第32話 魔王とマッチングアプリ(前編)

「ヤミちゃんもレイちゃんも快気祝いおめでとー! 」

「本当に大変じゃったわい」

「生まれて初めて自分の治癒能力の高さに感謝したわ」


 複雑骨折から回復したヤミとレイはアビス邸で退院祝いをしていた。


「それにしてもアビスさんはどこですか? 一番祝う必要があるのはアビスさんだと思うわよ」

「あいつなら買い物に行ってるぞ、お前達にお祝いの品でも買っているんだろう。なんだかんだいって、アビスもお前達のことを気にしてるんだ」


 そんな話をしている家の扉が開いてアビスが入ってきた。


「もう皆さんお揃いですか。お土産拾ってきましたよ」

「お土産は拾うものじゃなくない? 」

「まあ細かいことは置いといてください。ほら、面白そうなものなんですよ」


 ドサリッ!


アビスは担いでいた一人の少女を地面に転がした。


「人攫いでも始めたのか? 」

「違います、むしろその逆です。道端で行き倒れていたのを助けてあげたんです」

「アビ姉は熱でも出たの? 」

「今日は雨が降るかもしれないのう」

「血の雨がですか? いっぱい血液準備しておいてくださいね」

「ちょっと!? それは許してっ……、あれよく見たらこの子人間じゃなくない? 小さくて目立たないけど尻尾と羽と角が生えてるよ? 」


 拾われた女の子をよく見てみるとお尻には先端が三角形の矢印のような黒い尻尾、手のひらサイズの悪魔の羽、ピンクの髪にほぼ埋もれているが二本の立派な角が生えていた。


「これはサキュバスじゃないかしら? 」

「サキュバスって、なんなのかな? 」

「ハピ嬢よ、サキュバスとは何度も繰り返し使えるオナホのことじゃぞ」

「おなほ……? 」

「ヤミの空っぽの頭にどデカい穴あけてやりましょうか? 」

「できれば非貫通式でお願いしたいのじゃ……」

「そんなことより起こさなくていいのか? 弱っている者をいつまでも床で寝かすわけにはいかないだろ? 」

「ノワ兄がまともなこと言ってる!? 」

「当たり前だ、寝てたら戦えないだろうが」

「やっぱりまともじゃなかった! 」

「じゃあこのサキュバスを起こすとしましょうか」


バッシャーーン


 アビスはバケツいっぱいの冷水をサキュバスの頭に向かってぶちまけた。


「ボクはその起こし方、映画の拷問シーン以外で初めて見たよ? 」

「風邪ひいちゃわないかな? 」

「ハピは気にしなくていいんですよ、この程度じゃサキュバスはびくともしませんから」

「……でもこの人、白目剥いてビクビクしてるよ? 」

「おかしいですねえ、手加減したつもりだったのですが? 」

「アビ姉の理性のブレーキぶっ壊れてるよ? 」

「これは生きているのか死んでいるのか微妙なラインじゃのう」

「なら殺してから蘇生するか? 嫌なら返事してくれよな」

「ちょっ、ちょっと待ってくださーい!? 」


 サキュバスは勢いよくピョンと飛び跳ねた。死を寸前に迎えていたせいか息をぜいぜいと吐いている。


「さすがノワール様ですわ、見事にこのメスガキの蘇生を成し遂げたのですわ」

「まさか俺にそんな力があるとは知らなかった。じゃあ治療費もらうか」

「ヤクザなんかよりヤバい商売してるよこの人達……」


 とりあえずなんとか復活したサキュバスの身体をハピは拭いてあげつつ、どうしてこうなったか聞いてあげることにした。


「……ふひー、拾ってくれてありがとうございました、助かりました」

「良かったですね、お茶でも飲みますか? 金貨10枚ですけど? 」

「えっと、じゃあいらないです」

「飲まないなら金貨50枚ですよ? 」

「ひえええええっ!? 」

「サキュバスちゃんもボッタクリバーに連れてこられて大変だねえ」

「兵士が取り締まりにきた時は俺に任せろ、全員殺してやろう」

「もう反社会的勢力じゃのう、ここは」

「みんなはそんなに脅かさないでね。ほら落ち着いて話して、お茶はタダでいいから」

「ありがとうございます、ゴキュゴキュ」


 喉が渇いていたのか、ハピからもらったお茶を一気飲みすると、一息ついてサキュバスは口を開いた。


「実はウチ……、サキュバスなんです」

「それは知ってるよ? でもどうしてサキュバスさんがここにいるのか自分は知りたいな? 」

「はい、皆さんはサキュバスのご飯についてご存知ですか? 」

「ご飯ってお米とか野菜、お肉じゃないの? 」


 ハピが可愛らしく首を傾げるのを他のメンバーは気まずそうに眺めていた。アビスが言葉を選びながら優しく語りかける。


「ええっとですね、これはもう少し大きくなったらわかるものですが、男の人は身体の奥底にパワーがありまして、そのエネルギーを食べるのがサキュバスなんですよ」

「つまり男の汚いチンポから発射されるくっさいザーメンをゴクゴクウッマ! というわけじゃな」

「でもノワール様のは三ッ星レストランにも引けを取らない濃厚な味わいのある風味豊かなザーメン様ですわよ? 臭いなんて言ってはいけませんわ! 」

「二人ともそんなに病院が恋しいなら産地直送してあげましょうか? 」

「快気祝い早々病院送りは勘弁なのじゃあああっ!? 」

「それでそのサキュバスがどうして人間領の王都に来てるんだ? 」

「はい、実は今サキュバス界はかなりのピンチなんです」


 ピンク髪の小柄なサキュバスはしょんぼりしながら言葉を続ける。


「サキュバスは男の人の精を吸います。昔は魔族の男性向けにお店を開いていろいろ頑張っていたのですが、最近はネットの動画で十分とか、そもそもお店に行くのも面倒という人達が増えてきてしまって……」

「草食化じゃのう、つまらない世の中になったものじゃ」

「ヤミちゃんも少しは草食化したら? 」

「我は嫌いなものは最後まで食べないタイプなのじゃ」

「好き嫌いは良くないよ、自分もお野菜苦手だけどちゃんと食べるもん」

「ハピ嬢の純粋さが目に染みるのう……」

「それでウチ達サキュバスは腹ペコ状態なんです。ウチもなんとかしようと人間界に進出するための糸口がないかと調査しに来たのですが……」

「腹減って道端でぶっ倒れていたわけですね」

「はい、その通りです」


 サキュバスは露出の多い服を着ているのでお腹は丸出しであり、可愛いおへそが見える。そんなお腹に彼女が手を当てると『ぐぅ〜っ』という音がなった。


「じゃあご飯とおやつをいっぱい食べればいいんじゃない。お店に行って買ってこようか? 」

「すみませんハピ殿、ウチ達サキュバスは人間のご飯も食べれますがあまりお腹いっぱいにはならないのです」

「そーなの? 」

「サキュバスにとっては一般的な人間の食事は低カロリーの野菜みたいなものですからねえ、飢え死には避けられるかもしれませんが根本的な解決にはなりませんよ」

「なら人間の男の人に協力してもらえれば万人解決ではないかしら? 」

「まあそうなるのう、適当に催眠でもかけて連れてくることは可能じゃが」


 ヤミの提案を聞くとサキュバスは恥ずかしそうに首を横に振った。


「で、でも知らない人といきなりはちょっと……」

「貴女よく今まで生きてこれましたね? 」

「ウチは他のサキュバスが取ってきたエナジーをお裾分けしてもらって生きてきたから……」

「つまり穀潰しか? 」

「ぎくっ!? 」

「なるほどのう、サキュバス界がピンチになって真っ先に切り捨てられたニートが人間領に逃げ込んで行き倒れというわけじゃな」

「なんのスキルも持たない出稼ぎ労働者ってこと? 」

「控えめに言って、いない方が世のため人のためになる存在よね」

「ううっ……、すみません……」


 サキュバスはシクシクと泣き出しそうになってしまったので、ハピは慌てて彼女の背中を優しくさすった。


「そんな酷いこと言わないで協力してあげようよ。サキュバスちゃんは男の人のエネルギーが必要ならお兄ちゃんが手伝ってくれればいいんじゃない? 」

「断りますわ!! 」

「なんでレイちゃんが!? 」

「別に俺はいいぞ、困っている相手には手を差し伸べるべきだ」

「本当ですか!? 」


 サキュバスは目をキラキラと輝かせながらノワールを見つめ、思わず喉がゴクリと鳴った。


「嬉しそうなところ悪いがそれはやめといた方が良いと思うがのう」

「なんでですか? ウチは特に好き嫌いはありませんけど」

「ノワ坊は加減を知らぬからのう、もしヤったら多分膣が擦り切れて、摩擦で燃えてなくなるぞい」

「はわわわわっ!? どういうことですか!? 」

「いや俺だって弱っている相手ならちゃんと手加減はするぞ? 」

「じゃあそこでエアセックスするつもりで腰振ってみるのじゃ」


 ビュオオオオオオオオオ!!!!


 ヤミがそう指示した瞬間、部屋の中に突風が吹き荒れ、全員がオープンカーで高速道路を全力疾走するような風圧を顔面で受けた。


「こんな感じか? 」

「ボク全然見えなかったんだけど、目が開けられなかったよ」

「マジで加減してるんですか? 」

「まだ1%の力も出していないが? 」

「これがバトルマンガなら絶望で発狂してる状況だよ」

「で、これに耐えられるほどお主は丈夫なのか? 」

「はわわわわっ!? ウチはまだ死にたくないですうっ、許してくださいいいっ!! 」


 土下座をして謝るサキュバス。性的力でも圧倒するノワールのパワーに一同はあらためてコイツやべえなと思った。


「ノワ兄がダメならどうしよ? 」

「教会ではご自由に使える肉棒とかいないのかのう? 」

「そんなもんいたら私がへし折ってますよ? 恋愛というのはちゃんと工程を踏んで行うべきなんですよ? 」

「そんなのどうでもいいわ、気軽に会えてサクッとヤレる関係を構築できるアイデアはないのかしら」

「うーむ、それなら我の異世界知識の中にぴったりのやつがあるのう」


 ヤミは少し考えた後に手をポンと叩いてアイデアを述べた。


「性行為という目的をうまく隠しつつ、お互いに騙し騙されする素晴らしい交流場所が地球にはあるぞい」

「なんですか、その地獄のようなものは? 」

「その名はズバリ、マッチングアプリじゃ! これほどサキュバスにとって素晴らしいものはないぞい! 」

「本当ですか!? 人見知りするウチでもなんとかなりますか? 」

「大丈夫じゃ、いいねというボタン1つ押すだけですぐセックスじゃ。お主は女じゃから会話なんて、はいはい言っておればいいぞい、足で歩いて獲物を探す時代は遅いのじゃ」

「ほえぇ、すごい……」

「だけどマッチングアプリなんて聞いたことないけどどうやって広めるのさ? 」

「そんなこと適当にやればいいのじゃ、まあ我に任せておけい」


 一同の不安をよそにヤミは自信満々で自分の胸を叩いたのであった。

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