抹茶ラテの作法と実践
成瀬川るるせ
第1話
とても疲れている。
かなり限界ですぅ。
具体的に言うと、眠いのです。
今、この文章を打ち込むだけで15分かかった!
眠気で吐きそうになってて、文章を書ける状態にいない。
が、書いている。
わたしは間違いなく阿呆だ。
意味のない雑記ならいくらでも書ける、と豪語するわたしだが、コンディションの不調ではどうしようもないよ、書くことは困難だ。
その、困難を、今表現しているというわけなのです。
いや、表現なんぞと言ってないで、即刻眠るのが良いだろう。
だが、あと数時間は理由があって眠るわけにはいかないのである。
……この無駄な雑記、下手くそな純文学っぽくて書いていて、ちょっとばかり気に入った。が、ボツ!!
ボツに決まっていますぅ〜!
☆
「メダカちゃん! 起きるのだぁー!」
わたしのかけ布団を強引にはぎ取って、横っ腹に蹴りを容赦なく入れてきたこのひとは、ここ、朽葉珈琲店の店主の娘、朽葉コノコ姉さんだ。
「ぐへぇうぅッッッ!」
蹴りを入れられ息を漏らして悶絶するわたし、佐原メダカはこの朽葉珈琲店の二階の一室を間借りして絶賛居候中の身。
コノコ姉さんが叫ぶ。
「学園に行くのが遅れるのだ! 急いでトーストを口にくわえて学園へ走っていくのだ!」
「え〜? なんですぅ、その漫画みたいな奴は〜?」
目をこするわたし。
「わたしは先に向かうのだ。あと、全裸で眠らない方がいいのだ!」
「はい? え? きゃっ! 見ないでください、コノコ姉さん! このえっちぃ!」
どうやらわたしは全裸で眠っていたらしい。
思わず手で胸を隠す。
「そういうところが遥か古代の洞窟の壁画に描かれている日本の漫画みたいだ、と言っているのだぁ!」
「そ、そんな昔から日本には漫画文化がッッッ?」
「嘘なのだ!」
「なんだぁ、いつもの姉さんの嘘かぁ! てへっ」
「舌を出しててへっ、と言っているのがもう漫画だし、全裸だから丸見えなのだ! ちょっとは恥じらいを持つのだぁ!」
「きゃー! っていうか、ヘンタイさんの姉さんに言われたくないですぅ!」
「いいから服を着て学園へ向かうのだ」
「もう、わかりましたよぉ」
そこまで言うと、階段をダッシュして降りて、コノコ姉さんは家である珈琲店を出ていった。
わたしはのそのそと起き上がってあくびをしてから、下着をつけて制服を着た。
階段を降りて、洗面所で顔を洗って、支度を始める。
「あー、そう言えばわたし、ウェブ日記を書いていたんだっけ……。そのまま寝ちゃって」
わたしは成瀬川るるせというペンネームで小説を書いているウェブ作家だ。
男性ということになっているが、本当は女子高生だ。
成瀬川るるせの正体が女子高生だとは誰も気付くまい、ふっふっふっ。
わたしは、私立空美野学園高等部一年、佐原メダカ。
この空美野市の北に位置する空美坂をのぼる途中に点在する珈琲店のひとつ、朽葉珈琲店で間借りして住む、普通の女子高校生。
「んん〜。さぁ、今日も一日頑張りますかぁ!」
コノコ姉さんに言われた通り、トーストを齧りながら、学園へと向かう。
いつもの風景。
いざ、坂を下って西にある、空美野学園に、この佐原メダカ、今日も元気に行ってきますぅ!
☆
「早くしないと校門が閉まりますわよ!」
「肛門が締まるッッッ?」
「この佐原メダカ! あんたのボーイズラブ変換されるポンコツののーみそを締めた方がいいらしいわね!」
「ひぃー!」
ポリコレ棒のようなチョップが学園高等部の校門前でわたしの脳天に振り落とされる。
「痛いですぅ〜」
「痛いようにチョップしたのですから当然でしてよ!」
「この、阿呆のラズリぃ!」
「阿呆に阿呆と言われたくはありませんわ! 佐原メダカ!」
「コノコ姉さんに言いつけてやるぅ!」
うろたえる高等部二年、風紀委員の
「ちょっ、このバカ娘! コノコお姉さまに言いつけるですって! あなた、コノコお姉さまの家に住んでるからって調子に乗っていると容赦しませんわよっ」
「ひぃー! 金糸雀ラズリちゃんが怒ったぁ!」
「あったりまえですわぁー! トースト齧りながら登校してる時代錯誤の漫画娘ぇー!」
「漫画は悪くない!」
「この文脈で漫画は悪くないって紋切り型の言葉を間違った用法で言うとまたポリコレチョップをお見舞いしますわよ!」
「おっと、わりぃ、ここ通るぜー」
「あ。涙子さま! どうぞお通りくださいませ」
するっと校門を通るのは、空美野涙子さん。
涙子さんは、今日も目の下にクマが出来ていて、目つき悪く、ちょっと猫背ですたすた歩いていた。
だが。
「ちょっと、ラズリちゃん〜! なんで涙子さんはよくてわたしはここを通れないのかなぁ?」
「涙子さまは凛々しいので、わたし的にグッドなのですわ!」
「はぁ?」
凛々しくないし、それに。
「ズルいですぅ」
そんなわたしたちのやりとりを無視して校内に入って消えていく涙子さん。
「涙子さまはおっけー。あなたはダメ。でも漫画みたいな展開だなんて言わないでくださいまし」
「あのねぇ、ラズリちゃん。漫画は古代の壁画にも描かれている重要な日本の文化で!」
「阿呆に付き合っているとこっちまで阿呆になりますわ! 風紀委員のわたしがダメと言ったらダメです!」
「えぇ〜」
チャイムが鳴る。
非情にもわたしは遅刻ということで教室の外で水を入れたバケツを持って立っていることになったのであった。
☆
うぇーん。
泣きたくなるわたし。
乙女の花園であるこの女学園、ウワサになると厄介なのですぅ。
両手に水を入れたバケツを持って廊下で立っていると、ぎゃはははは、と大笑いする声が聞こえてきた。
振り向くと、高等部三年生のバッジをつけた長髪の子が、こっちに向かって歩いてきた。
その子は腰ベルトに大きめのテディベアのぬいぐるみを留めている。
その子はわたしのそばに来ると、わたしの頭をなでなでした。
「なっ! なんですかぁ、もぅ! わたしの頭を撫でていいのはコノコ姉さんだけですぅ〜!」
「いや、わりぃな、うっしっし。あたしゃー、姫路ぜぶら。ぜぶらちゃんって呼んでもいいぜ?」
「そうですか。ぜぶらちゃん。見たところ三年生のようですが、一年生の教室のある階に、なんの用で?」
うちの学園高等部は、学年ごとに、階が違う。
三年生がいるのはおかしいし、今は授業中だ。
「いや、
「御陵って、生徒会長さんですよね。なぜ、わたしを?」
「あっは。わからねぇならいいよ、知らんでも。ただ、ぜぶらちゃんはおまえ、佐原メダカを気に入ったって話だ」
「はぁ?」
「さぁて。佐原メダカの〈
「ディスオーダー?」
「いや、わからねぇならいいよ。この世界の理なんて、知らねぇ方がいい」
ぜぶらちゃんは、自分の頭の後ろに両手を回して、ひゅー、と口笛を吹いた。
「でも、どうやらおまえの〈ディスオーダー〉は、闇が深いな。いや、〈病みが不快〉の言い間違いか。錯乱系の異能か? いや、わからねぇ」
「はぁ? もしかしてイカレたひとです? ぜぶらちゃん。漫画と現実の区別がついていない系のひとですか? 漫画は古代の洞窟の壁画にも描かれていた、日本の貴重な文化でして」
「おまえ、狂ってんな、ずいぶん。いやしかし、だ」
「なんですか、次は」
ぞくっと悪寒がした。
ぜぶらちゃんの背後に近づいて来るひとの、その瞳と目を合わせた途端、わたしは、身動きが取れなくなった。
「ぐっ、ぐぎぎ……」
口も動かない。
身体も、完全にコントロール不可能になっている。
自分の背後を見ないで、その人物に、ぜぶらちゃんは、声をかける。
「おい。一年生にやめてやれよ、御陵。おまえ、このぜぶらちゃんと佐原メダカが接触するのを嫌っていたみてーだがよー。そう言ってもいられねーだろーがよっ!」
と、言い終えるか否かで、回し蹴りを自分の背後に向けて繰り出す。
その蹴りの脚を、片手で受け止めて、握った脚を背負い投げの要領でぶん投げた。
ぶん投げたそのひとは生徒会長だ。
吹き飛ばされ、わたしの教室の壁に激突するぜぶらちゃん。
「痛っぇ……」
「当然よ。痛いように投げたのだから」
ふっと、全身の力が抜けて、わたしもその場に倒れる。
バケツの水が廊下にぶちまけられ、その水の中にわたしは落ちる。
制服も水でびしょびしょになった。
現れた会長は、わたしとぜぶらちゃんを見下ろし、そしてわたしの身体を脚で踏みつけた。
「わたくしの〈ディスオーダー〉は空間・心を取り扱う〈ディペンデンシー・アディクト〉の一種で、〈石化〉の能力なの。覚えておかなくてもいいけど……」
踏みつけていた脚で今度はわたしを蹴り上げた。
横に転げるわたし。
「わたくしの大切な姫路へ、勝手にちょっかいをださないでくれないかしら」
「はい?」
発音できるようになったわたしは、横で転げて「いてててて」と唸っているぜぶらちゃんを横目に、疑問系の声を上げてしまった。
「行くわよ、姫路」
「クッソ! わかったよ、御陵」
起き上がる姫路ぜぶらちゃん。
「あー、あー、制服がびしょびしょだよ、どーすんだ、これ」
「さぁ? 知らないわ」
二人の会話を聞きながら、頭を振って気を奮い立たせると、わたしは立ち上がる。
廊下は転がったバケツからの水が床に広がって、水浸し状態だ。
「ぜぶらちゃんと御陵会長は、どういうご関係で?」
御陵生徒会長に尋ねるわたし。
「姉妹の契りを結んでいるわ。……それだけよ」
「それだけって……」
うっ、重い。
近寄りがたいひとだ、会長さん。
姉妹の契りって……。
教室がざわめき出した頃には、ぜぶらちゃんと御陵会長さんは、姿を消してしまっていた。
「まぁ! なんザマスか! 佐原さん! これはどういうことザマス!」
「さぁ? わからない……ザマス?」
「口が減らないようザマスね、佐原さん」
廊下を水浸しにしたわたしは、担任の先生からその後、みっちりと説教を喰らったのでした。
こっちこそ、なんなんですかぁ、もう!
☆
御陵会長さんに踏みつけられ、蹴られたおなかを押さえるわたし。
午前の授業中も、ずっとずきずきと痛みが残っている。
今は、三時限目の休み時間。
「メダカちゃんは生理の日はそんなに重かったのだ?」
「デリカシーがないなー、コノコ」
コノコ姉さんにツッコミを入れるのは、今朝、チャイム直前の校門を悠々と突破した空美野涙子さんだ。
「保健室に行きたいですぅ……」
「行ってこいよ。なんか顔、真っ青だぞ、メダカ」
「涙子さん、ありがとうございます……。佐原メダカ、保健室に行ってきますぅ」
「お昼休みまでには帰ってくるのだー」
「はい、了解です、姉さん」
よろよろと席から立ち上がるわたし。
「ああ……。美人薄命って本当ですねぇ」
「バカ言ってないで、早く保健室へ行け」
「てへっ」
舌を出してウィンクするわたし。
昭和かっ! というツッコミは来なかった。
「しっしっ」
代わりに、あっちへ行けという風に手を振る涙子さんのジェスチャー。
そのジェスチャーを見てから、わたしは保健室へと向かったのでした。
「ああ、
「まだ終わってねーよ!」
ツッコミをまた入れられるわたし。
幸薄いですねぇ。
「たのもー!」
バン! と保健室のドアを勢いつけて開けるわたし。
ため息を吐く保険医のサトミ先生。
「こりゃまた顔が真っ青ね」
「顔は青くてもお尻は青くなくてよ!」
「なくてよ、じゃないわよ。それにどうやって自分でわかるのかしらね? 自分じゃ見えないでしょう、お尻は。誰か、恋人に見せたのかしら」
「いやん」
「あらあら、異性交友はダメよ」
「オンナ同士が汗だくで抱き合うことはいいのですぅ?」
「同性でもダメよ。あとなに、汗だくって」
「いやん」
「のーみその方は元気みたいね。でも、繰り返すけど、顔が真っ青よ」
「おなか痛いです」
「生理かしら」
「デリカシーないですね!」
「誰かに言われたことを反復したかのようなとってつけた口調ね」
「デリカシー! デリカシーはいずこへ! 傷つきましたよぉ、わたし!」
「はいはい。じゃ、椅子に座って痛い箇所を見せなさい」
「それでは、は、は、は、裸にィ……? わたし、これからまずは先生の前でスカートをたくしあげてぱんつを見せるのですか……?」
「はい。脳内は元気みたいね」
「え? じゃあ、やっぱりスカートをたくしあげなきゃダメですか?」
「あー、もう。椅子に座って!」
「裸と着衣、どちらがお好みの方で?」
「あなた、保険医といちゃらぶなティーンズラブコミックの読者のような妄想はやめて。座って、それから」
「椅子に座って……。それから、開脚しながらスカートをたくしあげるのですね」
「開脚しなくていいし、たくしあげなくていいから! 大人しくして! ベッドで寝てる子もいるんだから!」
「ベッドに? 先生の愛の餌食に?」
「妄想銀行の貯蓄はいっぱいみたいね、あなた。いや、だから椅子に座ったはいいけど開脚し出さないで! ああ、だから流し目をしながらスカートをたくしあげないでッッッ! 大人しく診察を受けてね、阿呆なの、あなたは!」
「先生も」
「なに?」
「お互い、たくしあげながら……お互いの行為を見ながら」
「帰れ!」
「嘘ですよぉ! おなか蹴られて痛いんですぅ〜」
「最初から正直に言いなさい! 誰に蹴られたの?」
「生徒会長ですぅ」
「はい?」
「だーかーらー。御陵さんですよぉ。御陵生徒会長ですぅ」
「わたしが頭痛くなってきたわ……」
「痛くなった頭を慰めるため、わたしは開脚してスカートをたくしあげ」
「帰れ!」
「お互いの痛みを慰めるべく、スカートをたくしあげ、指を自らに這わせて互いの行為を見せ合いっこしながら」
「帰れ。この場から消えなさい」
「嘘ですよぉ。先生、サトミ先生。蹴られたおなかを見てくださいよぉ」
「大人しくして。ね?」
「大人しく先生に食べられ」
「帰れ!」
「冗談ですよぉ」
そんなやりとりをしつつ、診察を受けることになったわたし。
生徒会長さんに蹴られたということはここだけの秘密で、ということいになったのでした。
きゃっ。
保険医と秘密を共有ってことですよぉ?
ティーンズラブコミックみたい!
やったぁ!
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