第131話『勇者とキメラ』

 …………エルフの国の遥か上空、そこに勇者コタロウがいた。

 相対するのは鳥の魔物を主体とする人型キメラだ。鳥のキメラは風と雷の魔法を幾重にも放ち、圧倒的な空戦能力でコタロウを地表に落とそうとした。だがそれらの攻撃は神剣の守りを突破できず霧散した。


「弱いな。序列六位でもこんなものか」


 コタロウは神剣の光を高め、眩い閃光で鳥のキメラの目を焼いた。動きが止まったところに飛ぶ斬撃を放ち、鳥のキメラを頭から股下まで両断した。


 勝利の余韻に浸るコタロウの耳に聞こえたのは、淡々とした拍手の音だ。現れたのはワイバーン型の魔物を使い魔として使役する男性であり、コタロウのすぐ傍に降りてきた。そして鷹揚な声と態度で称賛を述べた。


「いやはや、素晴らしい。さすがは王がお認めになった逸材ですな」

「ダッドリー卿、恐縮です」


 レイスの眷属であり傀儡、中太りの貴族男性ダッドリーがそこにいた。その後方には護衛の騎士たちがおり、一様にコタロウを褒め称えた。


「――勇者様こそ、我らがイルブレス王国の希望!」

「――世界を混迷に陥れるキメラに、正義の鉄槌を!」

「――同僚の仇を取って下さい。どうかお願いします!」


 全員の目は虚ろだったが、夜の暗闇のせいで表情の識別は困難だった。

 コタロウは意気揚々と頷き、ダッドリーたちに背を向けて神剣を構えた。


「……本当にこんな場所にキメラの本拠地があったとは。実際に序列持ちのキメラと会うまでは半信半疑だった。さすがはレイスさんだ」


 タラノスから王都に帰還してすぐ、コタロウはレイスに呼び出された。話の内容は水明の迷宮内で取り逃した灰色髪の人型キメラについてだった。


『――――あの人型キメラは死んだ、確かにそう報告を受けました。ですが王国に届いた情報では、件の人型キメラの目撃例が多数ありました』


 レイスは虚偽の報告をしたのではないかと問い詰めた。コタロウは罪の意識に耐え切れなくなり、タラノスでの出来事を詳らかに説明した。


『……ミスは誰にでもあるもの。ただそれを隠そうとするなら話は別です。あなたには期待していたのですが、誠に残念です』

『申し訳ございません!! いかなる処分も受けます!』

『ことはそう簡単ではない。と、言いたいですが挽回の機会はあります。実はつい先日、キメラの組織の拠点を特定しました』

『キメラの拠点を? それじゃあ……!』

『はい。あなたにはキメラの拠点を叩いていただきます。これは極秘の作戦となるため、決して誰にも話をしてはいけませんよ』


 万が一にも情報漏洩が起きぬよう、作戦開始までレイス以外の相手との交流を断つことになった。最も親しい友であるココナにも話をしなかった。

 作戦の決行は早朝となり、長い時間を掛けてここまできた。後は全力の一撃を放つだけでこれまでの失態をもみ消せると、コタロウは焦り勇んだ。


(……俺は勇者だ。皆を救って、世界に希望の光を見せるんだ)


 余裕なきコタロウに、森の様相を確認する余裕はなかった。

 逃げ惑う人影も暴れ狂う魔物も、等しく討伐対象に見えていた。


「一分後にここを消し飛ばします。皆は離れて下さい!」


 コタロウは神剣の輝きを強めた。これまでは地形の被害を考慮して威力を抑えていたが、今なら全力を出し切ってすべてを破壊できる。


 刃からは膨大な魔力が溢れ、夜空が真昼のように照らされた。コタロウは神剣を両手で掴み、刃を前に向けた状態で引いた。慎重に狙いを定め、地表に向かって突き出そうとした。その瞬間、地上で青い光が煌めいた。


「…………あれは」


 一瞬だけ手を止め、直後光の正体に思い当たった。


「――――あいつは!」


 勇者の名に泥を塗ることになった元凶があそこにいる。あのキメラを殺せばすべてを取り戻せる。コタロウは最重要討伐目標を定めた。



 …………七色の狂星の輝きに合わせ、俺は術式を構築した。

 今ここであの攻撃を止めなければ終わる。エルフの国は破壊し尽くされ、避難中のエルフたちは余波で焼かれ、仲間たちもろとも全滅する。


(急げ急げ急げ急げ急げ!! もっと早くだ!!)


 叫びはもう届かない。逃げたところで間に合わない。ならやれることはただ一つ、真正面から七色の狂星を撃ち破って勝つ他なかった。


 俺は特大の魔法陣を展開し、その数を二つ三つと増やした。最大威力の水レーザーならギリギリ射程が足りるが、完全に威力不足だ。このままでは直撃と同時にかき消され、エルフの国もろとも消し飛ばされる。


(これだけじゃまだ足りない。何か……何か無いのか!)


 手持ちの魔物の部位ではどうにもならない。エルフたちは避難したため、連携を取って対応することもできない。俺だけでは手詰まりだった。


「……まったく、本当に仕方ないわね」


 絶望しかける俺の背中に、カイメラがそっと寄り添った。

 獣の手を腰に回し、肌と肌を通して魔力を流し込んでくれた。


「あたしの力をクーくんに送るわ。好きに使ってちょうだい」

「……けど、これでもまだ……!」

「ならやれるだけのことをしましょう。一緒なら怖くないわ」


 凛とした声音だった。俺は折れかけていた心に活を入れた。改めて狂星を見定め、現状最高火力の水レーザーを放とうとした。すると声が響いた。


『――ボクの思いを、最期の力を君に授けよう』


 声の主は青の勇者だった。二の句は聞こえてこなかった。

 最初は幻聴かと思うが、脳内には新たな術式が浮かんできた。


 俺は展開した魔法陣の術式を再構成し、さらに数を増やした。これより作り出すのは超超高密度の水による砲撃、かつて青の勇者が大森林の一角を破壊した大魔法だ。あの時耳にした詠唱を、俺は全身全霊で叫んだ。


「――――砕け、爆ぜろ! 撃ち放つは水神龍の息吹!!」


 手先から特大の水レーザーが発射され、夜の闇を流星のように突き抜けた。

 時を同じくして七色の狂星が落ち、二つの光が大森林の空で衝突した。

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