコ姉さんの横の椅子に座り、出来立てのトーストと、コノコ姉さんのお母さんが淹れてくれた珈琲を飲みながら、テレビをぼんやりと眺める。
どこかの芸人とアイドルが不倫をしただとか、今日も今日とて大変な世界情勢だとか。
だいたいにおいてかなしい出来事がながれるなか、空美野市が映る。
「あ! 冴えないおっさんの銅像! 姉さん! 昨日、異人館街にジャズメンの銅像に紛れていて、わたしが倒してひび割れて、それで姉さんがけっ飛ばした銅像、あれはここ、空美野市の市長だったんですね! テレビに映ってますぅ〜!」
「まあ、冴えないおっさんだし、冴えない事件でも起こしたに違いないのだ」
「え? あれ? なんか逮捕されて……、んん? あ。昨日、街の権力者たちを全員殺害したことになってますよぉ!」
「冴えないおっさんだから、きっと殺してしまったのだ。時間もないし、バカ言ってないでトーストくわえて学園に走っていくのだ! じゃ、わたしは先に行ってるのだ」
「えぇ〜、待ってくださいよぉ!」
校門で服装チェックを受けてから学園内に入る。
お昼になるとコノコ姉さんとわたしのところに、ラズリちゃんと涙子ちゃんがやってくる。
ラズリちゃんは、テレビゲームを夜通しやっていて昼夜逆転して不登校になっている妹のラピスちゃんの悪口を述べる。
それを笑いながら聴いてるコノコ姉さんと、眠そうにしている涙子さん。
わたしは今朝のテレビの、冴えないおっさんのことをみんなに話す。
すると、涙子さんがこう返す。
「裏側にいる奴らは表には出て来ねぇよ。昨日集まったような奴らは、
わたしは訊く。
「そんなに人材が豊富なのですか」
「いや、豊富ってわけでもねーけどよ」
「じゃあ、どういうことなので?」
「はぁ。阿呆だなぁ、メダカは。そんなのは」
「そんなのは?」
「あたしが生きてりゃ、どうにかなるんだよ」
「…………」
「そういう意味では、御陵と姫路は、いい線いってたのかもしれねーな」
そこにコノコ姉さん。
「メダカちゃん。今日の夕飯は舶来カレーなのだ」
「カレーですかぁ。珈琲に合いそうですねっ。姉さんの珈琲飲ませてくださいよぉ」
「考えておくのだ」
「あ! 珈琲で思い出しましたが、結局わたしのディスオーダーってなんなんでしょう」
その場にいる三人がため息を出す。
「え? なんですかぁ、その対応はぁ! ぷんすか!」
コノコ姉さんが、仕方がないなぁ、と言ってから、こう続ける。
「教えてあげるのだ。〈気付かないなら断然そっちの方がいい〉ってのが正解なのだ」
「なんでですかー! もぅ! 本気で悩んでるんですよぉ!」
「いらぬ争いに巻き込まれないためにも、異能力なんて知らない方がいいのだ。知らないだけで生存率はむしろ上がるくらいなのだ」
「昨日、危ない目に遭いましたけどぉ!」
「そのときは」
「そのときは?」
「わたしがメダカちゃんを助けるのだ」
「……姉さんの、バカ」
ちょっと照れちゃってる自分が恥ずかしいわたしなのでした。
こうして、今回の物語は幕を下ろすのです。
できあいの製品とは到底言えないような、そんな溺愛を巡るお話は、ここでおしまいということにしましょう。
「さぁ、今日も佐原メダカ、頑張りますよぉ!」
「もう午後の授業なのだ。頑張りますよー、じゃないのだ。午前中の授業、居眠りしてたのは知っているのだー!」
「やはり、阿呆ですわね」
「だな。しゃーねぇ奴だよ、メダカ」
「グサッ! グサッ! グサッ! めっちゃ矢が刺さりましたぁ! これは保健室に行かねば!」
日常は続いていく。
でもこの日常を「もう一回」「もう一回」と繰り返して「もういっか」と、いつか言ってしまわないようにわたしは心のなかで祈る。
終点はなくて、偶然もない。
休戦もなく急転もなく、条件内の肯定だけがあるのは、想定内ですか、ねぇ、神さま。
(了)
抹茶ラテの作法と実践 成瀬川るるせ @ukkii
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