転生するのも業次第

若取キエフ

第1話



「いらっしゃいませ。新規のお亡くなりの方はこちらのゲートをお通り下さい」



 係員と思われる女性に誘導されるまま、俺は遊園地の入り口ばりに煌びやかなゲートを潜る。


 ゲートを抜ける際に【☆★ようこそ死後の国へ☆★】と、ポップなデザインで書かれた看板を見て俺は首を傾げた。


 ここはどこなんだ?

 そんな疑問が頭をよぎり、俺は覚えている限りの記憶を掘り返してみた。




 俺は先程まで会社の同僚とファストフードで昼食を食べていたはず。


 あれは……そう、俺がハンバーガーとビールの相性について語っていた時だ。


 ハンバーガーのバンズとビールは同じ麦から作られた物だから合わないはずがないのに何故ファストフードではアルコールを販売する店が少ないのかと同僚の女に小言を言うのだが、そもそも酒が好きではない彼女は恐ろしく塩対応で「別にどうでもいい」と、俺のベストマッチ談義を一蹴したのだ。



 ……掘り返したら結構どうでもいい記憶だった。



 いや待て待て。


 え~、その後昼食を終えた俺達は会社に戻る為横断歩道を歩いていると、急に車が信号を無視して同僚に突っ込んで来たから咄嗟に庇って……それで。


 あ、なるほど。


「俺、死んだのか」


 そこで俺はようやく気づいた。

 さっきから縁起の悪いワードが飛び交うと思ったら、ここは死んだ後の世界か。


 俺は納得しながらゲートの向こうに広がる広大な敷地を見た。


「にしても、だ」


 ジェットコースターや観覧車、その他心ときめくアトラクションに加え、あちこちにジャンクフードやよく分からんグッズを売る出店などが見受けられる。


 そんな、あまりのアミューズメント過ぎる現状に思わず声が漏れた。


「思ってたのと違うんだよな~……」


 もっとこう、禍々しい門を潜った先は阿鼻叫喚ひしめき悪鬼羅刹はびこるオドロオドロしい場所を想像していたのだが、蓋を開ければマスコットキャラが描かれた可愛らしい入場ゲートに、アトラクションでキャーキャー叫ぶ黄色い声。


 別に自ら苦行を望んでいるわけではないのだが、あの世はもっと人智を超えた超常的な現場だとイメージしていただけに肩透かしを食らった気分だ。


 と、複雑な気持ちで感慨に浸っていた時。


「お客様、何かお困りですか?」


 後ろから従業員と思われる制服を着た女性が声をかけてきた。


「あ~、俺気づいたらここに案内されて、これからどうしようかと思ってたとこです」


「なるほど、新規にお亡くなりになった方ですね」


 逆に新規以外で来る人いるの? 


 と、ツッコみたくなる内容だが、そんな事よりも俺は、その女性の言葉で確信してしまった。


 これは夢ではなく、俺は本当に死んでしまったのだと。


 呆気なかった。もう少し色んな事やっておけばよかった。

 そんな感傷に浸っている中、従業員の女性は俺に語り掛ける。


「でしたらまず、ここを真っ直ぐ向かった先にある中央入口に受付がございますので、そちらのほうで入会手続きを済ませて下さい」


「入会手続き……ですか?」


「はい。手続きが完了したのちに、お客様がどこへ転生されるか審査致しますので」


 転生って、生まれ変わるのに手続きが必要なのか……。


「詳しくはフロントの者が説明致しますので、どうぞあちらへ」


 と、女性は中央口まで俺を誘導した。







 中央口に入ると、奥行きのある開けた場所にホテルのような畏まったフロントがあった。


 一先ずは受付のお姉さんに事の顛末を伝えてみる。


「あの、すいません、俺どうやら死んだらしいんですけど」


 自分で言っといて何だが、何言ってんだ俺、と自分にツッコんでしまう。


 だが受付の女性は何食わぬ顔で俺に対応するのだ。


「かしこまりました。こちらのご利用は初めてでいらっしゃいますか?」


 いや、だから、初めてじゃない人っているの?


「はあ、まあ多分、初めてだと思います」


「では入会にあたってのご説明をさせて頂きます」


 何だろこの親近感。ネット契約する時みたいな。


「まず、いくつかお渡しする書類を記入したのち、あちらでお客様の顔写真を撮らせて頂きます」


 女性が向けた手の先を見ると、列に並んだ人達が小さな個室に入り一人ずつ写真を撮っている姿があった。


 車の免許取る時に見た光景だ。


「撮影が済みましたら私共のほうで顔認証させて頂き、お客様の身元確認及び個人情報を調べさせて戴きます」


 顔見ただけでそこまで分かるのか。すげえなあの世。


「その後、お客様の経歴に見合った転生プランをご用意させて頂きますので、そこまで準備が整いましたらもう一度こちらのフロントまでお越し下さい」


 と言って渡された書類に目を通す。





 俺はしばらく、空いているスペースで書類の空欄を埋めているのだが。


 住所、氏名、電話番号、性別、国籍、最終学歴や職歴まではいい。死んだ後もこの情報が必要なのか知らんけど、まあいいだろう。


 だけどその後の、『転生後のステータス』というのが謎なのだ。


 記入欄に行きたい世界や国、転生するにあたっての性別や年齢の変更、取得したい剣や魔法などの技術等々……堅苦しい書面の中で急にファンタジー要素ねじ込んできたわけだ。


 あれか、漫画やアニメ、ラノベ小説なんかである異世界転生ってやつが実現出来る仕様なんだろ。


 大体主人公だったら、ここで類稀なる才能、いわゆるチートなるものが開花して転生した世界で俺TUEEE出来るやつだ。


 ただ生憎と、俺ゲームとかあまりしないし、好んで戦いを挑む戦闘狂じゃないし、相手を一方的にいたぶる趣味もなければ虫もまともに触れない程度には潔癖だ。


 そんな俺がモンスター闊歩する荒々しい世界へ舞い降りようものなら、ものの数分で自殺を志願するくらい絶望的な来世を謳歌する羽目になるだろう。


 ここは無難に住み慣れた日本で、可愛いベイビーとして生まれるのが得策。


 そう思って、残りの空欄を埋めるが……。


「……魔法、魔法か」


 せっかくだからと、俺は少しファンタジー色を出してみようと思い技術の欄に魔法を記入した。







 書いた書類と顔写真をフロントに渡した後、数分しないうちに結果が出た。


「お待たせしました。お客様の身元の確認が取れましたので、これより転生プランをご紹介させて頂きます」


 いよいよ俺の第二の人生が始まるのか。

 そう思うと、特に興味のなかった転生イベントにもわずかばかり胸が躍る。


「ではまず、お客様の記入された書類を拝見しました所、取得したい技能に魔法と書かれておりましたので、それに見合った世界をご用意致しました」


 なるほど、つまり剣と魔法でファンタジーするゲームのような世界に転生するわけか。


「そしてお客様の経歴に見合った転生先ですが……」


 はたして俺はどんな能力を授かった人間になるのか。


「衰退した農村で作物を育てるハーフリングの青年か、人間との領土争いで敗れた村に生きるゴブリン族の若き衛兵の二択になります」


「…………えっ?」


 俺は思わず声が漏れた。


 笑顔で薦めてくる受付嬢の言葉に理解が追いつかなかった。


 まとめてみよう。まず候補に上がった、農村でハーフリングとして生きる道。ハーフリングってあれだ、よくファンタジーものの作品に登場する、人間の半分くらいの身長の小人だよな。あれってどうなの、器用だとか素早いとか、作品によって特徴が異なるけど、それ以前になんか格好良くないイメージだな。



 で、もう一つの候補、人間に領土を取られた村で生きるゴブリンの衛兵だけど、兵士ってだけで前者のハーフリングよりは強そうだし待遇も良いのだろう。ただ、見た目の問題だが、ゴブリンもファンタジー世界お馴染みのありふれた種族だが、全作品通して醜悪な化け物として描かれている。もうそれだけで転生する気が失せるな。



 いや、それ以前に一つ言いたい事がある。


「人間ですらないのかよ!」


「ひぃっ!」


 思わず放った怒号により、受付の女性は身を縮こませ怯えた表情になる。


「も、申し訳ございません。こちらとしても最善のプランをご用意したいのは山々なのですが、前世でお客様の培った技能や知識、経済力などを換算した結果、今の所この二つしかご用意出来ない状況でして……」


「俺の築いた人生はゴブリンと同等かよ!」


「ひぃっ! すみません!」


 女性は完全に委縮してしまった。


 この人が悪いわけではないのだけれど、言わずにはいられなかった。


 俺は溜息を吐きながら、自分の書いた書類を見直す。


 ……完全に魔法が足引っ張ってるだろ。


「あの、この取得したい技能を消したら転生先って増えます?」


「はい勿論。別世界へ渡るようでしたら特に飛び出た能力のない一般人くらいにはなれますし、お客様の元居た世界で生まれ変わる事も可能です」


 なら、もうそれでいいんじゃないか?

 と思い、魔法のチェック項目の取り消しをお願いしようとした時。


「それか、この施設でスキルを取得すれば新たな転生先が増えたりもしますよ?」


 と、第三の選択肢を出してきた。


「この施設って、この遊園地でですか?」


「はい。こちらが運営しますアトラクションは一見娯楽の遊び場ですが、そのあまりの激しさ故に気絶する方や軽い精神疾患にかかる方が大勢いらっしゃいます」


「大勢いらっしゃるの? ダメじゃん!」


「ええ、ですがそれによって強靭な忍耐力が鍛えられ、また、新たな能力に目覚めるお客様もいらっしゃいますので、ご自身の道を広げる為に多くの方がアトラクションに挑戦しております」


「ええええ……」


 なんだこの賭け。才能のない人間は命をかける必要があるのか。

 外から聞こえた絶叫はガチの悲鳴だったわけだ。


「ご安心下さい。こちらの運営するアトラクションや飲食店は全て無料なので、いつまででも滞在して構いません。また、お客様はすでにお亡くなりになっておりますのでこれ以上死ぬという事はありませんので」


 安心要素があまりない……。

 けど、時間制限がないっていうのはありがたい。


 ここでまったり気絶でもしながら、新たな力の目覚めに夢見るのも悪くはないか。

 もしくは再び日本人として、来世の自分に賭けるか。


「お客様、いかがしますか?」


「俺は…………」







 その後、結局答えは保留にした。


 住み慣れた世界で平凡に来世を過ごすのが無難だけど、ワンチャン自分の可能性に期待してみるのもいいかも知れない。


 そんな事を考えたら、急には決められなくなった。


 まあ時間はあるのだから、何回かジェットコースターあたりを挑戦してみて、ダメだったら元の国へ帰ろう。


 そう思い、余った時間をどう使うか考えながら、俺は近くのベンチに腰掛けた。


 ケータイは使えないし、特に腹も空いていない。


 俺は外の遊園地的な風景を眺めながら、ふと思う。


「あいつ……無事だったかな」


 俺が庇った同僚のやつはあの後どうなっただろうか。


 ここにいないって事は無事なんだろうけど、怪我とかしてないかな。


 別にそこまで仲の良い関係ではなかったけど、同じ年に入社した同期だし、せめて葬式くらいは出席してくれるだろうか。


 父さんと母さんはどうだろう。

 色々苦労をかけたけど、結局親孝行出来ずに終わったな。


 たしかに、受付の人が提示した通りの人生レベルだったかも知れない。


 俺は何も、やり遂げてはいないのだから……。


 そんな事を考えながら黄昏ていると。


「あ、いた! お客様!」


 先程の女性が慌てた様子で俺の元へ向かってきた。


「どうかしましたか?」


「いえ、先程構内放送があったのですが……数分前にお客様の身体が息を吹き返したそうなのです」


 俺は呆気に取られた。


「え、と言うと?」


「直ちに施設の入り口までお戻り下さい! 早くしないと二度と戻れなくなります」


 女性は急かしながら、最初にここへ来た場所まで俺を誘導する。


 俺が考察していた第二の人生プランは全部おじゃんになったようだ。







 先程通った入場ゲートを出たところで、何処からか声が聞こえてきた。


『起きて! 起きなさいよ!』


 それはすごく聞き覚えのある声で。


『私を庇って、あんたが死んじゃったら意味ないじゃない!』


 必死そうに俺に訴えてくるのだ。


 ああ、そう、同僚の声だ。今や魑魅魍魎に片足突っ込んでる俺に向かって何度も。


 俺が溜息を吐いていると、


「向こうで帰りを待つ人がいるというのは、とても良いものですね」


 横で聞いていた受付の女性はにこやかに微笑んだ。


「あの、なんか色々お手数かけてすみません。せっかく来世のプラン考えてくれたのに」


「気にしないで下さい。本来あなたが来るには早すぎる場所ですから」


 と、俺の謝罪に笑顔で返す。


「次に来るときは、たっぷり人生経験を積んでからお越し下さいね」


 そしてその女性が一礼すると同時に、俺の視界は真っ白になった。








 気がつくと、俺はベッドの上だった。


「あ、起きた!」


 隣りには俺の同僚が涙目で立っている。


「バカ! 勝手に私の身代わりになって全然起きなくて……どんだけ心配したと思ってるのよバカ!」


 寝起き様に罵声がすごいな。

 しかし何というか。


「お前が、心配?」


 普段俺に対して素っ気ない反応しかしないこいつがか?


「したに決まってるでしょ! あんたがいなくなったら、私……」


「え、何?」


 何この声のトーン。急にしおらしくなったぞ。


「な、なんでもない! さっさと怪我治して会社に復帰しなさいよね!」


 と言って彼女はそっぽを向いてしまう。


 何だこいつ。さっきから蘇りし恩人に対しての態度とは思えない起伏の激しさだな。


 と、少しばかり不満を胸に抱えていた時。

 ふと、後ろ向きの彼女はぼそりと呟いた。


「……生きてて良かった」


 わずかな声量で、しかし確かに俺に向けて発せられた一言。


 俺はなんて返せばいいのか分からず沈黙してしまう。


 彼女もまたこの空気が耐えらえなかったのか、そのまま何も言わず出て行ってしまった。




 先程の、転生やら遊園地やらの出来事は夢だったのか、はたまた本当に死後の世界だったのかは分からない。


 けれどもし本当だとしたら、なかなか夢のある話じゃないか。


 これから先の人生を頑張れば死んだ後、せめて優秀な人間くらいには転生させてもらえるだろう。……それに。


「生きてて良かった、か」


 今の人生も悪くないと、そう思えた。


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