第133話『勝利の果てに』
あれからキメラの組織による襲撃は無かった。
激しい戦いの末にエルフの国は平穏を取り戻すが、結果は散々なものだった。岩盤の天井は完全に崩壊し、原型を保って残った住居はごくわずかだ。この惨状には俺も大きく関わっており、時が経つほどに胸が痛くなった。
「…………絶対に守るって約束したんだけどな」
罪悪感に苛まれながら瓦礫を片付けていると、三人のエルフが現れた。そのうち二人は見知らぬ夫婦で、もう一人は「皆を守る」と約束した子どもだった。
「……すいません、俺」
気まずく目線を逸らすと、エルフの家族は笑いかけてくれた。
「あなたのおかげで夫が助かりました。本当に感謝します」
「南の防衛線で命を救っていただきました。この御恩は忘れません」
「おにいちゃん! やくそく、ありがとうね!」
まっすぐな感謝に面喰った。家は天井の崩落で潰れたそうだが、命あっての物種だと言ってくれた。むしろ落ち込んでいた俺を励ましてくれた。
「それじゃあおにいちゃん、またね! ばいばい!!」
元気な声に手を振り返し、去っていく後姿を見送った。ずっと心の中で渦巻いていた罪の意識が解け、より頑張ろうという気力が湧いてきた。
一度ボロボロになった大樹へ戻ると、入口付近で声を掛けられた。そこにいたのはヘの字口で仁王立ちしているレレイドで、俺を睨んでいた。何か急ぎの要件でもあったのかと聞くと、親指をクイと大樹の方に向けた。
「地下室のアレ、早く何とかしてよね」
「アレ? ……って、あいつのことか」
「もううるさいのなんのって、暴れる音が上階にまで聞こえているのよ。外の作業はあたし達がやるから、先にあっちの方を優先でお願い」
レレイドは俺の横を通り過ぎ、三歩先の位置で足を止めた。
「……そういえばだけど、皆を助けてくれてありがとう。感謝するわ」
「え?」
「何でもない! それより、地下室の方はちゃんとしなさいよ!」
照れキレ気味に言い、レレイドは早足でこの場を去っていった。聞き返しはしたが今の言葉はしっかり耳に届いており、俺も小声で感謝を伝えた。
それから言われた通りに地下へと降り、目的地の牢屋部屋にたどり着いた。扉を開けた先にはカイメラがおり、俺を見るなり手を振ってくれた。
「――――あら、クーくん。数時間ぶりね」
カイメラは檻の中に敷かれた葉っぱのベッド上で寝そべっている。獣の手でクシクシ毛づくろいし、背筋を伸ばして大きく欠伸をする。完全に猫だ。
調子はだいぶ改善したらしく、声には張りがあった。俺は安堵しながら牢屋の前に立ち、不自由な思いをさせていることに対する謝罪を述べた。
「悪い。さすがにすぐカイメラを出すことは無理そうだ。今は俺以外のキメラに対する反感が高まっている。それが落ち着くまで待って欲しい」
「分かってるわ。ここ最近働き通しだったし、ちょうどいい休暇だわ。クーくんも無理に説得したりしなくていいわよ。余計な軋轢を生むだけだし」
「助かる。それで何だが、あいつの説得は進んでいるのか?」
「あー……うん、あの子ね。そっちはいずれちゃんとやるわ」
カイメラが苦笑した瞬間、真後ろからガァンと衝撃音が鳴った。振り返った先にいたのはチンピラ風の風貌をした人型キメラ、シメールだった。
「おぉい、カイメラ!! なんでてめぇがそいつと仲良くしてやがる!!」
シメールは西の森の一角で氷漬けとなっていた。カイメラとの約束を守るため殺さず運び、慎重に解凍を行った。大方の予想通り目覚めと同時に大暴れしたが、事前に弱体化の術式を大量に付与していたので抑え込めた。
魚介のキメラベリウスも捜索したが、こちらは足取りが掴めなかった。他の序列持ちのキメラ同様、あの仮面の男性が回収したと判断した。
「シメールちゃん、いい加減諦めなさいよ。あたしたちは負けたの。キメラの組織にも裏切られたし、次の居所を探す必要があるの。分かるでしょ?」
「気に喰わねぇ! オレはオレより弱い奴の下にはつかねぇ!!」
「じゃあ、イルンちゃんには従ってくれるのね。別にあの子の実力を軽んじているわけじゃないけど、まさか一対一で負けるとは思わなかったわ」
「…………っ! それは、だ……くそがっ!」
シメールは反論に詰まり、悔しく奥歯を噛みしめていた。
俺としてもイルンとシメールの勝敗は予想外だった。長射程の水レーザーに氷の鎖に一瞬だが時間停止が可能な魔眼と、この短期間で驚くべき成長速度だ。
(……着実に青の勇者の実力に近づいてるな。きっと俺が思っている以上に無理をしているはずだ。後でそこのところの話をするべきか)
シメールがだんまりを決め込んだことにより、カイメラと落ち着いて話せた。
帝国領内にあるというキメラの組織の本拠地や、今回の襲撃に関する詳細な情報や、仮面の男性が序列一位でクラインという名だと知ることができた。
「…………クライン、クラインか」
「どうしたの、クーくん」
「いや、ちょっと前に聞いた名だったからな」
かつてグリーベルと競い合った三人の研究者、そのうちの一人がその名前だった。グリーベルはクラインを人格者と称していたが、他人の腹の内など分からぬものだ。レイスと共謀している可能性を考慮すべきだった。
そんなこんな会話を続けていると、牢屋部屋の扉が開かれた。外から顔を覗かさせたのはアイで、会議室に集まるように言われたと教えてくれた。
「それじゃあカイメラ、また後でな」
「えぇ、頑張ってきなさいな」
カイメラが快く送り出し、シメールが無言で格子を蹴った。
俺はアイを小脇に抱え、風穴が開いた会議室の中に入った。
最初にイルンが声を掛けてくれるが、その表情は暗かった。集合の要件について聞いてみると、おもむろに壁の一点が指差された。そして驚愕した。
そこに映し出されていたのは、炎に包まれたイルブレス王国の王城だ。空には何十体も魔物が飛び交い、周辺の町ではキメラが暴れている。果敢に戦う兵士に怯え逃げ惑う人々と、かなり切迫した状況となっていた。
――――――――――
これで六章は終わりです。合計三十話、ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
次章は第一部最終章となります。それほど話数はない予定ですので、間に休みは入れずこのままの投稿頻度で駆け抜けます。お付き合いいただければ幸いです。
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