第31話 魔王と母乳(後編)
ノワールが武器を構えると同時にミルキーウェイから無数の光線が王都に降り注ぐ。その一発一発が飛龍のブレスほどの威力があり、建物を倒壊させていった。
「くっ、私では空高く浮いているアレには攻撃が届きません。悔しいですがノワールに任せましたよ! 」
「うむ、任されたぞ! 」
「あの、ボクはどうすればいいかな。もう逃げていい? 」
「キルライトは勇者として人々を安全な場所に誘導するんです! アイドルなんだから歌いながら目立つくらいできるでしょう? 流れ弾が飛んできたら私が叩き落とします」
「わ、わかったよお……」
アビスはハピを抱きかかえてキルライトと一緒に民衆の誘導を始める。そして戦闘要員としてノワール、ヤミ、レイがその場に残った。
「生き返ってからのノワール様との初めての共同作業ですわ、ついでに子作りもいかが? 」
「余裕があったらな。さて、冗談はそれぐらいにして目の前の敵に集中するぞ」
「もう、冗談じゃないのにい」
その時、天空から音速のミサイル弾がノワール達に乱射される。しかしそれを全てノワールとレイは撃墜した。
「我が風魔法で上昇気流を発生させるからそれに乗って斬りかかるのじゃ」
「うむ! 」
「はい! 」
ヤミの詠唱により地面から空へと昇る風が巻き上がる。それを踏み台にしてノワール達は跳び上がる。
「ワタシのメンテナンスを忘れた世界に復讐を……」
宙に浮かぶ二人を撃墜するためにミルキーウェイの側面から大量の小型飛空艇が飛び立つ。一つ一つは小型自動車くらいの大きさで、それぞれがレーザー銃やミサイルを搭載した無人飛行機である。
「雑魚には用はない」
ノワールは剣を一閃すると、その斬撃が空を飛び無人飛行機を全て破壊した。そしてミルキーウェイの本体がノワール達の眼前に迫る。
「行きますわよノワール様! ウェディングケーキ入刀ですわね! 」
「お前は支えてくれる程度でいいぞ。これほど斬りがいのある敵なんてなかなかいないからなあっ! 」
ノワールが縦に剣を振り下ろすとミルキーウェイに切れ込みが入り、左右に離れ離れになりそうになる。
「異常を感知、修正処理カンリョウ! 」
しかしすぐにミルキーウェイの切断面は塞がって元通りになってしまった。
「この一瞬で修理したのか、ならばこれならどうだ! 」
ノワールはとめどない連撃を浴びせる。それは刹那の間に幾億もの回数の破損をミルキーウェイに与えるが、それもすぐさま回復してしまう。
「どういうことですか、あれではいくら攻撃してもラチがあきません」
『アビスちゃん、ミルキーウェイの最大の能力はその再生力なんですよ。どんな傷を受けてもすぐ治しちゃいます。ノワールが【あいつはもう倒した】をできるのであれば、ミルキーウェイは【自分はもう回復した】ができるんですよ』
「子供の喧嘩かな? 」
ノワールの攻撃によって破壊されてもそれと同時に修復すれば倒されずすむ。死ななきゃ勝ちを体現しているのがミルキーウェイなのであろう。
「物理的な攻撃がダメなら、我の魔法で異次元へと転移させてやろうかのう」
ヤミが呪文を唱えるとミルキーウェイの周囲の次元が歪み、暗黒の世界が広がっていくが、それはミルキーウェイが赤く点滅すると次元の歪みは元に戻ってしまう。
「あんにゃろ、我の魔法をシャットダウンするメタルコートで加工されてやがるのじゃ」
『魔法には超耐性がありますよ、物理攻撃には超回復。完全無敵の浮遊戦艦です、さあどう戦うか見せてくださいよー』
「クソ女神がっ、あんなデタラメなもん作りやがって! 」
アビスは飛んできたミサイルを真上に蹴り飛ばしながら悪態をつく。打ち上げられたミサイルは大爆発を起こし、周囲を破壊する。まともに攻撃を受けたらノワールでもない限り致命傷であろう。
「ノワール様、自分も攻撃をしてますけど、穴をいくら開けてもすぐ塞がっちゃう。どうすればいいのかしら? 」
「このような場合、方法は3つある」
ノワールは指を3本立てるとレイが食い入るように見つめる。
「その方法とは一体なんなの? 」
「1.ゴリ押し、2.ゴリ押し、3.ゴリ押し」
「まあ! さすがノワール様、自分自身の力で道を切り拓こうというのね! じゃあゴリゴリでいくわよ! 」
ノワールとレイはさらに激しく攻撃を続ける。ミルキーウェイは回復に専念しなければならないため、ミサイルやレーザー攻撃の勢いは弱まるものの、やはり倒れる様子はない。
「っていうかノワ兄とレイちゃんとかいう世界の暴力装置2人が攻撃しても倒せないんじゃ無理じゃねこれ? 負けイベントの匂いがしてきたよ? 」
「ですが、なにか手はあるはずです。クソ女神が無意味なつまらない無敵を作るとは思えませんし」
『あら、アビスちゃんは私のこと評価してくれてるのですか? 嬉しいなー』
「貴女はクソみたいな性格してますからね。完全無敵のキャラで無双するより、微妙に弱点があって倒されるかもしれないキャラで蹂躙するのが好きなんでしょう? 」
『さすが800年も一緒にいればわかっちゃいますか。でもその弱点まで分かりますかねー? 』
比較的平和な地上と異なり上空では熾烈な戦いが繰り広げられていた。満点の星空が落ちてくるような絨毯爆撃を避けながらノワールは剣でミルキーウェイを斬りつける。
「我がお主達に筋力アップの魔法をかけるのじゃ、あの鉄屑に叩きつけろい! 」
「「おう! 」」
ノワールとレイは一箇所に集中して攻撃をするとそこに穴がポカリと空く。その穴からミルキーウェイの内部を覗き込むと、そこには白い液体がピチャピチャと揺れているのが見えた。しかし、すぐに穴は塞がってしまう。
「なんてことよ、穴が開いてもすぐ塞がるなんて、もしこれがコンドームだったら避妊がバッチリできちゃうわよ!? ノワール様とのドッキリ子作りができないじゃない! 」
「ふむ、この回復力はさすがだな……」
「ノワ坊のスルー力もさすがじゃ」
ノワールはじっとミルキーウェイを見つめるとあることに気づいた。
「アレはメンテナンスをサボったから襲ってきたんだったな? 」
「うむそうじゃ、随分とわがままな機械じゃわい」
「これだけの回復力を持っているのに、メンテナンスなんて必要なのか? 」
「確かに言われてみればそうよね」
身体に穴が開いても一瞬で防げるのならそもそも人間にメンテナンスなぞしてもらう必要はない。ならばメンテナンスではなにをしているのだろうか? しばらく考えた後に、ノワールはあるアイデアが浮かんだようだ。
「ヤミは太陽のような強い光を出す魔法は使えるか? 」
「うむ、光魔法であれば我以外にも、エステリアの力を持つアビ嬢でもそこそこいけるはずじゃぞ」
「なるほど、アビスよ聞いてくれ」
「ちょっ!? 一瞬の間に無断で私を連れてこないでください!? 」
ノワールはアビスをお姫様抱っこして地上から連れきていた。
「この泥棒猫が……」
「いや私は連れてこられたんですよ! 拉致られてきたんです」
「そんなことはどうでもいい、アビスは光魔法が使えるんだな? 」
「まあクソ女神の力ですけどね」
「よし、ヤミとアビスは光魔法をミルキーウェイに浴びせろ。そこを俺とレイが叩く」
「光魔法なんかで止まります? 眩しいだけですよアレ」
「俺を信じろ、責任は取らんがな」
ノワールは納刀して次の攻撃へと備える。他のメンバーは他にいい案もないためノワールに従う。
「クソ女神よ、とりあえずめっちゃ眩しくフルパワーでやれ! 」
「天に住む精霊よ、以下略じゃ」
「めっちゃ適当な詠唱なのね……」
二人の魔法が唱えられると天に太陽がもう一つ浮かび上がったかのように輝き空が真っ白になる。その光を浴びるとミルキーウェイはプスプスと煙を吐き出しながら身体が膨脹する。
「よし、読み通りだな。今のうちに二人で一点攻撃だ! 」
「はい、ノワール様! 」
二人の息のあった攻撃が当たると、そこから白い液体が噴水のように溢れ出し、亀裂がミルキーウェイ全体に広がる。
「なんなのよ、この液体は!? 精液ではないようだけど!? 」
「ミルクさ、こいつは太陽の光で牛乳を作る。それを取り出すためにメンテナンスをしていたのだろう」
「じゃあ私達がしたことって……」
「光魔法でミルクを量産させたのじゃな。メンテナンスを受けられずにパンパンだった膀胱はさらにミルクが増えて、お漏らしプシャーというわけかのう」
「いくら穴を塞いでも内側から膨れ上がるミルクは防げないからな。今のうちに各種機能を叩き潰しておくぞ! 」
「「「おおおおおおっ!! 」」」
ヒビが入った卵の殻のように次々と瓦解していくミルキーウェイ。最後には大量のミルクを撒き散らしながら地面に墜落した。
『ミルキーウェイが破壊されますかー、魔王が集まるとここまでできるんですね』
「えへん、どーだ、これが勇者パーティの実力だよ」
『役に立ってないのに名前出されるとか晒されてるんですか? 』
「そんなことないよ!? よくある大企業で創業者名が会社名に入っている的なアレだよ! 」
「一族が支配的経営してるアレですね」
ミルキーウェイが倒されて人々は安心した様子で物陰から出てくる。街はミルクでビチャビチャであるがなんとか復興できそうなレベルである。
「これにてなんとか一件落着か? 」
「はぁ、これに懲りて食品パッケージはちゃんとしたものに戻ってくれることを祈りますよ」
「えー、せっかく儲かっておるのにもったいないのじゃ」
「何か言いましたか? 」
「検討はしておこうかのう……」
アビスが睨むと周りが一歩下がる。それほどに今の彼女は凄みがあった。
そして、王都の清掃が終わって復興が始まるのである。
☆ ☆ ☆
二週間後、建築魔法などもあるため王都は元通りに復活していた。一同はアビス邸でテレビを見ている。
「まさかこんなことになるとは驚きですねえ」
『キミもミルクを飲んでビッグになろう! 巨大戦艦ミルキーウェイ印』
『10万分の1スケールの戦艦ミルキーウェイプラモ、好評発売中! 』
『給乳戦隊ミルキーズ! 王都のスーパーでボクと握手! 』
テレビのCMでは戦艦ミルキーウェイに関わる商品が次々と放映されていた。
「すごいよねー、王都の子供から絶大な人気があるらしいよ」
「戦艦は男のロマンだからな。子供達から人気なのは当然だろう」
「仮にも王都を破壊しまくっているというのになんだかですねえ」
「だけど幸い怪我人もいなかったって話だよ。お姉ちゃん達が頑張ってくれたおかげだね」
どうやらミルキーウェイはその戦いっぷりが子供達のハートを掴んだらしい。おかげでアビスの生乳は店頭から姿を消すことになったが、それはアビスにとって安心材料であった。
「私としてはもうあんなパッケージがなくなってよかったですよ。本来のミルク生産者がパッケージを飾るようになって助かりました」
「あるべきものがあるべき場所にある。当たり前のようで難しいものなのだ」
アビスはビニール袋にミルキーウェイ印の牛乳パックを詰め込むと外出の準備をする。
「それでは出かけてきますね」
「あのー、まあお手柔らかにしてあげてよ? 」
「してますよ? 」
「ならいいんだけど……」
キルライトとハピは不安そうな顔をしながらアビスを見送る。そんな彼女が向かった先は王都病院の一室である。
「二人ともお待たせしました、大切なカルシウム持ってきましたよ」
「……ありがとうなのじゃ」
「……アビスさん、お疲れ様ですわ」
病室には2つのベッドがあり、ヤミとレイが包帯ぐるぐる巻きで寝かされていた。
「あの、魔法で回復しちゃダメかのう? 」
「いいですよ、そしたらまた全部の骨折るだけですから」
「自然治癒するのって結構痛くて時間かかるのですわよ? 」
「元々、アビスの生乳を発案したのはお二人でしたよね? キルライトを脅して聞きました」
「あいつ、一人で逃げおって……」
「ということで罰として全身複雑骨折、自然治癒しか許しませんの刑です。安心してください牛乳なら毎日持ってきてあげますからね? 」
「このままだと、生乳で儲けたお金が医療費で消えてしまいますわ」
「とほほ、じゃのう……」
全身骨ボキボキに折れた患者の横には天使のような笑顔のアビスがいた。毎日欠かさずミルクを持ってくるので病院からは『ミルクの女神』と呼ばれたとかなんとか。
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