恋愛の欠片を拾い集めてレンチンしたもの

只野夢窮

本文

 それは私が小学校高学年になった時の話。

 同じクラスの女子から「プール」に招待された。手書きの手紙でだ。スマホも携帯もなかった頃の話だ。理由は忘れた。なんか喧嘩して仲直りしたのが理由だった気も朧気にするが、まあ十五年以上前の話だから明瞭に覚えているわけもない。それで、私は行き先を親に告げてワクワクしながらプールに出かけた。もちろん、よそ行き用のおしゃれな水着じゃなくて、男子用のスクール水着を持って。だってさ、小学生男子が想像するプールってのは、市民プールじゃんね。

 指定された住所につくと、そこには庭が広い一軒家があった。相手方の親御さんも困惑していた。まさか男を呼ぶとは思っていなかったのだろう。私だけ別の部屋で着替えて、庭に作った大きなビニールプールで女子たちが遊ぶのを遠目に見ていた。住む世界が違うのだろうと思った。プールから上がった女の子たちは僕の持っていない携帯ゲーム機を一人一台持ち寄って遊んでいた。

 その子とはその後遊ぶことはなかった。


 それは小五から中二まで女子にバレンタインのチョコレートをもらうことだった。八時だか九時だかの暗くなった時間に、わざわざ親御さんの車送迎付きでチョコを届けに来るのは、むろん本命以外であろうはずもなかった、と振り返るのは僕の傲慢だろうか。親御さんもわざわざ送り届けるからには公認とまで言わずとも黙認であったろう。けれども当時の僕は手作りのチョコに感動し、同じように手作りのクッキーを返さなければならないと愚かなほどまっすぐに思っていた。その子と仲良くなったのは共通の趣味だ。お互いに本の虫だったのだ。その子の好きだったジャンルはよく覚えていない。本を読む子供というのはそれだけ少なくて、ジャンルなどで争う余裕などないのだ。そして良くいじめられるから、同病相哀れむという面もあったのだろう。僕は、ここが一番のチャンスだったと思っている。告白すれば間違いなく付き合えただろうし、もしかするとそういう関係にもなっていたかもしれない。記憶が欠損すればするほど僕の中の彼女は美しくなる。ミロのヴィーナスのように。

 それでも別の高校に進学してから、全く疎遠になってしまった。高校にもなれば、本を読んでいるだけでいじめられるようなことはなくなるのだから、どのみち僕と彼女の関係が続くはずがなかったのだろう。それは酸っぱいレモンだ。


 それは高校三年生も折り返しを過ぎた空の教室だ。僕とその子しかいなかった。その子とはロクに話したことがなかったばかりか、名前すら憶えていなかったし、今でも覚えていない。他の人たちはとうに帰っていた。確かテストの返却が終わった後だったと思う。僕はそれなりの進学校に進み、それなりの成績を収めていた。この学校から進むのに恥ずかしくないような大学に十分受かる勝算があった。

 その子は振り絞ったような声で告げた。

「〇〇くん、どうやったらそんなに現代文が得意になるの」

 なるほど僕が一番得意にしていたのは現代文だった。

 今思い返せば、それは追い詰められた人間の心の叫びに違いなかった。教師に助けを求めたり、参考書を読んだりするようなことは、進学校の真面目な受験生が既にやっていないわけもなかった。それでうまくいかないからこそ人に聞いたのだと思う。

 僕は滔々と読書の重要性について語った。

「それは子供のころから本をたくさん読んできたからだ」「今更どうこうしようとしても、もう遅い」「普段から本を読まないのにテストの時だけ読むのは無理」「浪人したら(本を読むのに)十分な時間ができると思う」

 彼女がどんな返事をして、どんな立ち去り方をしたのかは覚えていない。彼女と二度と会話することがなかったのは覚えている。



 人生の恋愛の欠片を拾い集めてもこの程度しかないのでは恋愛の私小説など書きようもないから、ここで筆を置こうと思う。

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恋愛の欠片を拾い集めてレンチンしたもの 只野夢窮 @tadano_mukyu

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