第2話

   ☆




「事情はわかったのだ」

「説明したの、わかっていただけましたか、コノコ姉さん!」

「メダカちゃんの地雷系女子っぷりだけが理解できたのだ」

「じ、地雷系……」

「間違っても自撮りを送信してはイケナイのだ」

「なんですかぁ、自撮りってぇ! ぷんすか!」

 お昼休み、わたしはクラスに戻って、保険医のサトミ先生との一件を話した。

 もちろん、生徒会長さんとぜぶらちゃんのことも。

 コノコ姉さんから下されたのは、地雷系という嬉しくない称号だった。

 ひどいですぅ。

「で、姉さん。〈ディスオーダー〉ってなんなんですかぁ?」

「病のことなのだ」

「病?」

 頭にクエスチョンマークが出て、首をかしげていると、二年生である金糸雀ラズリちゃんがわたしたちのクラスに入って来て、まっすぐコノコ姉さんの席の横まで来た。

 コノコ姉さんは、わたしの席のひとつ前の席なので、わたしの斜め前にやって来た、とも形容出来る。

 姉さんの隣の席が空いていたので、ためらいなく座るラズリちゃん。

「佐原メダカ! あなた、廊下に水を撒いたでしょ。校内のウワサになってますわよ。なにがあったのかしら」

 ふぅ、とため息を吐いてから、姉さんは言う。

「地雷系女子のすることなのだ。ムラムラして水で濡れた制服姿で自撮りしてしまったのだ」

「そーんなことだろうと思っていましたわ。世も末ですわね」

「えー? そこ、納得しちゃうんですかぁ!」

「如何にもしそうだもの、あなたなら」

「わたしがどういう風に、ラズリちゃんには見えているのかなっ?」

「地雷系女子……でしょ?」

「ちっがーう! 地雷系じゃないですぅ〜」

 わたしは、生徒会長の件を、今度はラズリちゃんに話す。

 すると、ため息を吐くのは、今度はラズリちゃんの番だった。

「〈サファイアの誓い〉に文字通り、〈水を差した〉のですわ、水浸しにして、ね。佐原メダカさん?」

 変な単語が出てきた。

「サファイアの誓い、とは?」

 またも首をかしげるわたし。

「姉妹の契りのことを、この学園では〈サファイアの誓い〉と呼ぶのでしてよ」

 ぐいっと顔をわたしの眼前に近づけて、ラズリちゃんは、人さし指を立てる。

「いい? 〈サファイアの誓い〉は、お互いが身も心も相手に捧げる契りのことを指すのですわ。とーっても尊いものなの。会長は嫉妬に狂ってしまい、佐原メダカを蹴り飛ばしたのですわ。不可避です。地雷系女子の魔の手に堕ちる前に、姫路さんを助け出したのですわ。ああ、尊いッッッ」

「え、えぇ……」

 思わず引いてしまうわたし。

 顔を離して席につくと、ラズリちゃんは、言う。

「この学園への入学条件は覚えていて? 佐原メダカさん?」

「入学条件?」

 そこに口を挟むコノコ姉さん。

「ここは空美野研究所の〈コールドスリープ病棟〉から開放されると同時に編入させられる学園でもあるのは、知っているのだ?」

「わたしは、知らないですぅ〜」

 そこにラズリちゃん。

「知らないじゃなくてよ。……いや、半眠半覚の状態でモルモットにされていたから、のーみそが記憶をシャットアウトしていても、おかしくない……ですわね」

 コノコ姉さんが、続ける。

「病棟では全身の穴という穴を全てほじくり回され、科学の名のもとに人体実験を……つまり実験動物にされるのだ。それは人権侵害だから外部には秘匿されているのだぁ。そこで研究されているものは異能力。〈ディスオーダー〉と呼ばれる〈病〉こそが、それなのだ」

「へぇ……そーなんだぁー」

「棒読みになっていますわよ、佐原メダカ」

 ラズリちゃんがツッコミを入れるが、その語勢は弱い。

「中等部卒業の年齢まで、メダカちゃんはコールドスリープ病棟にいたのだ。で、戻ってきたときは完全に親族から切り離されたから、メダカちゃんはうちの朽葉珈琲店に間借りして居候をしているのだ」

「そうでしたっけ。すっかり忘れていましたぁ」

「つまり」

 と、ラズリちゃん。

「この学園は異能力者の集まりなのですわ。異能の力が強いか弱いかは、別として。全国から異能の素養がある者が集められて、病棟に送られ、異能に覚醒した後、今度は学園に送られる。この学園の卒業生は、みんな、異能を活かした職業に就くか、異能を隠しながら生きていくことになる。……どこにでもあるような話に過ぎませんけれども」

「どこにでもあるような話なのですかぁ」

「そうですわよ。そう……思わないと、つら過ぎるじゃありませんこと?」

 あはは、と笑うコノコ姉さん。

「希望的観測、ということなのだ」

「希望的……観測」

 言葉を反芻するわたし。

 そこに、ハンドクラップして深入りした話題を打ち消すようにするラズリちゃん。

「はい、この話はここで終わりでしてよ! 購買部で総菜パンを買ってきましょう。涙子さまも今日はここにいないみたいですし。コノコお姉さま、さ、買いに出かけましょう」

「のだぁー!」

 うやむやにされた気がするけど、それでいいや、とわたしは考えた。

 笑顔ひとつ忘れてしまっても、それは大きな損失だ。

 難しい顔をするヒマなんて学園生活にはない。

 暗いのは好きじゃないです、わたしは。

 わたし、姉さん、ラズリちゃんの三人で、ともかく購買部へ向かうことにしたのでした。

 お昼休み、終わっちゃうもん。

 楽しい休憩時間と食事にしたいのですぅ。




   ☆




 購買部で焼きそばパンと珈琲牛乳を買ったわたしは、コノコ姉さんと教室に戻る。

 ラズリちゃんは、校内放送で招集され、風紀委員として、集合場所へ向かって行ってしまった。

 コノコ姉さんは言う。

「さっきの、ラズリちゃんと一緒にした会話、涙子ちゃんがいないときでよかったのだ」

「よかった、とは?」

「もちろん、コールドスリープ病棟の話、なのだ」

「病棟が、涙子さんと関係あるのです?」

「あるのだ」

「どういうことなのですぅ?」

「ここは空美野市。その空美野市にある空美野研究所が〈コールドスリープ病棟〉を所持して、人権を無視したようなことを政府に言われて請け負っているのだ」

「政府が指示してやっているのですか!」

「しっ! 声が大きいのだ」

「すみません」

「涙子ちゃんの名字は?」

「空美野……って。あ! もしかして」

「そう。ここは空美野家の領地だったところで、空美野財団を持っている。研究所も、コールドスリープ病棟も、涙子ちゃんの家がやっているのだ。涙子ちゃんは、空美野家の本家筋の〈お姫さま〉なのだ」

「それはそれは。事態は複雑ですね」

「ふぅ。まあ、それはいいのだ」

「いいんですか?」

「さっき、放送でラズリちゃんが呼ばれたけど、あれはうちの朽葉珈琲店がある空美坂の天辺にある、空美野天満宮で毎年開かれる『天神祭』の風紀の仕事をするためのミーティングなのだ」

「はぁ。それがなにか」

「御陵生徒会長や涙子ちゃんも、権力の中にいるから、たぶん、天神祭に関係あるのだ」

「説明台詞で一気に点と点が線に結ばれましたね」

「放課後、珈琲店の仕事が終わったら、坂の上の異人館街の、その天辺にある、空美野天満宮に行こうなのだ」

「デートのお誘いですか、姉さん」

 そこで、ウィンクをして見せるコノコ姉さん。

「そう思ってもらって構わないのだ、メダカちゃん」

「嬉しいですぅ〜」

「でも、仕事はきっちりこなすのだ。こなしてから、夜、出かけるのだ!」

「はぁーい」


 そんなわけで、わたしたちは、午後の授業を受けてから、坂をのぼって帰宅することにする。




   ☆




 今はもう、七月中旬だ。

 天神祭は、日本各地の天満宮で催される祭り。

 祭神の菅原道真の命日にちなんだ縁日。

 天神祭は天満宮が鎮座した頃から始まった。

 菅原道真は学問の神様で親しまれているひとで、禁裡守護・鬼門鎮護の神として、京都の北野天満宮を勧請して祀られたことが、空美野天満宮の始まりなのである。


 ……って、インターネットには書いてあったけど、わたしにはさっぱり意味がわからない。

 もう過ぎちゃったけど、六月下旬には、夏越大祓式・茅の輪神事と呼ばれるものがあるそうだ。

 知らなかった。

 そしてまた、七月には、夏祭りである天神祭が大々的に行われる。

 市の権力の中枢にいるひとたちには、そこらへんでポジション争いがあるんじゃないかな、とわたしは思う。


 それはともかく、わたしは放課後、そそくさと教室を出ると、学園から東にある空美坂をのぼっていく。

 わたしの横では、コンビニで買った抹茶ラテを飲みながら、コノコ姉さんが鼻歌交じりで歩いている。

「あー、わたしも良いところのお嬢様ならよかったなー」

「お嬢様になってもろくなことなさそうなのだ」

「悪徳令嬢っていうのが昔、ウェブ小説で流行っていた頃があるのですよぉ〜」

「ああ、そう言えばメダカちゃんはウェブ作家だったのだ。どうなのだ、人気の方は?」

「ぼちぼち、ですよぉ〜。でも、文章を書けるって、ハッピーかな、って」

「そんなものなのだ?」

「そんなものですよぉ」

 紙ストローから抹茶ラテをおいしそうに飲むコノコ姉さんは、にっこりと笑うと、それ以上はウェブ小説に関しては訊いてこなかった。

 ちょっと寂しくもあるけど、その距離感が、心地良い。

「わたしもお嬢様だったらよかったなぁ〜」

「今の生活に不満があるのだ?」

「ふふっ」

「な。なんなのだ、その、首をかしげながらの笑みは」

「今の生活に、意外と不満がないんですよ、わたし」

「そ、それはよかったのだ」

「やだ、姉さん、照れてますねぇ?」

「照れてないのだ」

「え〜。絶対に、照れてる。それに」

「それに?」

「照れていなければ、わたしが許しません!」

「どういう意味なのだ?」

「もぅ。不満がないのは、いろいろあっても、コノコ姉さんのことが好きだから、ってことですよ」

「そういうのは口にしないでいいのだぁ!」

「あはは。怒ったフリしちゃって。コノコ姉さん、可愛いんだからぁ」

「ひとをからかうのはやめるのだー」

「溺愛しちゃってるんですよぉ、これでも」

「この地雷系女子」

「この地雷は、コノコ姉さんにしか発動しません」

「なにいきなり口説き出しているのだ、メダカちゃん」

「縁日が、近いってことですよね」

「天満宮の天神祭。もうすぐなのだ」

「ふたりでハッピーデートしましょう!」

「そうなのだ。そうするのだ」

「今日は、その下見に行くのですよぉ」

「なんか、もう絵に描いたようなラブラブ展開に、どうしていいか、わからないのだ」

「こうすればいいんですよ」

 コノコ姉さんの横顔にキスをするわたし。

「悪徳令嬢みたくがっついているのだ、今日のメダカちゃんは」

「うふふ。ウェブ作家サマですよぉ〜、わたしは。妄想爆発してるんですからぁ」

「はいはい。わかったのだ。今日も働くのだ」

「うぇ〜い!」

 二人であがる坂道。

 今日も珈琲店のお仕事の時間が始まるのです〜。




   ☆




「空美野天満宮の天神祭には、ほかの多くの祭りと同じく、宵宮と本宮があるのだ。太鼓、獅子舞などの宵宮と、映る篝火や提灯灯り、花火などを行う本宮があるのだぁ。宵宮は、街の要人が集まって無病息災を祝う」

「詳しいですね、コノコ姉さん」

「家のある同じ坂道の天辺の天満宮で行うのだ、知らない方がおかしいのだ」

「なるほど」

「宵宮は、年に一度選ばれる子供が素木の神鉾を天満宮に捧げることから、宵宮祭が斎行されるのだ」

「へぇ。知らなかったですぅ」

「祭りは、もうすぐなのだぁ!」

「ヒャッハー!」

「東風吹かば、にほひおこせよ梅の花。主なしとて春を忘るな」

「誰の和歌ですかぁ?」

「菅原道真、拾遺和歌集より、なのだ」

「よくすらすら出てきましたねぇ―」

「たまには格好つけたいのだ」

「わたしの前だからってことですかぁ。いやん」

「と、いうことで、仕事なのだ! さぁ、ビール瓶ケース運ぶのだー」

「うひー」


 今日も朽葉珈琲店は大にぎわい。

 それはこの店がある空美坂が喫茶店の有名店がひしめく場所であり、そして、その坂をのぼると、観光地になっている異人館街があるからだ。

 観光客も、常連さんも、朽葉珈琲店に訪れる。

 毎日大忙しだ。

 うーむ、それにしてもコールドスリープ病棟……空美野研究所、に〈ディスオーダー〉。

 考えないとならないことがたくさん出来た。

「ほら、ビールケース運んだら次はシンクの洗い物して、時間が出来たらトレンチを持って接客なのだー」

「はいー! 佐原メダカ、頑張りますっ!」

 夜八時まで働いて、店はクローズした。

 クローズ作業は店主であるコノコ姉さんのお母さんがやるので、わたしたちに自由時間が訪れる。

「抹茶ラテを買いにコンビニ行くついでに、空美野天満宮へ行ってみるのだ」

「そうしましょう、姉さん!」




   ☆




 星降る夜だった。

 星々が空でキラキラしていて、空気までもが綺麗に感じるほどだった。

 そのきらめきの中、コノコ姉さんは、わたしに手を差し出す。

 わたしは頷いてから、コノコ姉さんの手を取って、強く握る。

 コノコ姉さんの手はあたたかった。

 二人で坂をのぼる。

 ここは空美坂。

 洒脱なレンガつくりの建物が並ぶ、そのアスファルトの坂道を、少し息を切らせながら、歩いていく。

 坂の上の、空美野異人館街に着く。

 観光スポットだ。

 異国情緒溢れるいくつもの館にライトアップがされている。

 わたしが見たコノコ姉さんの横顔も、どこかうっとりしている。

「お、雰囲気に呑まれちゃってますぅ?」

「抹茶ラテは飲んでも飲まれるな、なのだ」

「なんですぅ、それ。お酒の話じゃないんですね。ふふ」

「そういうメダカちゃんも、顔が真っ赤なのだ」

「……だって」

「だって、なんなのだ?」

「コノコ姉さんの手には」

「ん? コンビニ袋を持っているのだ」

「もぅ! 反対の方の手ですよぉ。わたしと手を繋いでいるでしょ。これじゃまるでわたしがコンビニ袋みたいな物言いですよぉ」

「で。わたしと手を繋ぐとなんなのだ」

「顔が真っ赤になります」

「それはよかったのだ」

「感想はそれだけですかぁ!」

「天満宮の階段をのぼるのだ。きっと天満宮からは、ここ異人館街のベンチで眺めるより、もっと市街地がよく見渡せるはずなのだ」

「はい! 姉さんについていきますよ、わたし!」


 そして、少し立ち止まって会話をしたわたしたちは、再び坂をのぼる。

 天辺の天満宮まではもうちょっとだ。


「コノコ姉さん」

 わたしたちは、歩きながら話す。

 手は繋いだままだ。

「今度、岩盤浴に行きましょうよ!」

「突然、どうしたのだ、メダカちゃん」

「最近、コノコねえさんは疲れているはずです」

「疲れてはいるけど、そんなに疲れて見えるのだ?」

「いえ、学園から帰ってきてからバイトが待ってるじゃないですか」

「ふーむ」

「自律神経、わたしはやられていますね、そろそろ」

「ウェブ作家として、仕事終わったら小説を書いてるメダカちゃんは、そりゃぁ自律神経を失調しそうなのだ」

「そこで岩盤浴ですよ!」

「岩盤浴、なのだ?」

「自律神経が乱れると倦怠感や疲労感が出てきて、心身ともにボロボロになるんですよぉ。わたしなんか、ボロボロです。コノコ姉さんも、日々の勉強と家の手伝いのバイトでボロボロになってます。そこで岩盤浴です! 岩盤浴に入って体を温めることで血行を促進することができるのですよー。血行が促進するから、自律神経が整えられて様々な効果をゲットできるんですよぉ〜。ちなみに自律神経は内臓の働きや代謝、体温などの機能をコントロールする役割を持ってます。大切ですね、自律神経は」

「ふ〜む、力説された気分なのだ」

「夏祭りにも行くし、岩盤浴にも行く」

「どうしたのだ、いきなり」

「二人でたくさん、いろんなところに行きましょう。二人でたくさん、いろんなおいしいものを食べましょう」

 そこまでわたしは一気に話して、立ち止まるとぜーぜー息を吐いた。

「一気に喋りすぎなのだ」

「どうやらそのようですぅ〜」

「ほら、その階段が、空美野天満宮への石段なのだ」

「じゃ。行きましょうか」

「エスコートは必要なのだ?」

「ふふ。わたしたちは淑女にはまだ早いですよ。息切れなら、心配ありません。いつものノリで、石段のぼりましょう」

「じゃ、そうするのだ」

 そして、空美野天満宮の石段をのぼるわたしとコノコ姉さん。

 星と月がわたしたちを照らしていて、ステージに上がったみたいな気分だ。

 いや、わたしたちの二人舞台です、これは、きっと、そうなのです。




   ☆




 空美野天満宮に着いたわたしとコノコ姉さん。

「こっちへ行くのだ」

 手を引かれるわたし、佐原メダカ。

「どこに行くのですぅ?」

「庭園があるのだ」

「庭園?」

「結婚式とかに使うので、なんと庭園があったりするのだ、ここ」

 ぐいぐい引っ張られて行くと、そこにはブーゲンビリアやマリゴールドなどが咲いている、美しい庭園があった。

 庭園はライトアップされていて、

「綺麗……」

 と、わたしは声を漏らした。

 ここからは空美野の市街地もよく見えた。

 夜景もまた綺麗だ。

 波止場の点滅するあかりも素敵だった。

「もっと早くここに来ればよかったなぁ。コノコ姉さんとふたりで」

「しっ! ちょっと隠れるのだ」

「な、なんですかぁ、姉さん」

「庭園のベンチに先客がいたのだ」

「え? そりゃあ、いてもおかしくないでしょう。なんで隠れて……あっ」

 ライトアップされているブーゲンビリアが咲いてるなか、ベンチでくちづけを交わしている女性ふたりがいた。

ひとりはわたしのおなかに蹴りを入れた気丈な目つきのひと、もうひとりは腰のベルトに大きめのぬいぐるみを留めている、長髪の女性だった。

 姉さんは言う。

「御陵生徒会長と、その愛人なのだ」

 愛人、と姉さんに呼ばれたのは、姫路ぜぶらちゃんだ。

 わたしと姉さんは、物陰に隠れる。

 くちづけしているところに顔を合わせると非常に気まずいのは、わたしにもわかった。

「確か、〈サファイアの誓い〉を交わしたふたり、なんですよね」

「そうなのだ。通常は上級生と下級生が結ぶ誓いだけど、この場合、……身分違いの恋、なのだ」

「身分違い?」

「生徒会長は、異人館街のご令嬢なのだ」

「うひゃぁ、リアル悪徳令嬢ですねぇ!」

「いいところに嫁がないとならないはずなのだ、御陵生徒会長は。でも、こういうわけなのだ」

「なるほど」


 わたしたちに気付かず、くちづけは長く続いた。

 くちびるをふたりが離すと、唾液が糸を引いた。

 それから生徒会長さんはあの石化する瞳でぜぶらちゃんを射すくめて、それから、ぜぶらちゃんの左手を自分のくちもとに運んでくると、まずは小指を舐め、湿ったところで、その小指を口でくわえ込んだ。

 くわえ込んだ指を、深く口中で出し入れする。

 口の動きから察するに、舌で指を舐め転がしている。

 うっとりとした表情のぜぶらちゃんの顔を確認すると生徒会長さんはいたずらな目で微笑み、今度は薬指を同じように舐め転がす。

 そうして、五本の指をすべて唾液まみれにすると、ぜぶらちゃんは恍惚の表情を浮かべて、ベンチに倒れ込んだ。

 そこに覆いかぶさる生徒会長さん。

「そこは、ダメ」

「もう耐え切れないで糸を引いてるわよ」

「バカっ。もう、……んん。だから、ダメだって、ひゃっ。ん。あっ」

 御陵会長は右手でスカートの中をまさぐる。

 もう片方の手でぜぶらちゃんの髪の毛をかき上げ、あらわになった首筋に舌を這わせる。

「『穢れ流し』、今年は御陵なんだろ……」

「そうよ、神鉾かみほこを流す、〈みそぎ〉」

「異人館街の代表者に、なるんだろ。あたしとは、遊び……になる。遠くへ、御陵が行っちまう。……ひゃぁっ、んぅ、くっ、そんなに強くしないで……よ、いつも強引なまま、遠くへ、行っちまうんだ。わたしはこんなに恋しくてよだれを垂れ流しているのに、この垂れ流された愛は、もう御陵がいないと維持できない身体になってるのに」

「その口を塞ぐわ。もう、逆らわないように。従順でいて。必ず迎えに行くから。きっと、いつか」

「卒業したら、離れ離れになって……きっと御陵はあたしを、姫路ぜぶらちゃんを、忘れてしまう」

「こんなに溺愛してるのに、忘れるわけないでしょ」

「ひあっ! 強くすんな……よな。んくぅっ」


 邪魔しちゃ悪い気がしたけど、凝視していたわたしと姉さんは興味津々、一時間ほどその行為を見続けてしまっていたのでした。

「……抹茶ラテ買って帰ろうなのだ」

「はい」

 我を失うほどディープな肢体を眺めていて、コノコ姉さんがそう言ってくれなければ、わたしたちも大変なことになる寸前のメンタルだったのでした。

 心臓がばくばくしているまま、わたしたちは庭園から抜け出し、天満宮の石段を降りた。

 ふたりで黙ったまま、コンビニまで向かい、飲み物を買って飲むと、火照った身体がちょっとは鎮まった、ように思う。

 その夜は布団にうずくまって、むずむずをどうにかしながら、眠りに就くわたし、佐原メダカなのでしたぁー。

 いやん。




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