王城からの使者

司忍

第1話 王城からの使者

よく晴れたある朝のこと。一人の若き騎士が、友人のカップ、コップ、コールとともに、<九本のイチイの森>で剣の稽古に励んでいた。


ゆくゆくは義父の後を継いで宮廷鍛治になるはずだった彼が思いがけず騎士になれたのは、この三人がいつもともにいてくれたからだった。


皆で稽古にひといき入れて木陰で休んでいると、城からの使者が馬を駆ってやってきた。いったいなにごとかを見守る四人の目の前で、使者は若き騎士の前に降り立ち、すぐ王のもとへは参じるように伝えた。[きっと王の身になにかあったのにちがいない]


[若き騎士よ]王は、体を起こしながらいった。 [お前はあのエルクよりも早いのだな。城を見張っているあの鷹のことだよ] [いいえ、そのようなことは・・・・・。しかし、王様のためならば、この身すら投げ出す覚悟です]


[お前のことならば、子供の頃からよく知っておる]王は続けた。だからこそお前に、最後の頼みを聞いてほしいのだ・・・・]


あまりに思いがけない言葉が、騎士は思わず大声をあげた。 [な、なにをおっしゃっているのですか!いくら王様のお言葉といえども、そのようなお話をお受けするわけにはいきません!]


話続ける騎士の言葉を、王は往年の凛と響きわたる声でさえぎった。 [お前が立派な騎士になったのは、わしがそうはからったからではない。お前自身の日々の鍛錬と努力のたまものだ]


[ハノがいなくなってずいぶんたつが、わしの後を継ぐ者がいるとすれば、それはお前しかいないと思っておった] [ですが王様・・・・・]


[サー・カップ、サー・コップ、それにサー・コールもそうです。みんなすばらしいし騎士たちです] [その三人が優れた騎士であることは、わしも認めよう。だが・・・・・]王は考えを巡ってしながら続けた。


王が先を続けた。


[お前の中には、決して夢を失わず、希望を持ち続けようとする強さがある。これは暗闇の王に立ち向かうためになにより必要なこと]


[試練か]王は咳ばらいをした。騎士はただ黙って、じっと王の言葉に耳を傾けた。


[いいえ。どう考えても、自分にそのような力があるとは・・・・・]王は、ふらつく体を木の枝のようにやせ細った腕で支えながらベッドを降りると、騎士に歩み寄り、その頭をなでながらこう言った。


自信を失った人間が持つ心の闇・恐怖心だ。 [心の闇・・・。恐怖心・・・・]


その言葉に、騎士の腕の中でなにかがはじけた。来る日も来る日も、汗を流して剣を振るってきた自分の姿が浮かんだ。騎士はゆっくりと立ち上がると、王に向かって頭を下げた。 [一つだけ、お願いがあります]


[なるほど・・・・]王はじっと若き騎士の目を見つめた。[だが、それがなにを意味しているか、わかっおるだろうな?]


[はい、もちろんです]騎士はこっくりとうなずいた。しかし、誰ひとりして戻ってきません。 [・・・・覚悟が必要だぞ]王は騎士の肩に手をのせた。[わかっております]


[生きて帰れぬのであれば、それはわたしがその程度の騎士だったということ] [生きて帰ることができたなら、わしの判断が正しかったということだ]王は微笑んだ。[よし、行くがいい]


若き騎士はもう一度礼をいって頭を下げると、王の後をした。そして愛馬カムにまたがると、魔術師マンルスの住む<十の山の谷>へと走らせた。


はるか上空では、騎士の旅立ちを見送るかのように、王の鷹エルクがゆったりと舞っていた。

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王城からの使者 司忍 @thisisme

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