第33話 魔王とマッチングアプリ(中編)

 ヤミがマッチングアプリの導入を手掛けてから一ヶ月が経った頃、アビス邸に居候していたサキュバスはお腹が空いて苦しい思いをしていた。


「うまいうまいうまいうまいうまい!! 」

「キミは煉獄さんみたいに食べるね? 」 

「アビス殿、おかわり! 」

「ララァのせいで私の家のエンゼル係数が天元突破してるんですけど? 」

「だって美味しいですもん! 」


 ピンク色の髪をした露出多めの服を着た胸は人並みのサキュバス、彼女の名前は『ララァ』。人間の食事ではお腹いっぱいにならない彼女は毎食フードファイトをしていた。


「食べることはいいことだ、運動をして食って強くなる。理想ではないか」

「お兄ちゃんが父親目線になってる」

「そうやってデブになるんだよ? ダイエット番組のオープニングほとんどそんな感じじゃん」

「ウチはサキュバスなので体型は自由自在に変えれますよ? 」

「女性からしたら羨ましいことこの上ない能力ですね」


 そんな感じでララァは大皿に盛られた唐揚げをバクバク食べていると、アビス邸の玄関の扉が開かれる。


「待たせたのじゃ、ついにマッチングアプリの準備ができたぞい! 」

「本当ですか!? どんな感じなのか見せてください! 」

「そう慌てるな、ララ嬢よ。ほれこんな感じじゃよ」


 ヤミが自分のギルドカードをタッチすると空中に自分のプロフィールが出てきた。



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名前:ヤミ


年齢:秘密♡


趣味:AV鑑賞、ゲーム


参加コミュ:コミケ徹夜組、エロゲー好き集まれ!、竜王様を崇める会、1人でオナニーできるもん☆


自己紹介:するより見る派


もらったいいね数:9999


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「こんなプロフィールを人前で晒すとか家族を人質にでもとられてるんですか? 」

「立派なもんじゃろう? 我の技術の結晶じゃ。全てのギルドカードに同じ機能を魔力で付与したのじゃ」

「ヤミちゃんはギルドカードなんてどうやってゲットしたの? 」

「受付嬢に洗脳魔法」

「ひどいですね……、でもヤミの実力なら普通に試験を受ければ冒険者テストは合格するんじゃないですか? 」

「我も最初は正規の手続きを踏んでギルドに入ろうと思ったが、相手の対応に問題があってのう」


 ヤミは呆れたようにため息をついた。


「ヤミの見た目はただの子供だからな。ギルドに入ろうとするのを舐めてかかる人間がいるかもしれないな」

「やれやれ、見た目だけ判断するなんて人間は愚かですねえ。それでどんなことをされたんですか? 」

「うむ、丁寧に試験の危険性や注意事項を優しく説明してくれたぞい。笑顔の可愛い受付嬢じゃった」

「え? それのどこに問題があったの? 」

「いや、我の思った以上に真面目で可愛らしい受付嬢じゃってな。もし、こいつを催眠術でレイプ目にして試験をまともに受けないという尊厳破壊したらめっちゃ気持ちいいじゃろうと思ってのう。つい洗脳してしまったわい」

「発想が山賊そのものだよ……」

「ヤミちゃん、自分はそういうことしない方がいいと思うよ。やっぱりちゃんと試験は受けないといけないんだよ? 」

「やれやれ、小童どもにはこの高尚な趣味は理解できぬのかのう? まあよい、このギルドカードと同じ機能の物を王都全員の手元へ送ったぞい、これで全員がこのマッチングアプリの参加者じゃ」


 ヤミがそう言って、早口で謎の呪文を唱えると一人一人の手のひらの上にギルドカードそっくりの証明書が現れて、プロフィール入力画面が開かれた。


「なんか出てきたけど話の流れ的にボクの情報を入力するの? 」

「そうじゃ、入力した情報を元に相性が良い男女を結びつけるのじゃな。異性の情報を見て、良いと思う相手にボタン一つで想いを伝えられるのじゃ」

「別に男に困っているわけでもないですし、放っておいてもいいですか? 」

「ほお〜? アビ嬢は『いいね! 』が貰えないのが不安だから逃げるのじゃな。まあそれも良いじゃろう、止めはせぬ」

「聞き捨てならないですねえ? 私が逃げるですって? ヤミなんかに負けるわけないでしょう、やってやろうじゃないですか! 」


(ちょろすぎない、この人? )


 一同の心の声など知ったことかという様子で、アビスは手元の身分証を指で素早くポチポチして自分のプロフィールと自己紹介文を書いてアップロードした。


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名前:アビス


年齢:18歳


趣味:格闘技、人類滅亡


参加コミュ:魔族万歳、人間の愚かさを語る集い、殺人衝動が溢れて止まらない!


自己紹介:殺しに自信がある人とマッチングしたいです。毒物、刃物、魔法なんでも良いので人間を一緒に滅ぼしましょう! 一年以内の滅亡を目指していますので、そこのとこご理解ください。冷やかしはお断りです、殺しますよ?


もらったいいね数:12462


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「暗殺者ギルドの募集要項かな? 」

「しかし、こんな文章でいいねが集まるとは、男どもは顔と胸しか見ていないのじゃな」

「ふふん、人類滅亡を望む者がこれほどいるとは未来は明るいですね」

「いや、そやつらの望みはアビ嬢とのセックスだけじゃぞ? 文章なんて全く読んどらんぞ?」

「まあそれは会ってみなければわかりませんよ。もし嘘ついてたら殴り殺せばいいだけですしね」

「一ヶ月後には王都の男女比率が超変動してそうだね」


 キルライトはそう言いながら自分のプロフィールを入力していく、その顔はどこか得意げであった。


「まあそんなアビ姉すらも凌駕しちゃうのがボクなんだけどね。だってボクは、ア・イ・ド・ルなんだから! もちろん本人とは言わないけど、輝くオーラは隠せないしなー? 」


 彼女は可愛らしい笑みで自撮りをする、自分を最も綺麗に撮る方法を熟知した素晴らしい技術であった。その写真を早速マッチングアプリにアップロードする。



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名前:キルちゃん


年齢:秘密♡


趣味:歌、お菓子作り


参加コミュ:キルちゃん親衛隊、カラオケ好き♡、週一でお菓子作っちゃいます、恋愛初心者


自己紹介:友達に勧められてアプリをやってみました、恋愛なんて全然したことがないけど気が合う人がいたらいいな♡、あのアイドルのキルちゃんに似てるってよく言われるよ。キルちゃんファンがいたら楽しくお話ししよー!


もらったいいね数:238


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「なんでこんなに少ないの!? ボクはトップアイドルなんだけど!? 」

「キル嬢のアカウントは偽物だと通報されてるぞい? 勝手にキルちゃんの写真を使ってる奴がいるとブチギレてる奴続出じゃ」

「写真のクオリティが異常ですもんね、怪しい業者だと思われてますよ? 」

「自分は可愛い写真でいいと思うよ、自分ならいいねするな」

「ハピちゃんは素直でいい子だね……」


 圧倒的勝利を確信していたにもかかわらず敗北したキルライトは落ち込んでいた。


「つまりこんな感じでララァもプロフィールを書けば相手から誘ってくるわけだ。早速やってみたらどうだ? 」

「はわわ……、でもこれ全世界の人に見られちゃうんですよね? 恥ずかしいですよぉ……」

「貴女は一応腐ってもサキュバスだから外見は世界でも上位だと思いますよ? 自信持ってやればいいじゃないですか? 」

「でもでも、マッチングしたらどう返答したらいいか困りますし……。まずはこんにちはですかね? あと自己紹介もそんなに書けることないですし、趣味とかあったかなあ? 」

「もう、煩わしいったらありゃしませんわね。マッチングアプリのプロフィールなんて、こうすればいいんですわよ」


 レイはララァから身分証をひったくってプロフィールを勝手に入力し始める。


「19歳、ゴム無しホ別1.5、10連戦希望っと……」

「こやつ、マッチングアプリの真理を入力しおったな」

「オブラートという概念がないんですかねこの人? 」

「えとえと、よくわからないけどこれで大丈夫なんでしょうか? 」

「わからない時点で大丈夫ではないんじゃないかな? 」


 レイはそのままさっさとプロフィールをアップロードして様子を伺うと画面が切り替わる。


「さて、いったい何千人のスケベどもからいいねが来ているか楽しみだわ」


 一同は期待半分、不安半分で中に映し出される画面を眺めた。



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利用規約第16条に反するため、利用停止措置を取らせていただきました。


質問がある方はコールセンターにお電話ください。


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「やっぱりそうなったかのう、直接的な表現はNGじゃぞい」

「ならヤミちゃんは止めてよ!? 」

「いや、小数点以下の確率で見逃される可能性があるからのう」

「レアドロップ感覚!? 」

「だけどララァちゃんが利用禁止になったらどうやって男の人と友達になるの? 」

「それならこのマッチングアプリをサキュバス界に広げれば良いのじゃ。サキュバスは満腹になり、男は満足、ララァはおこぼれをもらう、winwinwinじゃな」

「そんなことしていいの? メチャクチャなことになりそうだけど? 」

「もとよりその予定じゃ、他のサキュバスに男からエナジー奪わせれば全て解決じゃろう? 」

「確かにそれはそうかもしれませんけどララァはそれでいいんですか? 」

「わーい、またのんびり寝てるだけでご飯が食べられる生活だー! サキュバス界のみんなにはウチから連絡しておきますね! 」

「ララァは根っからの怠け者なんですねえ……」


 なんとかマッチングアプリによってサキュバス界が救われる方向へと進んでいく。そんな時、ハピは自分のプロフィールを書き込んでいた。


「ダメですよハピ、個人情報を公開しても碌なことにはなりませんよ? 」

「えへへ、でもお友達が増えたら嬉しいなって! 」


 ハピは汚れ一つない純粋な気持ちでマッチングアプリに参加した、年齢制限とかはどうやらないらしい。成長が早い魔族とかいるので、それに合わせているようだ。

 


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名前:ハピ


年齢:9歳


趣味:料理、テレビ鑑賞


参加コミュ:キルちゃん親衛隊、お料理練習中!、アニメ大好き


自己紹介:自分は9歳ですけどみんなと仲良くなれたら嬉しいです。一緒に遊びましょう。


もらったいいね数:106413


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「わーっ、すごいいっぱい来てるよ。メッセージを見てみるね、『ホ別5はどうですか? 』だって、お姉ちゃん、これどういう意味だろ? 」

「ヤミ、このいいねをした人達の逆探知ってできます? 」

「……できるが、どうするつもりじゃ? 」

「え? 生きたまま殺すだけですけどそれが何か? 死ななきゃ何回でも殺せますからねえ、楽しみです」

「えっと、それじゃあこのメッセージを送ってきた相手の逆探知を……」

「全員やれ」

「全員って、まさか106413人か? 」

「ええ、一人残らず全員殺します」

「アビ姉は殺戮者として歴史の教科書にでも載ろうとしてるの? 」


 大量殺戮の準備のために準備運動をするアビスであったが、そんな彼女の肩をノワールが掴んだ。


「お前、そんなに大勢の人を殺す気なのか? 」

「ええ、何かいけないですか? 」


 視線をぶつけ合うノワールとアビスにその場に緊張が走る。


「面白そうだな、俺も混ぜろよ〜」

「珍しく気が合いましたねえ、それじゃあ行きましょうか」

「ノワール様と二人きりのデートなんて許しませんわよ! 自分も行かせてもらうわ! 」

「じゃあ誰が一番多く殺せるか勝負しようぜ? 」

「いいですよ、望むところです」

「自分が一番になったらノワザー(ノワールのザーメンの略)一年分いただきますわよ! 」

「決まりだな、それじゃあスタートだ! 」


 ノワールとアビスとレイは格好良く拳を突き合わせた後、ロリコン討伐のために家の外に跳び出していった。そんな殺人鬼達の後ろ姿を残された者はぼんやりと見つめる。


「これ人口構成が戦時中レベルで男の人少なくならない? 」

「それどころか、もう博物館でしか見ることができなくなるかもしれぬのう……」

「どうしてお姉ちゃんあんなに怒ってたんだろ? これそんな変な意味があるの? 」

「ボク思ったんだけど、この世界って割とハピちゃん次第だよね」

「無邪気で無知な者は一番怖いのじゃなあ」


 キルライト達が哀れみと恐怖の入り混じった眼差しを投げかけるが、ハピは頭にハテナマークを浮かべて首を傾げるだけであった。


 その日、王都の男の一割は何者かによりボロ雑巾のごとく全身をボロボロにされ、牢獄に放り込まれたという。




☆ ☆ ☆




 魔族領の奥深くにあるピンク色の巨大な城、付近には鼻をくすぐる怪しい匂いが立ち込めるこの城はサキュバス達の拠点であり別名『淫魔のゆりかご』と呼ばれている。


 その城の最上階にある立派なダブルベッドの上では小柄な金髪の少女がゴロゴロと転がっていた。


「あ〜あ、最近は男連中がメンタルよわよわになったせいでつまらないしお腹減ったなあ〜。アイツら女の子に手を出さないのが格好良いとでも思ってるのかな、本当にダメダメなザコ達だよ」


 はぁ……、とため息をついた彼女の元に一人のサキュバスが背中の羽をパタパタとしながらやってくる。


「リリィ様! ララァ様から電話がきてます」

「え〜、お姉ちゃんから? あのダメダメなお姉ちゃんのことだから迷子になって警察にでも保護されたのかな? 」


 仕方ないなあといった様子で金髪ツインテールのリリィは電話を受け取る。


「もしもし、ザコのお姉ちゃん? 」

『リリィちゃん! ウチやったよ、サキュバス界を救う方法を見つけたんだよ! 』

「お姉ちゃんに救えるほどサキュバス界は軽くないけど? 」

『確かにウチは力不足だけど、でもでも心強い人達を見つけるとができたんだよ! 』

「それ大丈夫? 後から洗剤とか売りつけられるパターンじゃないの? 」

『違うって、かくかくしかじかで……』


 ララァは電話越しにマッチングアプリの説明をした、すこしたどたどしい部分はあったがリリィは内容を理解することができたようだ。


「なるほど人間はそんな面白そうなもの作ったんだね」

『そうなんだよ、これでサキュバスと人間がうまく共存することができれば安定した食糧調達ができるん……』


 ピッ!


 リリィは途中で電話の電源を切って会話を終わらすと、不敵な笑みを浮かべる。


「安定した食糧調達〜? そんな、あまあまでよわよわな考えするわけないじゃん。ご飯が目の前にあれば残らず食い尽くす、それが私達サキュバスの生き方でしょうが」


 リリィはそばにいた気品のあるサキュバスに声をかける。


「全サキュバスに伝えて。人間界へ侵攻してマッチングアプリとやらで男という男を縛り殺すよ♡ 」

「承知いたしました、しかしあまり派手に動くと勇者パーティに目をつけられませんか? 奴らはフェニックス、リバイアサン、リッチを倒したと聞きます」

「それはそいつらがバカだったからでしょ〜♡、こっちは頭を使ってサキュバス的戦い方で倒してあげるわ。勇者達をペットにするのも面白そ〜♡ 」


 リリィは面白い玩具を見つけたようにニヤリと笑うと羽を大きく広げて窓から外へと飛び立った。


「それじゃあ人間どもに私の実力見せてあげちゃおっかな〜♡ 八魔将軍の一人『甘い夢のリリィ』出陣しま〜す♡ 」


 こうして八魔将軍のリリィとその配下であるサキュバス軍団が人間に牙を剥く。しかし、彼女達は知らなかったのである。マッチングアプリの開発者達は勇者と魔王のキチガイ集団であったことを……。

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「もしも勇者パーティが全員魔王だったら?」 復活した魔王が勇者パーティに潜り込んだら、実はそいつら全員魔王でした 〜こんなパーティじゃ世界を救えないと思ったけど、好き勝手やってたらなんとかなりました〜 @pepolon

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