結婚指輪

口羽龍

結婚指輪

 誠也(せいや)は緊張している。以前から好きだった花子に告白するからだ。付き合い始めて2年、ようやく自分の気持ちを伝えようとしている。


「花子、渡したいものがあるんだ」


 誠也は結婚指輪を渡した。だが、以前から買ってあるようで、新品ではないようだ。


「嬉しい! ありがとう。結婚しようっていうの?」

「うん」


 誠也は笑みを浮かべた。やっと本当の事を話す事ができた。花子がどう反応するんだろうか?


「嬉しい」


 花子も笑みを浮かべた。以前から好きだったけど、結婚指輪をもらえるとは。ようやく交際期間が終わりを迎え、真の夫婦になれる。


「よかったよ。この指輪だけど、元々、君に渡す目的の指輪じゃなかったんだ」


 それを聞いて、花子は驚いた。じゃあ、この結婚指輪は誰のために買ったんだろう。


「どうして?」

「死んだ初恋の人へのプレゼントだったんだ」


 誠也には、かつて交際していた麻衣子(まいこ)という女性がいて、この結婚指輪は麻衣子のために買ったものだという。


「そうなんだ」


 と、誠也は涙を浮かべた。まさか、誠也は涙を流すとは。それほど悲しい事があったんだろうか?


「どうしたの? 泣いてるよ」

「初恋の相手だった麻衣子の事を思い出してね」


 誠也は、麻衣子との悲しい恋の話を語り始めた。花子はその話を真剣に聞いている。




 それは3年前の事だった。誠也は大学時代から好きだった麻衣子と付き合い始め、順調に交際は進んでいた。もうすぐ結婚まで来ていた。だが、麻衣子の体にがんが見つかり、余命宣告も出た。結婚したかった2人は悲しみに暮れた。


 だが、2人で暮らす日々を楽しもうと思い、誠也が休みの日にはできる限り2人でいた。いつしか2人はまるで夫婦のようになっていた。


 そして、誠也はクリスマスイブの日、麻衣子にクリスマスプレゼントとして結婚指輪を渡そうと思った。もし、結婚式を挙げる事ができたなら、渡すつもりだった結婚指輪だ。


「麻衣子、大丈夫か?」


 誠也は病室にやって来た。誠也の声に反応して、麻衣子は誠也の方を向いた。ここ数日、麻衣子は病院にいる。体力が衰え、余命もあとわずかだ。


「うん」

「こんな事になって、ごめんね」


 麻衣子は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。これから幸せになろうといっていたのに、病気になってしまった。そのため、幸せにすることができなかったし、結婚式を挙げる事もできなかった。もっと一緒にいたかったのに。無念でしかない。


「いいよ。君に出会えて、よかったと思ってるよ」

「ありがとう。幸せにできなくて、ごめんね」


 麻衣子はいつの間にか泣いていた。誠也は麻衣子の頭をなでる。慰めようとしているようだ。


「いいよ」


 と、誠也は窓の外を見た。雪が降っている。東京はあまり雪が降らないのに。今さっきは降ってなかったのに。


「雪が降ってるね」


 それを聞いて、麻衣子も反応した。まさか、雪が降っているとは。とても珍しい。


「本当だ! 病院に来た時は降ってなかったのに」

「きれいだね」


 と、誠也は麻衣子の方を見た。何だろう。麻衣子は首をかしげた。


「遅れたけど、メリークリスマス!」


 麻衣子は驚いた。まさか、クリスマスを祝ってくれるとは。クリスマスが迎えられるかどうか、微妙だった。だけど、迎える事ができてよかった。迎えられずに死ぬのではと思っていた。


「ありがとう。今年、クリスマスを迎えられた事でも奇跡だと思うよ」

「そうだね。だけど、もっと生きていてほしいな。そして、元気になって結婚式を挙げる事が出来たらいいな」


 誠也は思った。無謀だけど、結婚式を挙げたいな。がんが奇跡的に治ったら、実家の近くの結婚式場で結婚式を開きたいな。親戚や身内がみんな集まって、幸せな中で愛を誓いあう。


「したいよね。だけど、もう叶いそうにないね」

「大丈夫だよ。治るよ」


 誠也は奇跡を信じていた。がんは治る。そして、麻衣子は退院して、元気になれる。だから、力強く生きよう。


「だったらいいけど」


 と、誠也はポケットからある物を出した。結婚指輪だろうか?


「そうだ。麻衣子、誕生日プレゼントがあるんだけど」

「何?」


 誠也は麻衣子に結婚指輪を見せた。麻衣子は結婚指輪をじっと見ている。


「はい、指輪」

「う、嬉しい! ありがとう」


 麻衣子は喜び、誠也からもらった結婚指輪を手にした。まさかもらえるとは。退院するまでもらえないと思っていたのに。


「君にはめてほしかったから、買ったんだ」

「本当?」


 麻衣子は結婚指輪を手にはめた。麻衣子は嬉しそうだ。これで永遠の愛を誓う事ができる。だけど、それはいつまでだろう。


「うん。だって、結ばれたんだもん」

「本当に、結ばれたのかな?」


 麻衣子は首をかしげた。退院したら、結ばれようと思っていたのに。これでいいんだろうか?


「うん。だって、約束したんだもん」

「そうだね」


 誠也は外を見た。外は雪がより一層降っている。とても幻想的な風景だ。まるで2人を祝福しているようだ。


「体、よくなるといいな」

「そうだね」


 もう今日は遅い。自宅に戻って寝よう。残念だけど、今日は帰らなければならない。だけど、明日の朝、また来よう。すぐ会えるさ。


「じゃあ、僕は寝るよ。おやすみ」

「おやすみ」


 誠也は病室を出て行った。麻衣子はその様子をじっと見ている。麻衣子は雪を見ている。東京ではあまり見られないから、見ておかなければ。




 翌日、誠也は病院にやって来た。今日も麻衣子に会える。それだけで嬉しくなる。


 誠也は病室に入った。まだ麻衣子は寝ているようだ。幸せそうな表情だ。きっと、2人で暮らす夢を見ているんだろうか?


「おはよう。あれ? 寝てるのか?」


 誠也は寝ている麻衣子の手を握った。だが、麻衣子の手は冷たい。どうしたんだろう。


「つ、冷たい・・・」


 その時誠也は知った。麻衣子は死んだ。こんなに突然、別れの時が来るとは。まさかこんなに突然来るとは。


 と、誠也は麻衣子がはめた結婚指輪が目に留まった。結婚指輪は光り輝いている。だけど、麻衣子の命の灯は消えてしまった。


「指輪、もらってよかったな」


 と、誠也はベッドの横の机で、紙切れを見つけた。麻衣子から自分への手紙だろうか? 誠也は紙切れを手に取り、読み始めた。




 誠也くんへ

 もっと一緒にいたかったのに、ごめんね

 私、もう助からないと思う

 だから、新しい女と恋に落ちて、結婚してほしいの

 それが、私への最後の恩返しであってほしいな

 あと、クリスマスプレゼントの結婚指輪、ありがとう

 もらう事ができて、嬉しいよ

 本当はこれで結婚式をしたかったな

 だけど、この結婚指輪は、これから恋をして、結婚する人に渡してほしいの

 誠也くん、短い間だったけど、楽しかったよ

 天国からこれからの人生、見守っているよ

 だから、新しい恋をしてね




 誠也はいつの間にか涙を流していた。恋は終わったけど、また新しい人と恋をしよう。それが麻衣子への最高の恩返しになるだろう。


「麻衣子・・・」


 誠也は、麻衣子の指の結婚指輪を外した。この結婚指輪は、次の人に託すよ。見守っていてね。


「わかった、麻衣子。また新しい恋をしたら、その人に渡すよ」


 誠也は外を見た。今朝も雪が降り続いている。その先には鉛色の空が広がっている。その先には麻衣子がいるだろう。温かい目で見守っているかな?




 それを聞いていた花子は、いつの間にか涙を流している。この結婚指輪には、そんな過去があったんだ。会った事はないけど、麻衣子の分も幸せにしないと。


「そうだったんだ」

「だからこれは、新しく買った物じゃないんだよ」


 誠也は嬉しそうだ。やっと結婚式を挙げる事ができる。麻衣子はその様子を見ているんだろうか? 見る事ができたら、見たいな。


「それでもいいの。だって、私のために買ったようなものだから」

「そうか。ありがとう」


 花子は誠也を抱きしめた。どうしてかわからない。まるで麻衣子に抱かれたような感覚だ。

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