第3話
☆
「メダカちゃん! 起きるのだぁー! 学園に行くのが遅れるのだ! 急いでトーストを口にくわえて学園へ走っていくのだ!」
「え〜? なんですぅ、その漫画みたいな奴は〜?」
「わたしは先に向かうのだ。あと、全裸で眠らない方がいいのだ!」
「はい? え? きゃっ! 見ないでください、コノコ姉さん! このえっちぃ!」
「いいから服を着て学園へ向かうのだ」
「もう、わかりましたよぉ」
そこまで言うと、階段をダッシュして降りて、コノコ姉さんは家である珈琲店を出ていった。
いつもの朝がやってきましたぁ〜。
上半身をお越し、裸で背伸びするわたし。
佐原メダカ、再起動ですぅ。
コノコ姉さんに言われた通り、トーストを齧りながら、学園へと向かう。
いつもの風景。
坂を下って西にある、空美野学園に着くと、校門を抜けたグラウンドに、ひとがたくさん集まっている。
「一体、なんなのでしょうか?」
風紀委員の校門でのチェック、今日はなかったなぁ、と思ったら、グラウンドでひとが押し寄せないように、風紀委員が総出になって、人垣の整理をしていた。
「これは……なにごとかありますねぇ」
独り言を漏らしていると、後ろから肩を叩かれた。
振り返って見たら、空美野涙子さんだった。
「あ。涙子さん、おはようございますぅ」
「おう。今日も元気そうだな、メダカ」
「そりゃもう、こころがぴょんぴょんというか、こころがビクッビクンッ、ていうか、ビンビン物語なのです」
「全然意味がわからないが、元気そうなのはわかるぜ」
「ありがとうございます」
「あー、なんていうか、この人垣、どうすんだろうなぁ、うちの生徒会は。警察を介入させないでやろうとする気なんだろうけど、そりゃぁ悪手かもしれないぜ」
「この人垣がなんだかわかってる風な口ぶりですね、涙子さん」
「友達からメールが入ってきてさ。一応、わかる」
「なんなのですかぁ?」
「事件だよ」
「事件? 殺人事件とか、起こっちゃいましたかぁ」
「惜しい」
「惜しいって、わたしは冗談で言ってるのに、惜しいとは、まるでひとが死んだかのようなこと言うじゃありませんか。不謹慎ですよぉ?」
「いや、……本当に死んだんだよ。ま、人間じゃなくて、犬、らしいんだがな」
「犬?」
「ここからはわたしが説明するのだ」
「あ。コノコ姉さん」
コノコ姉さんがどこからともなくやってきた。
「メダカちゃん、探していたのだ」
と、コノコ姉さん。
「どういうことなのですか〜、これ」
と、訊くわたし。
「〈犬神博士〉の術式なのだ」
「犬神……博士?」
「牝犬を一週間飲まず食わずにしたあと、首から上だけを地上に出して生き埋めにするのだ。で、空腹のその犬の目の前に食べ物をたくさん並べる。すると、目も舌もつり上がって、神々しい姿になる、とされているのだ。そして、その神々しさが最高潮に達したときに、後ろから忍び寄って、背後から首を斬るのだ。それからその首を素焼きの壺に入れて黒焼きにする。その壺をご神体にして占いに使う術式、それが〈犬神博士〉なのだ」
「え? まさか首を刎ねられた犬が、グラウンドに埋められている、ということですか?」
「そういうことなのだ」
そこに涙子さん。
「犬神博士の神通力で自分の〈ディスオーダー〉能力にバフをかけりゃ、だいぶ〈使える能力者〉になれるしな」
「バフ、とは?」
「バフってのは、この場合は自分の能力を神通力で底上げする、って意味合いだ。異能力者が集まってるここ、空美野学園だからこそ起こった事件だな、こりゃ」
えぐいことになってしまいましたぁ。
平穏はこうして破られるのですね!
……なーんて期待をちょっとしていたわたしだけど、授業は普通に始まったのでした。
学校という奴は、得てしてそういう非情なところ、ありますよねぇ、全くもう。
☆
午後の授業が始まる前、お昼休みが終わる頃、ふらふらの疲れた顔を隠せないままの金糸雀ラズリちゃんが、わたしとコノコ姉さんが喋っていたところにやってきたのでした。
「おはようございます……、コノコお姉さま。本日も麗しいお姿で……」
「おはようなのだ、ラズリちゃん。そう言うラズリちゃんはくたくたになっているのだ。わたしにお世辞言ってるヒマがあるなら、休むのだ。保健室にでも行った方がいいのだ」
ため息を吐くラズリちゃん。
「お世辞じゃありませんわ。お姉さまはお美しい……、って、そう言う話ではなく。風紀委員総出で犬殺しの犯人探しをしていますの。生徒会が主導して。異能力痕跡を残してないから、跡を探ることも出来ません。プロの手口ですわ」
「うーん、外部の人間の犯行ではないのだ? もしくは、高等部ではない、学園の誰か」
「皆目見当もつかないのです。学園としては、警察を介入させる前に、学園の者の犯行ではない、という証拠を掴みたいのです」
わたしには話が掴めない。
「どういうことですぅ?」
と、わたし。
「阿呆は今日も本当に阿呆ですわね。学園をマイナスアピールすると厄介なのです。マスメディアを封殺することは出来るしソーシャルネットワーキングもどうにか出来る、としても、この街が〈ディスオーダー〉の研究を行っていることだけは秘匿されねばならないのです。禍根は断つべきだと、学園は思っているでしょう。それに、異能が開示されたら、大変なのですわ」
「え? なんでですかぁ」
「この国は先の大戦で敗戦国となりました。実はその時点から、この国は戦勝国から実験国家とされたのです。この空美野市のことなんて、どこにでもあるような事柄というのはそういうことですわ。この国は戦勝国からしたら悪魔の国で、だから敗戦したし、この敗戦国の国民なんて人間ではなく、すべて戦勝国が神の国に至るための踏み台、モルモットにしか過ぎない、と考えているのですわ」
「わたしたちはモルモットなのですか……」
「ゴホン。話が逸れましたが、人権無視でディスオーダー能力を開発され、これから異能力者として〈出荷〉されていく我々のことは秘匿されねばならない。〈犬神博士〉の術式も、知る人ぞ知る有名な
「それで駆り出されてやつれているのですか〜。ラズリちゃん、大変だぁ」
「で。この阿呆、佐原メダカにもミッションですわ」
「は? わたしになんなんですかぁ?」
「うちの妹のラピスが熱を出して寝込んでおりますの。テレビゲームを朝までやっているような、あの愚妹も阿呆ですから、風邪を引きますのよ。ふぅ。あの阿呆のラピスの面倒を、佐原メダカ、あなたに頼みますわ。具体的には、ドラッグストアで総合感冒薬と解熱剤を買って、ラピスのもとへ届けて頂戴」
「なんでわたしなのですかぁ。面倒くさい」
「バカは風邪を引かないって言うじゃなりませんこと? 佐原メダカなら、熱を出して寝込んでるところに届けに行っても、どうせ風邪を移されるはずがありませんわ」
「えぇー」
「頼みましたわ」
「わかった。お尻の穴にぶっ挿す
「あなた、ぶっ殺すわよッッッ」
「ひぃ! うそですよぉ〜」
「では、コノコお姉さまは、お姉さまのディスオーダーでわたしたちの手伝いを、放課後に依頼いたしますわ」
「わかったのだ」
「はぁ〜い」
と、いうことで、放課後は、ラズリちゃんの妹である金糸雀ラピスちゃんのおうちへ行くことになったわたしなのでした!
☆
学園から出て駅前の市街地を歩くわたし。
行き先はドラッグストアだ。
「坐薬坐薬坐薬坐薬〜。あっなるにぶっ挿すざっやくー」
もうこれは坐薬しかないな、と思うのです。
超強力な解熱剤だし、ラピスちゃんのお尻を責めちゃうのですよぉー!
ヒャッハー!
だがしかし!
わたしにはさっそく障害が待っていたのでした!
なんと、入ったドラッグストアには坐薬が置いてないのでしたぁ!
渋々と、わたしは店員さんに紹介されるがまま、最新の総合感冒薬と解熱剤を買うことになったのでした。
これがおすすめですよぉー、って言われ、はいはいと適当に相づちを打っていたら、いつの間にかレジに進んでいて、ラズリちゃんから渡されたお金を支払っていて、わたしの手には紙袋に入れられたお薬がどでーん、とあったというわけなのですよぉ。
なんてことでしょうか。
わたしはラピスちゃんのアナルヴァージンを奪う権利を剥奪されてしまったみたいじゃないですかぁ!
ぷんすか!
もうやけくそです。
おつりでジュースをたらふく買ってやけ飲みしますぅ〜!
と、そんなわけで、輸入雑貨店でルートビアを買って飲むわたし。
六本セットを買いましたが、こんなの一瞬で飲み尽くします。
ええ、飲み尽くしますとも!
緑地帯のベンチに座って飲むわたし。
「さて、ラピスちゃんの家は、波止場の近くですねぇ。親と別居して、ラズリちゃんとラピスちゃんの二人住まい。家には寝込んでいるラピスちゃんがひとり。んん? もしかしてこれはワンモアチャンス! ありますよぉー! おおありですよー! ラピスちゃんの身体を奪っちゃいましょう、そうしましょうッッッ!」
勇み足で緑地帯を出て波止場に向かうわたし、佐原メダカ。
だが、ちょっと、立ち止まる。
「アーケード街にある古本屋に、寄ってから行きましょう」
そう、わたしはウェブ作家という顔を持っているのです。
わたしはウェブ作家・成瀬川るるせ。
掘り出し物のチェックを怠ってはならないのですよっ!
アーケード街に到着すると、古本屋の自動ドアの前に立つわたし。
古ぼけた自動ドアがうぃーん、と機械音を出しながら開くと、吸い込まれるようにわたしは店内に入るのでした。
ボーイズラブコーナーを物色すると、ウェブでは何故か売っていない、ジュネー全集という箱入りのハードカバー本が入荷されているのを確認したのだった!
「こ、これは欲しかった奴だぁ……」
恐る恐る手に取るわたし。
ですが、同時に手を伸ばすひとが横にいて、わたしの手とその女性の手が触れたのです。
思わず手を引っ込めるわたしと、隣で手を伸ばしていた女性。
横にいたその女性をわたしは見る。
「ふぅむ。空美野学園の子ですね」
「あら。あなたもジュネー全集が欲しいの?」
「あなたもそうなのですか」
気が合うかな、と思ったのだけど、その子は、わたしを睨め付けてきた。
うっ、その目が怖い。
「わたしは近江キアラ。〈サブスタンス・フェティッシュ〉能力者として、一流なのよ」
「さぶすたん……、えーっと、なんです、それ?」
はぁ、と息を吐く近江キアラちゃんというその女生徒。
「物理攻撃を扱える能力を〈サブスタンス・フェティッシュ〉と呼ぶのでしょうが。あなた、素人の方? 制服を見ると学園の者らしいから言ってみたのだけれども」
「具体的にはどんな能力をお持ちで」
「それは、ね」
近江キアラちゃんがニヤリ、と笑うと。
本棚の本が爆発して、誘爆するかのように、棚の本が次々に爆発しだした。
爆風に吹き飛ばされるわたし。
「ふん! 知っていてよ、あなた、佐原メダカでしょう? あの風紀委員のホープ、金糸雀ラズリの仲間の」
爆風で倒れているなか、キアラちゃんは、腰に手を当てたポーズを取りながら、そう言った。
ど、どういうことなのですかぁ?
☆
焼け焦げた匂い。
本棚が燃えている。
本は爆発して大半が消し炭になっている。
空美野市、アーケード街の古本屋。
天井のスプリンクラーから水のシャワーが吹き出している。
出入り口に殺到するお客さんたち。
倒れていたわたしは、起き上がると目の前で腰に手をやって勝ち誇った表情の近江キアラちゃんと向き合う。
キアラちゃんは、高等部二年生のバッジをつけている。
スプリンクラーの散水を浴びながら、わたしはキアラちゃんと対峙した。
「物理攻撃を扱える異能を〈サブスタンス・フェティッシュ〉と呼ぶ。それに対して心・空間を扱う異能を〈ディペンデンシー・アディクト〉と呼ぶ。この異能力を総称して〈ディスオーダー〉と呼ぶ。……それが、この異能の世界の〈基礎〉」
そう、近江キアラちゃんは言った。
うひー、とわたしがうめいていると、キアラちゃんは続ける。
「わたしのサブスタンス・フェティッシュは〈爆弾〉。物を爆弾に変えることが出来る」
「梶井基次郎ですか、あなたはぁ〜!」
「意外と博学なのかしら、あなた」
「梶井基次郎の『檸檬』くらい誰だって知っていますよぉー」
そう、わたしはウェブ作家だし、そりゃあ、知ってる。
説明している余裕はないけれども。
「話は早いわ。わたしの〈爆弾〉の異能力は強い。強いからもう逆らわないで。お願い。どうせわたしが犯人だと勘違いして風紀委員が来るでしょうから、あなたを拉致するわ、悪く思わないで頂戴な、佐原メダカ。あなたを拉致してラズリへの盾にするわ。わたしの安全の確保のための道具になってね!」
「うえー。言ってることがめちゃくちゃ過ぎますよぉー」
「当然! あなたを盾にして攻撃を受けないようにしながら、街の外へ逃げるわよ」
スプリンクラーの散水が霧をつくりだして見えないけど、出入り口方向から声が聞こえてきた。
「近江キアラ! 容疑者のあなたが動いているということはやはり、事件に関与していますわね? あなたを風紀委員会の反省部屋に監禁します。出てらっしゃい」
「やなこった! 喰らえ、〈わたしが捧げる爆弾〉を!」
「遅いですわッッッ! 〈スタンカフ〉ッッッ!」
光の輪っかが二つ同時に飛んできたかと思うと、キアラちゃんの両手と両足にぶつかり、その光の輪っかはぐるぐるまわって、手足を拘束した。
両足をぐるぐる巻きに拘束されたのでバランスを崩し、盛大に顔面から転げるキアラちゃん。
手も拘束されたので手でダメージを軽減することも出来ず、頭を打ち付けて「うひっ」と漏らすと、額から出血しながら床で大人しくなった。
「そうですわ。大人しくしていないさい、近江キアラ」
近づいてくる人影。
間近にくると、それは金糸雀ラズリちゃんでした!
わたしを一瞥すると、ラズリちゃんは言う。
「びしょびしょになって、なに油売っているのでして? 制服が水で透け透けになったのを自撮りしてしまったのかしら、地雷系女子さん?」
「ここでそのギャグを蒸し返しますかぁッッッ? ラズリちゃん、一体これは?」
「重要参考人として近江キアラを確保しに来たのですわ。狙われていたのは、メダカ、あなたよ。……それも、風紀委員のわたしに対しての外交カードにするために、ね」
やれやれ、という風に、ラズリちゃんは言った。
「早くラピスのところに向かいなさい。言ったでしょ?」
「言ったって、なにをですぅ?」
「あなたは阿呆だってことを。大人しく従う方がいいのでしてよ。阿呆の考えはこれだから。古本屋に寄るって、全く」
「わたしだってちょっとは寄り道したいですよぉ」
「下手の考え休むに似たり。バカ言ってないで早く向かいなさい」
「え〜? わかりましたよぉ、もぅ」
「ほんと、みちくさ喰ってる場合じゃなくてよ? わたしとラピスの家の方が安全なの。わかるかしら? コノコお姉さま、涙子さま、そしてわたしの共通した友人なのですから、捜査線上に上がる人物なら、拉致とか監禁とか、そういうことをし出すのはわかっていましたの。だから、早くラピスの相手でもしてあげていて、佐原メダカ」
「は、はぁ」
そういうことだったんですね……、わからなかった。
頷くとわたしは、落としたドラッグストアの袋と学生鞄を拾って、それからラズリちゃんに、
「ありがとう」
とだけ言って、ボロボロになった店内を抜ける。
「わたしは犯人じゃないわよ!」
転げているキアラちゃんが叫んだ。
「うっさい!」
〈スタンカフ〉をさるぐつわの代わりにして巻き付けたラズリちゃんは、わたしの方を振り向かない。
それがちょっとかなしくて、わたしは寂しい気分になった。
学園生活はどうなっちゃうのでしょう。
涙が流れそうになるけどこらえて、わたしは波止場にあるラピスちゃんの家に再び向かうことにしたのでした。
☆
波止場にあるマンションに着いた。
ここの六階に、金糸雀姉妹の部屋はある。
マンションの前で認証を受けて建物の中に入ると、わたしはエレベータに乗って、六階に行く。
金糸雀姉妹の部屋の前で、佐原メダカですぅ〜、と挨拶すると、鍵が開いた。
「にゃたしの風邪、感染するかもしれないんにゃよ、メダカ。……へっくし!」
くしゃみをして鼻水をすする猫耳パーカーの女の子。
それが金糸雀ラズリちゃんの妹の金糸雀ラピスちゃんだった。
「総合感冒薬と解熱剤買ってきましたぁー!」
「にゃりがたいにゃぁ! まあ、部屋に上がれにゃ、メダカ」
玄関で靴を脱ぎながらわたしは、
「そうしますぅ」
と返した。
リビングに着くと、わたしは感冒薬と解熱剤が入った紙袋を渡す。
「にゃ? この紙袋、ボロボロにゃし、雨でもないのにメダカも服が濡れてるし、どーしたにゃ?」
わたしは、近江キアラちゃんという〈爆弾魔〉と出会ってラズリちゃんに連れていかれた話をした。
ラピスちゃんは、ふぅ、と息を吐いてから、こんなことを言う。
「しあわせはみな、同じ顔をしているが、ひとの不幸はそれぞれさまざまな顔をしている」
「誰の言葉ですかぁ?」
「本当は知っているクセに訊くもんじゃにゃいにゃ、メダカ。もちろんこれはトルストイの『アンナ・カレーニナ』からの引用にゃ」
「十人十色と言うからには、こころの数だけ恋のかたちがあっていい」
「それも『アンナ・カレーニナ』からにゃね。ウェブ作家は気取っている生き物にゃねぇ」
「ふふ。繋げると恋と不幸は同じくたくさんの種類があることになりますねぇ」
ラピスちゃんは、笑いながら、リビングのソファにどさっと音を立てさせながら深く、埋もれるように座った。
テーブルを隔てて向かい側のわたしも、ラピスちゃんに準じて、ソファに埋もれた。
「にゃはは」
「なにがおかしいのですぅ、ラピスちゃん」
「爆弾魔も、飛んだ被害を受けたものにゃ」
「どういうことですぅ」
「たぶん、そいつ、〈冤罪〉にゃ」
「冤罪?」
「冤罪っていうのは、無実の罪を意味する言葉にゃ。実際には罪を犯していにゃいのに罪を犯した犯罪者として扱われることを指す言葉にゃんだにゃ」
「それくらい知ってますよぉ、ぷんすか!」
「ほんと、ひとの不幸はそれぞれさまざまな顔をしているのにゃねー。風紀委員会の反省部屋と言ったら学園の〈独房〉のことにゃ。アンラックにゃねー、そのキアラって奴は。にゃはは」
「ひとりで納得してないでわたしにもわかるように話してくださいよぉ!」
「わかったにゃ」
檸檬の輪切りの浮かんだ水の入ったピッチャーからタンブラーにその水を注ぎ、ラピスちゃんは、わたしが渡した解熱剤の錠剤を飲む。
「にゃたしは、愚昧な姉とは考えが違うんだにゃあ」
解熱剤を飲み下すと、またソファに埋まるラピスちゃん。
わたしは、ラピスちゃんが話し出すのを、しばらく待つ。
窓ガラスから、茜色の夕陽が見える。
茜色に染まるラピスちゃんの猫耳フードパーカーからのぞく顔は、にゃーにゃ言ってる割には、ゆったりとリラックスしていて、わたしには不思議に感じる。
ラピスちゃんは、夕陽で全身を茜に染め、そして語り出す。
茜色に映えるラピスちゃんは、とても可愛くて、わたしは息を飲んだ。
☆
ラピスちゃんは、話し出す。
「にゃたしは、あるとき、外仕事のバイトを手伝ったことがあるのにゃ。そのとき、有名大学の非常勤講師が空いた時間を使ってにゃはりバイトをやっていて、一緒に仕事をすることになったんにゃ。その大学の生徒もバイトにいて、非常勤講師を見かけてビビってたにゃぁ。で、休み時間、その講師と一緒ににゃたしはコンビニへ行って昼ご飯を買うことになったんにゃよ。で、講師はお弁当コーナーで、横にいるにゃたしを見て、こう言ったのにゃ。〈このなかに、ひとつだけ「正解」がある〉と」
「はぁ。ひとつだけ、お弁当で正解があって、あとは外れ、ということですか」
「そういうことにゃ。昔の話になるのにゃが、コンビニ弁当は保存料や、お米の光沢剤使用の問題で、いろいろ言われていた時期があるのにゃよ。で、それは置いて、〈もしもコンビニ弁当を買うしかなかったら、正解はひとつしかない。または、それに類似する特徴を持った弁当を選ぶしかない場合、正解はなにか〉と、その講師は言ったんにゃ」
「で。どれが正解だったのですかぁ」
「答えは、『幕の内弁当』にゃ」
「何故ですかぁ? 意味がわかりません。だって、ほかの弁当と同じ保存料や光沢剤の問題を抱えている可能性を考えたら、具材のひとつひとつに違いがある、というのは種類が違うだけで保存料などは同様に使われているから、問題自体は解決できない」
「ふふ〜ん。具材の種類ではなく、ここで問題にゃったのは、種類の〈数〉だったのにゃ」
「んん? どういうことですかぁ」
「つまり、幕の内弁当は、〈ほかのコンビニ弁当と比べて、異様なまでに入っている具材の品目が多い〉ので、正解だったのにゃ」
「品目が多い、とは?」
「一日に推奨されている食べなくちゃならない食材の品目って、めちゃくちゃ多いのにゃが、そこを幕の内弁当はクリア出来るか、クリアに近い数の品目を一回の食事で食べることができるのにゃ。それが、例えば唐揚げ弁当だったら、下手すると唐揚げしか入ってなくて、品目の種類が極端に少ない。〈指標から考えて、おいしい部分が少ない〉のにゃよ。選ぶなら、なにかしら〈自分の益になる〉ものを選ぶのがよい、と考えた場合、少なくとも、品目の数という課題だけでもクリア出来る幕の内弁当は、ほかより優れた点がある、ということで、その講師は〈これが正解だ〉と言ったのにゃ」
「なるほど!」
「ふふ〜ん。安楽椅子探偵みたいにゃ、今のにゃたし! にゃははははは」
「えぇー。全然答えになってないですよぉ。冤罪の話はどうしたのですかぁ」
「ああ。それにゃ」
「それにゃ、じゃなくて」
「近江キアラは、手に触れたものを爆弾に変えることが出来る能力者にゃ」
「そうみたいですねぇ」
「それ、〈犬神博士〉の術式でパワーアップさせて、意味あるのかにゃ」
「と、言いますと?」
「手りゅう弾や時限爆弾みたいな使い方の能力にゃろ、あれは。それが例えば街全体破壊できるようにして、意味あるのかにゃ? 無差別に殺せるようになるだけにゃろ、爆弾の火力が強くなっても」
「そうなのですか?」
「〈犬神博士〉は、純粋に異能のレベルを上げる術式にゃ。異能の〈特性〉を変えるわけじゃにゃいのにゃ」
「異能の、特性を変えるわけではない……」
「さっきの弁当の話で言えば、品目の数が増えるわけにゃない。特盛り唐揚げ弁当みたいなものにゃ。ご飯が多くなったり、唐揚げの数が増えるだけにゃ。そう考えると、最初からレベルを上げたときに効果を発揮する能力の底上げをはかるための術式にゃから、さっきで言えば、幕の内弁当みたいな答えがあるはずなのにゃ」
「故に、近江キアラちゃんは冤罪である、と」
「そういうことにゃ」
わたしはソファから立ち上がる。
「わたし、佐原メダカは、近江キアラちゃんを助けに行きますッッッ!」
「犯人は、尋ねないのかにゃ」
「どうせ、思案中でしょ。安楽椅子でディテクティヴするには、判断材料がまだ少なすぎですもんね!」
「今日は冴えてるにゃ、メダカ」
「アナルヴァージンをぶっ挿すヒマも与えられていないわたしは、頭に来ました!」
「あ、あなるゔぁ……はぁ? にゃに言ってるのにゃ?」
「さあて、〈独房〉とやらに行きますよ! ラピスちゃんはどうしますか」
「にゃたしは……やめとくにゃ」
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