第132話『ターニングポイント』

 光と光が爆ざり爆ぜ、衝撃波は乱気流を巻き起こす。飛び散った魔力は光の粒子となり、威力を保ちながらエルフの国へと降り注いでくる。

 天井の岩盤に光の粒子が当たり、崩落で大量の土砂が流れ込む。残った木々の住居も潰れ、瓦礫すら土に呑まれる。何もかもが消えていった。


「これじゃあ何も、何も変えられてないだろが!!」

 このままではエルフの国は崩壊する。同じ道筋を歩んでしまう。


 今すぐにでもあの狂星を撃ち落としたいが、水神龍の息吹でも威力不足だ。輝きは徐々に徐々にと近づき、逃れられぬ死を伝えに落ちてくる。

 俺は全力のさらに上を意識し、水神龍の息吹の術式精度を向上させた。微かに狂星を押し返すが、対抗してコタロウが神剣の力を解放した。


「――――この、くそ野郎がぁぁぁぁぁ!!!」

「――――死ね、人の姿をした化け物ぉ!!!」


 初めて、本当に初めて『人』を許せなくなった。

 今まではコタロウの立場や心情を考慮し、仕方ないと割り切ってきた。記憶喪失のリーフェの傍でパートナー面をしていることも、仲間を危険に晒されたことも、会話の余地なく切り掛かってきたことも、全部許してきた。


 でも今回ばかりは話が別だ。俺とこいつは相容れないと分かった。

 怒りで我を忘れかけた時、カイメラが腰に回した手に力を込めた。


「…………クーくん、少しだけ話を聞いてくれる?」


 カイメラの声は弱弱しかった。気づけば背後から光が発せられていた。振り向いて目にしたのは、儚げな光に包まれたカイメラの姿だった。


「……何だよ、それ」

「あたしの手持ちにはね、『自分の命を魔力に変換して他者に分け与える』能力を持つ魔物がいるの。あたしの魔力は無くなったから、これが精いっぱい」

「自分の命って……」

「このままじゃあ、あの光に呑まれる。あたし一人の命を捧げたところでたかが知れてるけど、あがきもしないで死ぬよりはずっといいわ。……でしょ?」


 ニコリと、母が子を思うような笑みを浮かべた。それはカイメラという少女の出発点の光景、一つの命が終わりを告げた瞬間の輝きだった。


 カイメラの身体の輪郭は曖昧になっていき、代わって俺の魔力が回復する。水神龍の息吹の威力は増すが、それどころではなかった。今すぐにでも馬鹿なことを止めさせたかったが、魔法の発動を止めれば二人一緒に死ぬだけだ。


「……ねぇ、クーくん」

「なん、だよ」

「…………あたしね、ようやく思い出したのよ」

「なにを」

「…………ずっと忘れていた名前と、大切な記憶」


 俺の背中に頬をすり寄せ、カイメラは耳元でささやいた。


「――――あたしの昔の名前はね、『ネーラ』っていうの。帝国領の僻地に領地を持つ貧乏貴族の生まれで、優しい家族に育てられた一人娘よ」


 ネーラは日々を幸せに生きていた。が、ある日キメラが町に現れて何もかもを食い尽くした。買い物に出ていたネーラも襲われ、一度は取り込まれた。


 しかし神の奇跡か運命のイタズラか、ネーラは元のキメラの意識を跳ねのけて身体の主導権を得た。だが人の身には耐え切れぬ力の波動に翻弄され、町の人々と自分の両親を殺すほどに暴走を続けてしまった。


「お母さんの名前はノーラ。お父さんはシーザリオって言うの。片づけが苦手だったあたしをお父さんが叱って、お母さんがいつも助けてくれて」

「…………」

「町には美味しいパン屋さんがあって、町角にはお花屋さんがあったわ。お母さんとお父さんと手を繋いで……、夕焼けの町を眺めて……それでね」

「…………っ」


 一つ一つ、ネーラだったころの記憶が紡がれた。

 声は次第に小さくなるが、俺は聞き逃さなかった。


「……本当に懐かしくて、素敵な思い出たち。最期にようやく取り戻せたわ」

 最期。その言葉を耳にした時、俺はこらえきれず叫んだ。


「この戦いが終わったら一緒に行こう! 元々帝国は怪しいって、いずれ出向くつもりだったんだ! カイメラが道案内をして、それで!」

「あの町には何もないわ。だってあたしが全部壊したんだもの」

「分からないだろ!! 時間が経って新しい人が来たかもしれない! 生き残りが町を再建したかもしれない! まだ何も分からないんだ!!」


 叫ぶほどに声が震えた。視界が潤んでよく分からなくなった。


 グチャにグチャな心情とは相反し、戦いの様相が変化した。最大火力を超えた水神龍の息吹は七色の狂星を貫き、花火がごとき閃光を夜空に瞬かせる。

 俺は構えを解き、瀕死のカイメラに向き直った。力を失って倒れ込む身体を支えるが、腕に伝わる体重は軽かった。目を離せば消えてしまいそうだった。


「まだだ! まだカイメラはここにいる! 助けられる!!」


 魔力の送り込みが止まったからか、身体の消滅が遅くなった。だが残された時間はあと数分も無いと分かった。急いでエルフの族長を探しに移動しようとするが、行く手を阻むようにして最悪の敵が降りてきた。


「まさかアレを消されるとはな。でもカイメラ共々限界のはずだ。ここでお前らを討って長きに渡る戦いを終わらせる。覚悟しろ、キメラ共!」


 コタロウは神剣を上段に構えた。反撃に使う余力はなく、俺はカイメラを抱えて背を向けた。そこに容赦無き刃が振り下ろされ、寸前で止まった。


「――質問します。勇者は世界を救う存在だと聞きました。それが何故、志を共にするクー様を切ろうとしているのですか? アイは理解できません」


 俺とコタロウの間にアイが割って入ってきた。

 両腕を大きく広げ、切るなら切れと言わんばかりに立ちふさがった。パッと見の容姿が人間にしか見えないからか、コタロウは剣を止めてうろたえた。


「君は何者だ。どうしてそのキメラ共を守る」

「――回答します。アイはグリーベル様が生み出した最高傑作であり、クー様の行く末を見守る者です。エルフの国では西の防衛を任されておりました」

「エルフの国? ここにはキメラの拠点が……」

「――補足します。我々はエルフの国を守るため、魔物の大群と戦っていました。つまりあなた様の攻撃は理解不能、許しがたい行為だと断言します」


 口調は平静だったが、明らかに憤慨していた。コタロウは意味が分からないといった顔で周囲を見回し、大空洞の各所に残る人の生活の痕跡を見つけた。


「な、なんだこれは? オレは命令で、ただ皆を救うために……」


 エルフの国の住民が避難しているとは露知らず、罪の意識に苛まれていた。次第に身体をよろけさせ始め、声を掛ける間もなく飛び去っていった。

 これで脅威は去るが、カイメラはもう限界だった。

 名前を呼んでも目を開けず、俺は床に拳を叩きつけた。


「何も出来無いのかよ! くそっ!!」


 無力感に苛まれていると、アイが俺と目線を合わせた。


「――提案します。グリーベル様の研究では、瀕死のキメラは同種のキメラを喰うことで身体を再生させることが可能とのことです。カイメラ様にキメラを食べさせることができれば、一命をとりとめることが可能かもしれません」


 それは一筋の光明ともいうべき発言だった。でもそれは難しかった。

 今この場にいて、カイメラに喰わせられるキメラなどいないからだ。


 一か八か大森林に繰り出そうとした時、俺たちの前に影が落ちた。岩盤の縁から飛び降りてきたのはエンリーテで、その手には一体のキメラがいた。


「エンリーテさん、それって……」

 とっさに指を差すと、エンリーテが答えてくれた。


「強いキメラを君が喰えば強力な力を得られるのではと考え、人型キメラ一体を捕獲した。もし必要無ければ適当に処分するが、どうする?」

「……も、もらいます! 本当にありがとうございます!!」

「ふっ、そこまで感謝されるとはな。もっと多くのキメラを捕獲したかったが、脆過ぎて一体が限界だった。我が身の未熟さを恥じるばかりだ」


 エンリーテの手にあるキメラはアイが回収してくれた。

 俺はカイメラを無理にでも起こし、刻んだキメラの血肉を食べさせた。最初は何の変化も無かったが、肉片が減るほどに身体の輪郭が戻り出した。


「…………あれ、あたしは……どうして」

「カイメラ!」

「…………クーくん、ちょっと痛いんだけど」


 放心状態のカイメラを抱え、無事を喜んだ。時が経つほどに仲間が集まり、避難していたエルフたちも戻ってきた。俺たちは生き残った。

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