第135話『取り戻したもの』※リーフェ視点

 …………エルフの国が襲撃される少し前、イルブレス王国は平和だった。家族で集まって団欒の時を過ごす者、月明りを肴に晩酌を楽しむ者、祝いの席で交流を深める者、大多数の人々が穏やかな時を過ごしていた。



「もうちょっとで、クーさんと会える」

 王城内の自室にて、私リーフェは書類整理をしながら月を見上げた。彼も同じ夜空を見上げているのかなどと、星々の煌めきに想いを馳せた。


 再会したらどんな話をすべきか、二人だけの時間は取れるのか。最優先はエルフの国を救うための作戦会議なのだが、どうしても思考が偏った。これでは初恋に翻弄される少女そのものであり、気恥ずかしく指と指をすり合わせた。


「パーティードレスは、さすがにおかしいよね。動きやすくて見た目が良いのは……そうだ。他国の調印式に着ていったアレがあったっけ」


 椅子から立ち、部屋に備え付けられているクローゼットを開けた。中には淑やかな印象がありつつ女性らしさもアピールできる儀礼用のドレスがあった。色はイルブレス王国の象徴である白を基調したもので、装飾は控えめだ。


 早速着付けを行おうと思っていると、扉がノックされた。その回数とリズムはとある人物の来訪を告げるもので、私は慌てて扉を開けた。


「ごきげんようですわ、リーフェ」


 廊下にいたのは使用人姿のマルティアさんだった。入室を促すと部屋の中に歩き進み、使用人として完璧な所作で待機した。何故ここに、何故そんな服を着ているのかと聞くと、マルティアさんは肩の力を抜いて答えた。


「狭い部屋にいるのが退屈だったので出てきましたわ。時代が変われどもこの城はわたしくの庭、抜け道などは手に取るように分かります」

 

 使用人服は道中で回収したらしい。途中で何人もの警備兵とすれ違ったが、誰一人として怪しむ者はいなかったとか。大したものである。


 不便な思いをさせたことに対する謝罪を述べると、「気にしてませんわ」と返事がきた。マルティアさんは私の部屋を軽く見回し、テーブルの上に避けていたドレスを手に取った。そして着付けを手伝ってくれると言った。


「良い縫製の品ですわね。クーも気に入りそうな意匠ですわ」

「べ、別にそういうために用意した品じゃ……」

「隠さなくても分かります。今のリーフェさんは初々しいので」


 図星を突かれ、顔が赤くなった。マルティアさんは楽し気に笑みをこぼし、儀礼用のドレスを持って着付けを始めてくれた。最初は明るく世間話を交わすが、途中でマルティアさんの声のトーンが真剣なものに変わった。


「警備兵の一人と仲良くなり、王城に関する話をいくつか耳に入れました。レイスを過剰に持ち上げる王に貴族に軍と、だいぶきな臭い空気ですわね」

「……彼の手が及んでいない王族は少ないと思われます。魔法学園にいる第一王女様と、同盟国に出ている数名の親族ぐらいなものかと」

「話をしてくれた警備兵も、知り合いが突然レイスの信奉者になったと語っていました。どこまで洗脳の手が及んでいるか、調査の必要がありますわね」


 マルティアさんは私にも注意喚起し、着付けを完璧に終わらせた。

 姿見の前にいる私はそれなりの見た目になっていた。これならクーさんに失望されず、エルフの国で恥をかくこともない。むしろタラノスで着ていたドレスよりも気に入ってもらえるかもしれない。そんなことを考えた。


「……記憶を失う前の私は、彼をどう見ていましたか?」

「わたくし的には背中を預け合える相棒といった感じでしたわ。彼の見た目があれでしたし、恋愛に発展するかは成り行き次第という印象でしたね」


 そう言い、マルティアさんは昔を懐かしむ声で言った。


「…………こうしてお話をしていると、昔のリーフェを思い出しますわね。歌姫の役割を遂行している時より、ずっといきいきしています」


 今の自分が元の印象に近いと知った。クーさんの前でも同じようにできるのか、別人だと見られて失望されないか、今更ながら心配になった。


「あの、マルティアさん」


 彼とどう接すればいいか助言をもらおうとした時、地鳴りが起きた。マルティアさんは体勢を崩した私に覆い被さり、冷静に音の出どころを探った。


 不気味な静寂が十数秒と流れ、今度は爆発が起きた。異変は王城内で発生しているらしく、あちこちで悲鳴が聞こえてきた。マルティアさんは「部屋の中で大人しくしているように」と言って扉を開けるが、私は引き止めた。


「ここにいるよりも、頼りになる方の傍にいる方が安全です」

「つまりわたくしに護衛をさせると、確かにそれも良い考えですわね」

「もしもの時は私の命令ということにします。……なので」

「脱走がバレてももみ消せますわね。実力を示す機会もありそうですわ」


 短く手早く、私たちは現在と未来に繋がる企みを交わした。

 マルティアさんは不敵に笑い、床に片膝をついて首を垂れた。


「――――承知しました。この身マルティア・フォン・ルドラ・イルブレスタは、歌姫リーフェ様の命で動きます。立ちふさがる敵は倒してご覧にいれましょう」


 元王族と元一般人、改めて考えると不思議な関係性だ。私は簡潔に契約の儀を済ませ、マルティアさんと一緒に部屋の外に出た。



 爆発が起きたのは玉座の間の近くで、そこには巨大な化け物がいた。外見はキメラの親玉とでも呼ぶべきもので、奇声を上げながら大暴れしていた。

 マルティアさんは神獣二体を召喚し、全身に魔導の甲冑を装備して駆けた。化け物相手に一対一の大立ち回りをし、負傷者を避難させる時間を稼いだ。


「ここはどうにかしますわ! リーフェさんは先に行って下さいまし!」


 その声に頷き、集まってきた兵をまとめて戦いの場から離れた。

 ある程度安全な場所に人を集め、王城内に人が残ってないか確認した。適切な役職・血筋の者がいれば対応を任せる気でいたが、現れるのは末端の者ばかりだった。不自然なほど上の立場の者がいなかった。


(…………これじゃあマルティアさんを助けに行けない。指揮系統的に皆を導く立場なのは、歌姫という特権階級を持つ私だ)


 そんなことを考えていると、街で火の手が上がった。各所で魔物の出現まで報告され、王城の広場に集まった兵士たちにも動揺が広がり始めた。


「――リーフェ様、我々はいったいどうすれば!?」

「――無事な兵を動員し、あの化け物を討ちますか?」

「――勇者様は! 勇者様はおられないのですか!?」


 王城には避難民が押し寄せているという。悠長にしていると板挟みで身動きが取れなくなってしまう。私は悩み決断し、毅然とした声で言い放った。


「――――このまま王城に留まると全滅の危険があります。私たちはただちにこの場を放棄し、避難民を誘導しつつ王立魔法学園へ移動します!」


 王立魔法学園は小高い丘の上にある。たくさんの人を呼び込める敷地面積があり、城壁並みに堅牢な塀も備わっている。距離もそう遠くないため、防衛陣地を形成するのには最も適した場所だと判断してのことだ。



 それからは目まぐるしく時が過ぎていった。

 私たちは魔物の攻撃を避けて魔法学園へと逃げ込み、避難民を受け入れながら果敢に戦った。遠方の王城ではマルティアさんと化け物の戦いが見えたが、ある時から動きが無くなった。私は無事を信じて歌魔法を発動し続けた。


「リ、リーフェ様! あれを見て下さい!!」


 兵士が指差した街の一角に、巨大な化け物が現れた。王城にいた個体とは別物であり、街を破壊しながら魔法学園へと向かってきている。


 私は歌魔法に力を込め、兵の戦闘力を底上げした。だが何時間も発声を繰り返していたせいで息が途切れ、喉の痛みで咳き込んだ。血反吐を吐く覚悟でさらなる歌魔法を発動しようとした瞬間、空から落雷のような轟音が聞こえてきた。


「――お、おい、何だあれは!? 新手の魔物か!?」

「――リーフェ様! 遠方から空を飛ぶ巨大な影が!」

「――あれは船か? 俺、幻覚でも見ちまったのか?」


 兵士が言う通り、そこには一隻の船がいた。外観は夜の闇のように黒く、船尾からは光の帯が伸びている。空飛ぶ船は瞬く間に魔法学園の真上を通り越し、王城へと向かっていった。すべては一瞬のことだった。


 甲板から四つの光が落ちていくのを確認した時、近場の兵士が声を上げた。気づけば巨大な化け物は魔法学園に近づき、丘を登り始めていた。奮戦虚しく塀の一部が破壊され、化け物の足と触手が敷地内に侵入してきた。


「リーフェ様!! 早くお逃げ下さい!!」


 兵士の声が、避難民の悲鳴が頭の中でこだまする。

 かき乱された思考は歌を歌う意思を奪い、身体の動きすら止めてしまう。呆然と地面に座り込むと、化け物が大口を開けた。私を喰い殺そうと巨体が沈み落ち、死を予感して目を閉じた。その時だった。


 一瞬、視界が眩い光に包まれた。化け物は奇声を発して身体をのけぞらせ、魔法学園の丘の下に滑り落ちた。入れ替わって聞き覚えのある声がした。


『――――悪い、助けに来るのが遅れた』


 目線の先にいたのは、神々しき光を放つ宝石の翼竜だった。

 私は救いの手を差し伸べてくれた相手がクーさんだと理解し、涙混じりの声を漏らした。兵士たちも避難民たちも動きを止め、宝石の翼竜を見上げていた。


『よく頑張ったな。後は俺に任せろ』


 クーさんは肩に腕にと魔物の頭部を配置し、一斉射撃を行った。それにより魔法学園の周辺にいた魔物と、地上を徘徊していた魔物が掃討された。

 化け物は高威力の水と炎を受けても死なず、身体の部位を無数に伸ばして反撃した。クーさんは冷静に対処し、魔法学園を守って戦ってくれた。


 絶望に差し込む光を見てか、キメラであるクーさんに向けて歓声が上がった。割れんばかりの声の圧に圧倒されていると、ふいに視界が揺れた。目を閉じると同時に浮かんできたのは、見知らぬ闘技場の景色だった。


「…………あれ」


 そこにいたのは大剣を持った人狼の姿のクーさんだ。すぐ傍には幼き日のココナさんもいて、私は戦況を読みながら歌魔法を発動していた。手にした勝利の余韻と重なるのは、私たちを称える生徒による歓声の圧だった。


 連動して思い出されたのは失われた記憶の数々だ。魔術学園での苦労や、アルマーノ大森林での出会い、すべてが濁流のように流れ込んできた。


「私は、リーフェだ。リーフェ・フォルテシィだ」


 クーさんとマルティアさんから聞いた物語と、過去の記憶が合致する。

 私はリーフェだと、当たり前の事実を得た。そして思いの限り名を叫んだ。


「――――クーちゃん! 頑張れ!!」

 失われた色が、止まっていた時間が、ついに動き出した。

 

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