第137話『始まりのエピローグ』

 エルフの国とイルブレス王国の戦いから五日が経った。


 あれからキメラの組織による襲撃はなく、俺たちは日常を取り戻した。だが復興に関する課題は山積みで、平穏な時間が戻るのは先になりそうだ。

 次なる襲撃を防ぐため、エルフの国は移転することに決まった。族長の指示で大森林別所の大空洞へと移動し、そこに新たな国を築いていった。


「あなた方もしばらくここに滞在して下さると助かります」

「元々そのつもりです。……そのついでというわけじゃないんですが、エルフの国を俺たちの活動の拠点にしても構いませんか?」

「ぜひお願いします。救国の英雄がいて下されば民も喜びます」


 提案を快諾してもらい、俺たちはエルフの国に居ついた。

 それから魔導飛行船クルトメルズをどう管理するか話し合い、エルフの国跡地である大空洞を利用することに決まった。グリーベル主導で空間が整備され、植物の根を使用した開閉式の天井に武器や装甲版の開発設備などが建設された。


「ふふふふふ、ここは素晴らしい場所だ。手つかずの魔石が山ほど眠っている上、クルトメルズの耐久向上に使える鉱石まである! これなら甲板に武装を用意することもできるぞ! やることだらけだ!」


 ミルルドが指揮するエルフの開発班と、十数体の自動人形が周辺の警備をしてくれている。もしもの時に備えて緊急脱出路も整備することとなった。


 捕縛状態のシメールだが、こちらの対応はエンリーテが行った。剣の腕でシメールを圧倒し、敗北回数の分だけ命令を聞く約束を取り付けていた。

 正式に仲間となったカイメラには、エルフの国の周辺警備をお願いした。たまに会っては修行をし、足技主体の近接格闘術を学ばせてもらった。


「良い筋ね、クーくん。じゃあもっと速度を上げるわよ!」

「あぁ、こい! すぐに追いついてやる!」

「くそがぁ!! 何でこのオレが勝てねぇんだ!!」

「少々力み過ぎだな。もっと力の抜き方を覚えるといい」


 四人で行った合同模擬戦はとても充実していた。シメールの扱いは少々難しそうだったが、エンリーテとカイメラがいれば問題なさそうだ。


 

 五日目の夜には宴が催され、岩盤の天井に夜空が映写された。中心に浮かぶのは綺麗な満月で、無事にこの夜を迎えられた喜びを分かち合った。


「…………うん、美味い。達成感を得て飲む酒は悪くないな」


 エルフたちの賑わいを遠く眺め、独りきりの時間を堪能した。相変わらず酒に酔いはしなかったが、アルコールの苦みが今日は心地よかった。

 酒入りの陶器瓶一本分を飲み干すと、視界の端にイルンを見つけた。どうやら俺を探しているらしく、こちらから手を振って名前を呼んでみた。


「こんなところにいたんですね。ようやく見つけました」

「ここからなら皆の姿が見えるからな。月と合わせて良い景色だ」

「……本当ですね。ボクもここで一杯飲んでも構いませんか?」

「一杯? もしやその手にあるのは、酒か?」

「えっと、はい。少しぐらいなら飲んでもいいかと思いまして……」


 ガルナドル国の成人は十五歳、イルンはまだ十四歳だ。とはいえエルフの国にはエルフの国の法がある。一応族長に許可は得たらしく、最終的な決断は集団のリーダーである俺に委ねられたそうだ。


「その、お酒は薬にもなると言いますし、一度試したいんです」

「…………うーん」

「クー師匠と今お酒を飲んでみたくて、ダメでしょうか……?」


 上目遣いで言われ、秒で折れた。かくいう俺も元の世界基準なら二十歳まで飲めないのに飲酒している。イルンの気持ちはよく分かった。


「じゃあ俺も共犯者だな。それ、少し分けてもらってもいいか?」


 そう言うとイルンは表情を明るくし、俺のカップに酒を注いでくれた。

 エルフの国の酒は果実酒であり、素材となった果物によって味や風味が異なる。イルンが持ってきた物はブドウに近しい果物で、酸味が強めだった。イルンはカップの縁に顔を近づけ、アルコールの匂いに顔を一瞬しかめた。


「……これがお酒ですか」

「やめるならいまのうちだぞ」

「いえ、ここは行きます」

「初めてだし一気飲みはするなよ」

「はい。……ん、っ、これは」

「どうだ。思ったよりきついだろ?」


 すぐ口を離すかと思ったが、イルンはカップに注いだ酒をコクコク呑んだ。飲み終わりと同時に顔が赤くなり、夢うつつに俺を見つめた。あれ、と思う間にもイルンは俺の服の胸元を掴み、聞き覚えのない語彙で話しかけてきた。


「クーししょう、ボクのころ、どうおもてまひゅか?」

「え?」

「ボクれす。ボクのころ、どうおもってるんでひゅか??」


 滅茶苦茶なろれつだった。完全に酔っぱらっていた。

 イルンは恐ろしく酒に弱く、絡み酒気質な性格になるようだ。いつもの大人しくて真面目な物腰とのギャップが凄く、俺はたじたじと後退した。


「あっ、ひひょう! ひゃんでボクからにげるんでふかぁ!!」

「逃げると言うか、さすがにちょっと近いと言うか……」

「ちかくなんてにゃいです! ボクだけのくーひひょうです!」


 逃げようとしたところをガッチリホールドされた。イルンは飼い主に甘える猫のように身をすり寄せ、もにょもにょと何か言っていた。離れるよう説得してみるが、気づけば眠ってしまっていた。俺は思わず苦笑した。


「……ずっと働き通しだったもんな。こうもなるか」

「だれにも……、だれにもわひゃひまへん」

「ベッドで寝かしてやりたいが、起こすのも悪いな」


 イルンの頭を撫で、ここからどうしたものか考えた。すると背後から足音がし、誰か来たのかと思って振り向いた。何故か目線の先にはリーフェがいた。


「ごめんね、クーちゃん。来ちゃった」

「来ちゃったって……」


 エルフの国で宴が催されると決まった時、リーフェとマルティアにも声を掛けた。だがイルブレス王国の復興で忙しく、顔見せも難しいと言われていた。


「本当は来れないはずだったんだけど、マルティアに背を押されちゃって」

「マルティアが?」

「変装用の魔導具で私に化けて仕事を代わってくれているの。歌魔法に関しては喉の調子が悪いからって、適当に理由を作って何とかしてるみたい」


 マルティアの模倣……、もといリーフェエミュは完璧だそうだ。親友のココナでも油断すれば間違えかねないらしく、一夜限りなら余裕とのことだった。


「……ちなみにだけど、今ってお取込み中だった?」


 リーフェは俺に抱き着いたままのイルンを見て言った。下手に離そうとすればより引っ付くため、このまま会話するしかなかった。心なしかリーフェの表情が不機嫌そうだったが、そこは指摘しなかった。何となくだ。


「クーちゃん、私もそのお酒もらってもいい?」

「別に構わないが、リーフェは大丈夫なのか」

「私はいけるよ。だってほら、戦勝祝いで良く飲むから」


 それもそうかと納得し、俺のカップを手渡した。最初にリーフェが飲み、お酌されて俺も飲んだ。二人で酒の感想を語り、一緒に満月を見上げた。


「クーちゃんとお酒を飲めるなんてね。何だか不思議な気分」

「記憶喪失の期間も考えれば、実はそんなに別れてないんだよな」

「私はほんの数日で」

「俺はわずか数か月だ」


 不思議なこともあるものだと苦笑し合った。


「……十六歳になった私はその、クーちゃんから見てどうかな」

「凄く綺麗になったし大人っぽくなった。良い意味で別人だな」


 率直な感想を言うと、リーフェは顔を背けた。戻ってきた顔はまだ赤く、「慣れないお酒で酔っちゃったかも」という呟きが聞こえた。俺たちはさらに酒を注ぎ、失われた時間を取り戻すように会話し続けた。


「リーフェが記憶を取り戻したって知って、ココナはどうだった?」

「びっくりするぐらい泣かれちゃった。申し訳なさももちろんあったけど、私ってこんなに大事にされてたんだなって嬉しくなっちゃった」

「マルティアは……、予想できるようなできないような」

「私の前ではいつも通りだったよ。でも話の終わりにどこかに行っちゃって、また会った時には目元が赤かったんだ。隠れて泣いてくれてたみたい」

「まぁ、そうもなるか。マルティアの気持ちはよく分かる」


 俺も嬉しさのあまり戦闘の最中に抱き合ってしまった。あの瞬間をミルルドとレレイド以外に見られなくて良かった。カイメラがいたら永遠にイジられそうだ。


 そんなことを考えていると、リーフェが俺の肩に頭を預けてきた。密着しているイルンとリーフェの体温が心を乱し、心臓が揺れ動いた。平静を取り戻すために酒を足そうとしたが、生憎もう空だった。


「あ、えっと、新しい物をもらってこようか」

「いい。クーちゃんはここにいて、私の傍に」

「…………分かった」


 俺たちはただ寄り添い、十五分ほど静寂に身を委ねた。

 宴の賑わいを見ていると、リーフェがそっと頭を離した。


「……そういえば話は変わるが、イルブレス王国はどうなるんだ。今回起きた襲撃事件で、国の重要人物が軒並み死んだってマルティアから聞いたんだが」

「うん、生き残ったのは末端の貴族ばかりで国内はかなり混乱してるね。周辺国に対する説明に諸々の人員整理と、落ち着けるのは当分先になるかな」


 事件の首謀者と思わしきレイス・ローレイルは姿を消した。この一件と連動して起きたのは、敵対国である帝国領内での軍備増強令だ。いつ宣戦布告されてもおかしくない状況らしく、大陸全体で緊張が高まっているのだとか。


「今は私の友人の第一王女様が国をまとめているね。ただ数日前まで学生だったから、貴族たちからの反発が強いみたい。支持を得られるのは先になるね」

「……何もかもいきなり過ぎたしな」

「私からマルティアにお願いして、第一王女様のお付きになってもらったの。第一王女様もマルティアの手腕を気に入って、それなりの地位を用意するみたい」


 勇者コタロウはどうなったか聞くと、行方知れずだと教えられた。各地に捜索隊が派遣されたが、エルフの国で目撃されて以降どこにも姿がないそうだ。あれほどの力を野放しにするのは危険で、早々に動向を知りたかった。


(……エルフの国という大勢力が残った以上、歴史は大きく変わる。ここから先は未知の領域だ。ほんの一つの行動で結果が最良にも最悪にも動く)


 先の見えない未来に不安を覚えていると、イルンが目覚めた。最初に俺を見上げてにへらと笑い、横のリーフェを見て固まった。酔いが吹っ飛んだようだ。


「紹介するよ、イルン。俺の親友で相棒のリーフェだ」

「よろしくお願いします、イルンさん」

「よ、よろしくお願いします。リーフェさん」


 互いに自己紹介でもと思うが、何故か黙して見つめ合っていた。

 二人は『クーちゃん』と『クー師匠』という呼び名を強調し、俺の話題で盛り上がり始めた。どちらも笑顔だったが、何故か胸がキリキリと痛んだ。


「でもまぁ、こんな時間も悪くないよな」

 満月を見上げて呟き、この幸せなひと時を享受した。





――――――――――


 ここまで作品を読んでいただき、誠にありがとうございます。

 休止時期を含めておよそ十か月、薄いラノベ本換算で四冊分ぐらいの文章量となりました。読者の皆様方には感謝の言葉しかありません。


 この回でカスタムキメラは折り返しの一歩手前となりました。近々後半戦に入って完結を目指していく……と言いたいところなのですが、諸事情のためここで投稿を長く休止します。四月から色々と片付けなければいけない用事があり、次に連載を続けれられる時期の見通しが立たないからです。誠に申し訳ございません。


 再開時はイルブレス王国が主導となって結成される連合国と、キメラの傀儡となった帝国の戦いを描く予定です。クーたちは第三勢力として動き、両国の全面戦争を未然に防ぐために動きます。ここまで出番の無かった『ミトラス』と『グロッサ』も登場しますので、楽しみにしていただければ幸いです。


 それではいつの日かまたお会いしましょう。改めて第七章『カスタムキメラ』までお付き合い下さりありがとうございました。

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カスタムキメラ【七章完結】 らぼう(のっぺ) @syamon10

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