第136話『カスタムキメラ』

 リーフェの口から「クーちゃん」と名が叫ばれた。

 視線を落とした先には、涙混じりの目をしたリーフェがいた。


 どうして急に記憶が戻ったのか、ひたすらに困惑した。こちらからも名を呼び返そうとするが、巨大な化け物は奇声を発して触手を伸ばしてきた。

 水レーザーと業火を放って触手を迎撃するが、数が多く対処しきれなかった。片手と片足を絡めとられ、身動きを封じられてしまった。その時だ。


「――――ちょっと! なにをぼさっとしているのよ!!」

「…………よそ見はダメ。……まだ敵を倒し終わってない」


 俺と化け物の間に割って入ってきたのは、ミルルドとレレイドだった。魔力で構成された刃で触手を断ち、化け物の身体にツタを這わせて動きを止めた。俺は手と足に残った触手を振り払い、化け物に向かって業火を噴射した。

  

「■■■■!??!」


 しかし化け物は動じず、魔物の頭部を無数に生やして伸ばしてきた。俺は即座に水分子カッターを発動し、接近してきた部位を片っ端から切り裂いた。ミルルドとレレイドも力を貸してくれるが、進行を阻むので精一杯だった。

 

(……こんな姿になった俺相手に、カイメラはよく戦ったな)


 加勢が欲しい状況だが、イルンとマルティアは王城にいる化け物の対処に当たってもらっている。何か手はないかと考えた時、リーフェに呼ばれた。

 俺はミルルドとレレイドに時間稼ぎを頼み、魔法学園へと降下した。そして身体をアレスへと変身させ、塀の上にいるリーフェの近くに降り立った。


「……リーフェ」

「クーちゃん……」

 

 短い名の呼び合い、そこには万感の思いがあった。俺たちはどちらともなく駆け出し、力いっぱいに抱き締め合って互いの体温を交わした。


「ずっとずっと、会いたかった」

「うん。私もだよ、クーちゃん」


 世界が終わった日から数か月、この瞬間を待ち望み続けていた。あそこで俺が手を離さなければ、こんな辛い思いをさせることはなかった。別れによって生まれた出会いはあったが、それでも独りさせてしまった後悔が消えなかった。


「…………助けに来るのが遅れて、ごめんな」

「いいよ。今ここにいてくれるだけで嬉しいから」


 額と額を重ね、溢れ出す嬉しさを笑みとしてこぼした。


「ただいま、リーフェ」

「おかえり、クーちゃん」


 もっと言葉を交わしたかったが、そんな余裕は無かった。ミルルドとレレイドは化け物を抑えきれなくなり、俺たちがいる塀の上まで後退してきた。


「――あんたらねぇ! イチャつくなら別の場所にしなさい!」

「……火力が足りない。……早く加勢に入って欲しい」


 リーフェは二人の顔を交互に見つめ、「……理事長?」と首を傾げた。俺からミルルドの方を指で差して教えるが、いまいち納得していなかった。


(……まだ記憶がはっきりしていないのか?)


 ゆっくり説明をしてあげたかったが、それは後だ。

 俺はリーフェの前に立ち、歌魔法を発動してくれるように頼んだ。リーフェは即答で了承し、息を大きく吸った。紡がれたのは耳に覚えのある歌声、かつてアルマーノ大森林で起きた戦いで俺を鼓舞してくれた戦いの歌だった。


「へぇ、いいじゃない! これならいけるわ!」

「……まだ戦える。……あいつを押し返せる」


 攻勢を強める二人を見つめ、俺は翼を生やして宙に浮かんだ。これから変身するのはキメラギドラ、ではない。普段使いの二形態とも別のものだ。


(…………一度自分を見失った時のことを、俺はよく覚えている。際限なく湧き出る力を抑えることができず、ただ暴れ続けた。本当に最悪の気分だった)


 それでも一つだけ得たものがあった。それは原初の魔物の分体である黒いキメラには無き力、白いキメラのみが有する『特異な変身能力』の断片だ。


 カイメラは「一度化け物となったキメラは元に戻れない」と、仮面の男性に告げられたことを語ってくれた。事実今の俺はいつでもあの化け物になれる。視界に映るものすべてを破壊し、暴虐の肉塊に成り果てることが可能だった。


(…………この力の制御は困難だ。だからここまで使ってこなかった。でもリーフェが傍にいて、俺の心に歌を届けてくれるなら、この力を使いこなせる)


 根拠など必要なかった。ただできるという予感だけを信じた。

 俺は目を閉じて集中し、自分の内に眠る力の領域を解放した。


「……ぐっ、ぎぃ……ぐうぉ」


 魔力の波動が体内で荒れ狂い、身体中が激痛に見舞われる。思考をかき乱す黒い感情が湧き、何もかもを破壊しろと訴えてくる。でも耐え続けた。

 理性と本能がせめぎ合い、制御しきれなくなった力が血しぶきとなって噴き出す。消えかける思考を繋ぎ止めてくれたのは、リーフェの歌声だった。


「あぁ……そうだよな。忘れるわけがない」

 俺はこの声に背を押され、クーとしての物語を歩み出した。


「――――俺は世界を救う、救世のキメラだ!!」

 決意と共に宣言し、心身を蝕むキメラの力を掌握した。


クー(カスタムキメラ)

攻撃S++ 魔攻撃S++

防御S++ 魔防御S++

敏捷S++ 魔力量S++


 開けた視界には光があった。輝きは俺の身体から発せられていた。


 白いキメラの力のせいか、全身の肌と衣服が白く染まっていた。さらに力の制御の過程でできた傷口が赤く発光し、脈動しながら光っていた。

 俺は右手を前に出し、指一本一本を色んな魔物の部位にした。続けて背中へと意識を送り、合計四枚の翼を生やして表面に宝石を纏わせた。


自動スキル 変身制限解除  任意スキル 素体原初回帰


 今の俺は身体を自由に変身させることができる。これまで取り込んだ魔物を強化して使用・使役することも可能だ。直感でそれが分かった。

 早速眷属召喚を行い、通常種の武人カマキリを召喚した。それに素体原初回帰とやらを付与し、紅蓮の甲殻を持った特異個体へ進化させた。


「行け」


 指差し一つで特異個体化した武人カマキリが動く。一度の羽ばたきで化け物の眼前に迫り、大鎌を高速で動かして体表を切り刻む。俺はさらに眷属召喚を行い、腕だけ取り込んでいた岩石巨人を五体満足な状態で召喚した。


「ギチ、ギチギチギチギチギチ!!」

「グゥ、ゴルゥオオオオオオオ!!」


 大森林の覇者たちはミルルドとレレイドと連携し、化け物相手に奮戦した。未だ倒しきることは叶わないが、丘の下に押し返すことに成功した。


「…………っ、もう思考がグチャグチャになってきたか。リーフェの歌が終わるまでおよそ五分間、それがこの形態を維持できる限界時間か」


 そう分析し、俺は左腕を持ち上げて形状を変化させた。

 最初に黒鱗のワイバーンの頭部を五つ生やし、それを渦巻状にねじって一点に集めた。続けてすべての口に業火を溜め込み、化け物に狙いを定めた。最後に一秒のブレも無く同時発射し、螺旋の業火で肉体を焼き貫いた。


「■■■■!!!??!」


 化け物は絶叫を上げ、反撃としてあらゆる属性の魔法を放ってきた。だがその攻撃は俺に直撃すると同時に霧散し、魔力の粒子となって空を舞った。

 俺は身体の各所に生やした宝石の外殻に意識を送り、数箇所を切り離した。自由落下を始めた宝石片は空中で制止し、化け物に向かって飛来した。


「■■■■??! ■■!!??」


 宝石片は無人兵器のような軌道で飛び、化け物を高速で切り刻んだ。これは以前の俺では不可能だったこと、この形態ならではの攻撃方法だ。


(……今の俺は眷属召喚した魔物すら半キメラ化させることができる。刃兜虫に宝石の鎧を纏わせ、意のままに動かし攻撃することができる)


 計十二体の宝石兜虫の攻撃により、化け物の再生は阻害された。


「お前も苦しいだろ。だから俺が終わらせてやる」


 二撃目となる業火を左腕に溜め、次いで右腕に魔法陣を出した。

 片側には五連螺旋業火砲を、もう片側には水神龍の息吹を用意した。両手を揃えて化け物の中心部に狙いを定め、街を焼かない角度で同時発射した。


 化け物の身体は消滅していき、わずかな肉片が残った。俺は空間収納魔法から二振りの大剣を取り出し、一切の迷いなく飛行して接近した。

 立ち昇る水蒸気の中には、化け物に戻ろうとするキメラの本体がいる。俺は大剣を引き絞って構え、斜め十字の斬撃で本体を切り裂いた。


 辺りには一時の静寂が流れ、次いで特大の歓声が上がった。

 あれは誰だ、自分たちは助かったのか、と様々な声が聞こえた。


「ねぇミルルド、今更だけどとんでもないのと交流持っちゃったわね」

「……言っても仕方ない。……今はもう、未来に向けて仲良くするべき」


 ミルルドとイルルドは俺を見上げ、何かを話し合っていた。


「クー師匠! こっちは終わり……って、え? 何ですかその姿?」

「これはこれは、ずいぶんと強そうな見た目になりましたわね」


 銀翼を生やしたマルティアと、その手に捕まるイルンが現れた。


 リーフェが歌を止めたのに合わせ、俺もカスタムキメラ形態を解除した。黒鱗のワイバーンの翼で降下するが、ドッと疲労感が湧いて体勢が崩れた。

 落下した俺を支えてくれたのは、真下にいたリーフェと駆け寄ってきたイルンだった。二人は一瞬目線を交わし、すぐ腕の中にいる俺に声を掛けた。


「お疲れさま、クーちゃん」

「大丈夫ですか、クー師匠」


 二人から介抱を受けていると、空が朝焼けの白に染まり出した。魔法学園の上空には魔導飛行船クルトメルズが現れ、ロープを伝ってアイが降りてきた。


「――称賛します。さすがはクー様です」

「……アイも無事だったか、良かった。一応聞いておきたいんだが、クルトメルズで周辺の救助活動とかってできるか?」

「――否定します。燃料の問題があるため、この場は帰還すべきです」


 そこをどうにかと思うが、俺含め仲間の疲労は限界だ。下手に動いて倒れて兵士に拘束されたら別の問題が起きてしまう。後ろ指引かれる思いで帰還の決断を下そうとすると、リーフェが俺から手を離して言った。


「クーちゃん、ここは私に任せて」

「リーフェ、いいのか?」

「私はここの指揮を任されていたから、最後まで皆を導かなきゃいけないの。本当はクーちゃんとお話していたいけど、今は我慢しなきゃ」


 立ち上がったリーフェの傍にマルティアが寄り添った。そして再会まで絶対にリーフェを守ると、頼りがいのある声で背を押してくれた。俺はイルンとアイの力を借りて飛行船へと乗り込み、甲板の手すりから顔を出した。


「また会おう、リーフェ」

「うん、絶対だよ。クーちゃん」


 俺はグリーベルに出航の合図を出し、エルフの国へと向かった。行く先の空には眩い朝日があり、爽やかな風と温かな光を全身で感じた。


「――――さぁ、帰ろう。俺たちの居場所へ」

 こうして、リーフェとの別れから始まった一つの物語が幕を閉じた。

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