第4話

   ☆




 風紀委員会の反省部屋には、すぐにたどり着くことが出来た。

 独房ではあるけど、見張りがいるとかそういうのはなく。

 と、いうかわたしはまず、ラズリちゃんに会うことにした。

 もう夜だけど、風紀委員会室のあかりは灯っていて、委員会の生徒たちがせわしく働いていた。

 委員会室に入ったわたしは、デスクで書き物をしているラズリちゃんに、さっきラピスちゃんに言われたことを言った。

 ラズリちゃんは頷く。

「確かに、あの愚妹の言うことにも一理ありますわね。『〈犬神博士〉は、純粋に異能のレベルを上げる術式。異能の〈特性〉を変えるわけじゃない』……ね。なるほど」

 机から立ち上がるラズリちゃん。

「反省部屋に行きますわよ、佐原メダカ」


 と、まあ、そんなわけで、独房に着いたわたしとラズリちゃん。

 鉄格子の中で正座しながら、近江キアラちゃんは、着いたわたしとラズリちゃんを睨んでいる。

 両手を縛りつけるように〈ハンドカフ〉……手錠をかけられている。

 このハンドカフも、ラズリちゃんのスタンカフの能力のものだろう。

 くちにもカフがぐるぐる巻き付けられていて、しゃべることが出来ないようになっている。

 わたしはラズリちゃんに言う。

「なんで独房に入れているの、ラズリちゃん。犯人が捕まるまでここに収容させるなんて、犯人が捕まるのはいつになるかわからないですよぉ」

「今夜は、宵宮のためのミーティングで、異人館街の御陵邸にこの街の要人が集まっておりますの。如何にも、動くにはそのイベント、犯人にはおあつらえ向きでなくて?」

「おあつらえ向き? その嫌みがこもった言い方は、あ、そっか。風紀委員会室と生徒会室のあかりがついていたのは」

「要人殺害をもくろむなら、物理攻撃の〈サブスタンス・フェティッシュ〉で仕留めなくてはならないでしょ。そうしたら、その場に犯人が姿を現す」

「なんで祭りのミーティングに犯人が現れると思うのですかぁ」

「祭りは、〈まつりごと〉という言葉が語源なのですわ。この国は、呪術によって政治を決めてきた経緯があるのは知っているでしょう。宮内祭祀ですわね、それは今も行われているほどですわ。同様に、この街は〈天神祭〉が、まつりごとの中枢。と、なれば、襲うはずですわ。学園内でわざわざ〈犬神博士〉の術式を行ったのは、〈ディスオーダー〉の能力者の育成機関である空美野学園を世間に知らせるため以外にはあり得ない」

「あり得ないですかぁ?」

「犬神博士の〈博士〉とは、もともとは〈吐かせ〉という言葉を充てていたと言いますわ。この街の〈なにを吐かせたい〉と思います、佐原メダカ。個人的な事情である確率は低い。犬神博士で自分のディスオーダーの底上げを行うなら、自分のディスオーダーでは太刀打ちできない危ない橋を渡るからでしょう。そして、学園で術式を行ったというのは〈予告状〉ですわ。御陵会長が睨んだ相手の身体を動けなくするディペンデンシー・アディクト能力を持っていても、あれは心を扱うディスオーダー。物理攻撃のサブスタンス・フェティッシュ能力を底上げした攻撃をまともに受けたら、あの生徒会長ですら、事件を防ぐことは不可能でしょうね」

 わたしはあごに手をやって、うむむ、と考えた。

 けど、よくわからない。

「じゃあ、誰が犯人だと、ラズリちゃんはお考えで?」

「わたしが思うにそれは……」




   ☆




「わたしが思うにそれは……」

 ラズリちゃんが口に出そうとするのを遮るように、反省部屋の外からこつこつとシューズで歩く音を立てながら。

「あたしだってんだろ、風紀委員」

 大きな声で、その人物は言った。

 その場にいる三人が、一斉にその人物の方を向く。

 その人物とは、姫路ぜぶらちゃんだった。

「如何にも。そう思っておりますわ、姫路ぜぶらさん。何故なら、御陵生徒会長が溺愛している、愛人ですもの」

「ふん。ぜぶらちゃんは、溺愛されているのは否定しないさ」

「あら。らぶらぶなのですわね」

「〈サファイアの誓い〉を交わした仲だからな。公式に、付き合っているのさ」

「ですが、御陵生徒会長は異人館街きってのご令嬢。身分違いの恋は実らない」

「なにが言いたい? 風紀委員」

「御陵生徒会長を殺害する気でしょう? そのサブスタンス・フェティッシュの、〈ピグマリオン・シンパシティ〉で」

 わたしは首をかしげた。

「え? ぴぐまり……なんですぅ、それ」

 ため息を吐くラズリちゃん。

「ピグマリオン・シンパシティは物理攻撃サブスタンス・フェティッシュとしては強力なものですの。その姫路さんが腰につけているテディベアのぬいぐるみを待ち針で刺すと、能力の及ぶ距離にいる任意の人物の、ぬいぐるみに刺した同じ箇所に攻撃を加えることが出来るのですわ。要するに、遠隔攻撃。能力を底上げすれば、攻撃の当たり判定の範囲が広がりますわね」

 ふぅ、と息を吐いてから、ぜぶらちゃんは、待ち針をぬいぐるみの太ももに刺した。

 同時にラズリちゃんの太ももから血が飛び出した。

 よろけて床のリノリウムに片膝をつくラズリちゃん。

「くっ!」

「喚かねーのは流石だな、風紀委員。おっと、もう片方も」

 と、言って、もう片方の太ももにも針を刺す。

 出血と激痛に歯を食いしばるラズリちゃんは、態勢を崩して頭から倒れた。

 額を打ち付けてラズリちゃんは床に転がった。

 血だまりが反省部屋に出来る。

「出血がひどい……、クッソ。このメスゴリラ、能力を腕力にみたいにぶんまわすタイプですわね。強力な物理攻撃と聞いていましたが、これはちょっと反則じゃなくて?」

「知るかよ」

 吐き捨てるように返すぜぶらちゃん。

「くぅ、痛い……。この能力を底上げすれば、確かに異能耐性を持った高位の能力者でも、殺害できますわね」

「あのよー。ぜぶらちゃんは思うわけ。なんでぜぶらちゃんが御陵を殺さないとならないんだよ」

「永遠の愛にするため。同時に、〈ディスオーダー〉のことが世間に知らされる。全国区でも有名な、空美野家の分家のご令嬢である御陵家の生徒会長を殺害……それから、空美野家の本家、涙子さんも殺害すれば……隠し通せないでしょうね。それだけで、世間にディスオーダーを知らしめることが出来る」

「黙れ」

 ぬいぐるみの肩を刺して、ラズリちゃんの左肩を打ち抜くぜぶらちゃん。

 わたしはどうしていいか、思いあぐねていると、スカートのポケットに入れてある携帯電話から『暴れん坊探偵』の主題歌が流れた。

 着信だ。

 わたしはポケットから携帯電話を出して、電話に出た。

「やっほーい、メダカちゃん。元気なのだ?」

 通話の相手は、緊張感のない声を出す、朽葉コノコ姉さんからだった。




   ☆




「やっほーい、メダカちゃん。元気なのだ?」

「もぅ、こんなときに一体なんなんですかぁ、コノコ姉さん」

「明日の夕飯はカレーにしょうと思っているのだ」

「明日の夕飯の献立の話なんてしゃべってる場合じゃないですよぉ」

「舶来カレーを食べるのだ。日本のカレーは、インドからイギリスを通じてもたらされた後に、日本で独自の発展を遂げたカレーなのは知っての通り。日本のオリジナル料理にミュータント化したのだ」

「わたし、ウェブ作家ですよぉ。福沢諭吉の『増訂華英通語』に書いてあるのがカレーについて書かれた最初の文献なの、知っていますよぉ」

「そうなのだ。福沢諭吉が最初に日本でカレーのことを書いたひとだとされているのだ。で、話は変わって〈舶来〉と言えばこの空美野の異人館街の〈異人館〉というのは、外国から来た外交官たちの住んだ館の密集地帯。舶来品がたくさん飾ってある、西洋様式の館で、観光スポットになっているのだ」

「姉さん、まわりくどいですよぉ? なにが言いたいので?」

「異人館街の御陵邸に、街の要人が集まり始める頃合いなのだ。空美野家の本家からは涙子ちゃんが向かうことになっているのだ」

「御陵生徒会長は、空美野家の分家の令嬢だ、ということでしたよね」

「本家と分家が衝突する一大イベントなのだ。だから、涙子ちゃんには朽葉珈琲店の最高級豆を焙煎した、〈朽葉コノコの目覚めの珈琲〉を飲んでもらったのだ」

「〈朽葉コノコの目覚めの珈琲〉ですかぁ! おいしそう! ですぅ! わたしには飲ませてくれたことないじゃないですかぁ、コノコ姉さんが淹れた珈琲なんて」

「そりゃ、うちの親が店主なのだ。わたしが淹れたらいつもの味じゃなくなっちゃうのだぁ」

「ふぅ〜ん。今度、飲ませてくださいね、コノコ姉さんの珈琲」

「繰り返すようだけど涙子ちゃんは、今、店を出て空美坂をのぼって異人館街に向かったのだ。御陵邸には、学園高等部を中心にして、生徒会と風紀委員会が警備をしているのだ」

「なるほど」

「わたしも、ミーティングが始まる頃に異人館街の御陵邸に行くのだ。で、メダカちゃん。メダカちゃんも来るのだ、こっちに。わたしと御陵邸に行くのだ」

「わたし、今、取り込み中なんですよぉ」


 そこまで話すと、ちょうど、ぜぶらちゃんが叫んでいた。

「近江キアラを開放しろ! 代わりにこいつ、佐原メダカを独房にぶち込め!」

 血だまりのなかからゆっくり起き上がるラズリちゃん。

 痛みを抑えながら、声を絞り出す。

「なぜ、そうなるのですか、このメスゴリラ」

「近江キアラは犯人じゃない。開放しろ、というのは御陵からの伝言だ。独房、一部屋しかないだろ、高等部には。で、だ。代わりになんのディスオーダーを持っているかわからない佐原メダカをぶち込め。御陵の持っているディスオーダーのデータバンクにも、こいつの持ってるディスオーダーのことは書いてない。佐原メダカ、こいつはヤバい奴だ。御陵があたし、このぜぶらちゃんと引き合わせたくなかったのもわかるよ。こうなったらぜぶらちゃんのサブスタンス・フェティッシュで殺しちまいそうだからな。御陵はそれを考えていてくれたんだ」

「ひぃぃ」

 びっくりするわたし。

 ぜぶらちゃん、今、わたしのことを殺すって言ってませんでしたかぁ!

「近江キアラは開放致しますわ、生徒会長命令だ、と言うのなら。ですが、佐原メダカは、朽葉コノコお姉さまの大切な居候。おいそれと牢屋にぶち込む真似は致しませんわ」

「ふん。そうかい。ぜぶらちゃんは、御陵を守りに行くぜ、時間もないしな。だが、佐原メダカの異能がどんなものかわからない以上、こいつを野放しにしたら、きっと後悔するぜ」

 ラズリちゃんは、わたしに問う。

「今の電話の相手は、コノコお姉さまですわよね」

「そうですよぉ」

「どうせお姉さまのことですから、なにか考えがあってのことですわ」

「わたしもそう思いますぅ」

「行くわよ。空美坂でコノコお姉さまと合流いたしましてよ」

「はい!」

 ラズリちゃんがキアラちゃんのスタンカフを解除した頃には、いつの間にか姫路ぜぶらちゃんの姿は見えなくなっていた。




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