第七章『カスタムキメラ』
第134話『魔導飛行船』
この光景は現在時刻のイルブレス王国であり、映像はエルフ同士の視界を共有したものを壁に映写したものだそうだ。これだけの異常事態があちらで起きているならば、リーフェとマルティアの二人と念話が通じないのは当然だった。
「……これは、いったい何が」
そう呟くと、近くにいたエンリーテが答えてくれた。
「これは恐らく、元の歴史にあった『イルブレスの大火』だろう。この出来事が発端となり、王国と帝国は全面戦争を始める。……だが」
「だが?」
「イルブレスの大火が起きるのは一ヵ月以上先のはず。わたしとマルティア様は、エルフの国の一件が片付き次第対応策の準備を始める気でいた」
イルブレスの大火にて首都は火に包まれ、大量の死者が出る。時を同じくして帝国が宣戦布告し、国境付近が乱戦となる。混乱の最中に国王の死亡が通達され、代理としてレイス・ローレイルが王国の実権を握り始める。これが元の歴史だ。
「……満月の夜に実行されるはずの襲撃が前倒しになったことといい、すでに大幅な歴史改変が始まっているのは間違いないですね」
「然り。もし不幸中の幸いがあるとすれば、それは街の状況だろうか。こちらに戦力を回した影響か、王城以外の被害が少なく見える」
いち早く救援に向かうことさえできれば、元の歴史で失われてしまった民を多く救い出せるはず。と、エンリーテが見解を述べてくれた。
「なら、転移魔法を使って人員を逐次投入すれば」
「それはわたしも提案したが、現状では無理だそうだ。何者かの手によって王城地下の石板が破壊され、転移の類はしばらく使用不能らしい」
「エルフの国にある飛行魔法に頼るのはどうです?」
「そちらも飛行時間の関係で難しいとのことだ。誰かを抱えて飛べばその分距離も時間も短くなる。到着は明日の昼過ぎとなるだろうな」
さすがに遅すぎる。そんな悠長なことをしている暇は無かった。
黒鱗のワイバーンに変身すればと思うが、これも人員輸送の問題が解決されていない。俺自身の消耗も大きく、まともに戦えるかも微妙だ。
いくつか考えを巡らせていると、会議室の扉がバンと開かれた。現れたのはお揃いの白衣を着たグリーベルとミルルドだった。全員の視線が集まる中、グリーベルは自信に満ちた顔で背をふんぞり返らせて宣言した。
「――――話は聞かせてもらったぞ! ようやく吾輩の出番だな!」
面喰う俺たちを横目に、グリーベルは会議室の真ん中まで歩いた。そしてドヤ顔を浮かべて指を鳴らし、ミルルドに一枚の紙を広げさせた。
そこに描かれていたのは船らしき物の設計図だ。タイトルが記載されている場所に目を通して分かったのは、『魔導飛行船』という文字列だった。
「…………魔導飛行船って、まさか」
俺はエンリーテと目を見合せた。グリーベルはここ数日エルフの力を借りて魔導飛行船の制作を行っていたことを説明し、先ほど調整が終わったと告げた。
「本当は満月の夜までに最終稼働試験を済ませるつもりだったのだが、まー問題あるまい。そうだろう、我が助手ミルルドよ」
「……ん、装甲の大半が代替品の木材だけど、飛行は可能なはず」
「吾輩の自動人形ほどではないが、これも歴史を揺るがす大発明だ! さーこの功績に畏怖し、万雷の喝采で褒め称えるがいい!」
「……博士は素晴らしい。……まさに前人未到の大発明家」
ミルルドがパチパチと手を叩き、アイもそれに倣った。
困惑が際限なく高まる中、族長とレレイドが前に出た。
「ミルルド、その件については何も聞かされていませんが」
「ねぇ、わたしもまったく聞かされていないんだけど」
「……族長、お姉ちゃん。……えっと、目が怖い」
ミルルドは職権乱用し、一部のエルフに協力を要請していたそうだ。後日家族会議の場にて、詳細説明とお説教を受けることに決まった。
俺はグリーベルの近くに移動し、すぐ飛ばせるか聞いた。答えは「当然に決まっているだろう」という頼もしさで、案内に従って外に出た。到着したのは大空洞の西側にある岸壁で、その手前にミルルドが立った。
「……今開ける。……少しだけ離れてて」
幻術系の魔法でも使っていたのか、土壁の一角が霞のように消えた。先に見えるのは真っ暗闇で、どれぐらいの広さがあるかも不明だ。グリーベルが魔法で明かりを灯して見えたのは、空間を埋める一隻の巨大な船だった。
「――――帆を張って風を受けるなど古臭い。この船は船尾に備え付けた魔石圧縮炉の力を推進に利用して空を飛べる。まー飛行継続時間には難があるが、それでもイルブレス王国になら夜明け前に着けるはずだ」
魔導飛行船の形状は三百年後の世界で目にした超ド級戦艦グレスト・グリーベンに似ている。相違点はサイズが十分の一にまで縮小されていること、甲板に武器の類が見当たらないこと、装甲が木製となっているところだ。
配色は全体的に漆黒色で、所どころに青色が差し込まれている。名は『クルトメルズ』、夜の闇より深き青という意味の名だと教えてもらった。
「…………クルトメルズ、これが俺たちの船」
いずれ帝国に出向く時、拠点をどこに置くかという問題があった。敵のキメラは神出鬼没なため、常に防衛に意識と戦力を割かなければいけなかった。でもこれさえあれば拠点を常に移動できる。最善ともいうべき解答だ。
「グリーベル」
「何だ、この偉大な発明家にどんな賛辞を――……」
「本当に助かった。これで俺は仲間を助けに行ける」
深く頭を下げるとグリーベルは唸った。返答はクルトメルズに乗り込みを促すもので、俺は翼を生やして甲板へ移動した。後から梯子を伝ってイルンとミルルドとレレイドが来るが、エンリーテは下に留まっていた。
「わたしはここに留まり、エルフの国の防衛を継続する。イルブレス王国を救って凱旋してきた先が更地となっては意味がないからな」
「分かりました。それじゃあ後を頼みます」
「我が王とこの時代の民を、どうかよろしく頼む」
クルトメルズには俺たちの他、量産型の自動人形十体が乗り込んだ。半数は船内に消えていき、もう半数は船の頭脳たる艦橋に移動した。
「――確認します。魔石圧縮炉稼働、全出力正常です」
「――確認します。現在装備は無し、戦闘能力は皆無です」
「――確認します。ご命令があればすぐ出港できます」
グリーベルは艦橋の中心部に備え付けられた椅子に座った。俺とイルンは端に移動し、テキパキ動く自動人形たちを眺めた。クルトメルズは十五分も経たずに前進を始め、岸壁の外に移動して漆黒の船体を外気に晒した。
「ふふふふ、天井が破壊されたのは僥倖だったな。当初の予定では事後承諾で出港用の穴を作るつもりだったが、面倒が省けてくれた」
グォンと船体が震え、クルトメルズが浮上する。数秒で十メートルを越え、一分経たずに大空洞の外に出る。代替品の木材ゆえかそこら中で軋み音が鳴るが、開発者であるグリーベルとミルルドは欠片も心配していなかった。
「――――では魔導飛行船クルトメルズ、出港だ!!」
グリーベルの宣言に合わせ、船体が急加速した。アルマーノ大森林の景色は風と共に流れ去っていき、エルフの国はものの数十秒で見えなくなった。
…………その後もクルトメルズは順調に航行を続け、数時間でイルブレス王国首都近郊にたどり着いた。地平線の狭間に燃える町と黒煙が確認されるが、王城はまだ影も形も見えない。焦りが際限なく高まってきた。
「グリーベル、このまま首都の上空に留まれるか?」
「そうしたいのは山々なのだが、今のクルトメルズは脆い。武器の類もないため、魔物に取りつかれれば数分と経たずに落ちるであろうな」
「じゃあここから飛び立つ、後は安全な場所に移動してくれ」
「まー待て。確かに留まることはできないが、最大速度で通過することはできるぞ。降下位置は首都の中心部、王城の付近で問題ないな」
リーフェとマルティアは王城の近くにいるはず。俺は即答で了承した。
イルンとミルルドとレレイドを連れて甲板に移動すると、焦げた臭いが鼻に刺さった。街のあちこちが火に包まれており、煙の柱が航行を妨げてきた。
クルトメルズは飛行能力を持った魔物に追われるが、持ち前の速力で振り切った。揺れる船体にしがみついていると、グリーベルの声が聞こえた。
『――――あーあー、聞こえるか。あと一分で目的の場所に着く。通過はほんの数秒だ。間違っても降りるタイミングを見逃すな。以上だ』
ミルルドとレレイドは魔法を発動し、背中に妖精のような羽を生やした。イルンは簡易的な飛行能力を持った氷の盾を出すが、指先が震えていた。この高度にこの惨状に加え、エルフの国からの連戦だ。精神的に限界だと判断した。
「イルン。無理そうなら、クルトメルズの護衛につくか?」
「いえ、行きます。ここまで来た以上、多少の無理はさせて欲しいです」
「分かった。じゃあ少しでも怖くないよう、一緒に降りよう」
「ありがとうございます。それなら行けます、頑張ってみせます」
俺たちは片手と片手を繋ぎ、同時の深呼吸で心を落ち着かせた。
クルトメルズは王城の上空に到達し、一気に高度を下げた。船首付近の装甲板に横切った魔物が衝突し、船全体が激しく揺れる。追撃を受けながらも進み続けた先に、目的の王城が見えた。周辺には恐ろしい数の魔物がいた。
「――――あそこだ! ミルルドとレレイドは町の人の救援を! 俺とイルンはリーフェとマルティアとの合流を目指す! 今だ、一斉降下!!」
手すりを乗り越えて空に身を晒した。入れ替わるように飛来した魔物の攻撃によってクルトメルズが炎に包まれるが、墜落せず飛び去っていった。
俺はイルンと頷き、繋いでいた手を離した。そしてキメラギドラへと変身し、襲い掛かってきた魔物を返り討ちにした。イルンは氷の盾をサーフボードのように使って降下し、ミルルドとレレイドは魔法で流れ弾を防いだ。
『――――俺たちの力で、この街を救うぞ!』
運命を変える長き夜、その最終決戦が始まった。
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