もうどうしようもない小説は修復師に依頼してみては?

ちびまるフォイ

カクヨムの修復師

カクヨムに投稿されている作品群は35万4千作品以上。


その中で数作品が書籍化や漫画家、アニメ化などの日の目を浴びる。

けれど、35万もの作品のうち30%ほどは……。


削除されていまったり、更新がされなくなった作品である。


「あの、あなたが小説修復師ですか?」


「はい、そうです」


「じつは……修復してほしい作品があるんです!」


客は更新が3年前からされなくなった作品を修復師に見せた。


「ずっと好きだった作品で、毎日更新を追いかけるほどハマってたんです。

 でも新章がはじまってから更新頻度が徐々に落ちてきて……。

 もう更新されなくなってしまったんです」


「これを修復すれば?」


「はい……できますか?」


「もちろんです。ただし、一つだけ条件があります」

「条件?」


「修復するのは1回までです。

 2回目は修復ではなく改変になるので受けません」


「わかりました!」


客が小説修復師に相談してから数日後。

完全に息絶えていたはずの作品が更新されていった。


「すごい! 私が求めていたもの!」


旅の途中で終わっていたはずの作品だったのに、

まるで違和感なくそこから続きが書かれ始めていた。


客は更新を毎日たのしみにしていた頃が戻ってきたようで嬉しかった。


このことを他の人に話すと、

客と同じように追いかけていた過去の作品を修復師のもとへ持ち込む客が増えた。


「この作品、修復できますか!?」


「これは……わりと最近まで書かれていますね」


「でもクソつまんないんです……。

 昔はシンプルでわかりやすかったのに、

 最近の作風はカタくて、説教くさくてつまらなくて……」


「小説修復によって、当時の勢いのある面白さを取り戻してほしいと?」


「できますか?」


「もちろん。ただし、2回目となる再修復は受けていませんよ」


「はい!」


小説修復師は最近まで連載されていた最新話の方から逆読みし、

連載当初の作風を理解して作者の意図や気持ちをくみとりつつ、

作風を崩さぬようにしつつ当時を再現していく。


けして修復師の「色」を出すことはしない。

かぎりなく自分の書き味を殺し、当時の作者をトレースして修復を続けた。


数日後、修復された作品を呼んだ客が大喜びでやってきた。


「ああ修復師さん! 読みました! 最高です!!」


「よかったです、修復したかいがありました」


「私が依頼してない身だったら、修復されたかなんてわからなかったですよ。

 本当に当時の作者が戻ってきたようでした!」


客のうれしそうな反応に修復師も心が暖かくなった。


小説修復師はますます人気となり、

修復された作品だけを好んで読む人も増えるほどに。


修復師のおっかけいわく、


「どれだけ再現されて、スムーズで高品質に修復されているか。

 作品を通して修復師の表現力が見えてくるのが楽しいんです」


という。



しだいに忙しくなる小説修復師だったが、ある日のこと。


「おい! お前が小説修復師だな!」


「え、ええ……小説の修復依頼ですか?」


「だれがそんなことさせるか! これを忘れたとは言わせないぞ!」


男が見せたのはかつて修復した作品だった。

話数が更新されるにつれ、つまらなくなったので修復されたものだった。


修復されてからというもの大人気作品の一角に入っている。


「はい……確かに私が修復したものですが」


「余計なことをしてくれたな!! 俺はこの作品の作者だ!!!」


「はあ……」


「今じゃお前がこの作品を修復といいつつほぼ連載しているが、

 すべて俺のおかげだってことを忘れるな!!」


「もちろんです。私たち小説修復師ができるのは修復まで。

 作者ありきの作品ですから」


「そうとも。お前ら修復師なんてしょせんは同人活動と同じだ。

 ちょっとばかし、俺のふんどしで人気が出たからってズに乗るなよ」


「……ちょっとまってください。我々は同人活動とは思っていません」


「あ?」


「修復は作者の意図や気持ちを汲み取り、再現するものです。

 自分のこうしたいああしたいを好きに書いているわけではないです」


「ふん、安っぽいプライドだ。二次創作となにがちがうんだ」


「……それより、今日のご要件はなんですか?

 小説修復師の私に文句を言うために来たんですか?」


「いや違うね。俺も小説修復師になりにきたんだ」


「あなたが?」


「俺は連載経験もあるし、いくつもの作品を書いてきた実績もある。

 ここだけの話、ライターの仕事もしたことがあるんだぜ」


「はあ……」


「だから教えろ。小説修復師の仕事を。

 あんたよりもスキルはずっと上だからもっと人気が出るはずだ。

 拒めば、あんたを著作権侵害として訴えてもいいんだぜ」


「別に隠すつもりはないですよ……」


小説修復師はしぶしぶながら元作者にノウハウを教えた。

作者の意思を尊重することや、書き味の消し方、トレースの方法などなど。


「もうわかった。わかったからもういいや。あとは依頼がくればいいんだろ」


元作者はすぐに凄腕小説修復師として鳴り物入りで募集をはじめた。

「連載経験」「ライター経験」といった肩書につられて客のひとりがやってきた。


「この作品……私がずっと好きだった作品なんです。

 でも、途中で作品が削除されてしまってもう見れなくて。

 手元に残っている数話しかないんですが、修復できますか?」


「そんなのちょろいに決まってる。

 ゼロから話を作るよりもずっと楽だぜ」

 

新人修復師となった元作者は数話の情報をサラっと読んで修復をはじめた。

その後もいくつもの作品を抱えてはなんとなく続きをかきあげていった。


「予想通り楽な仕事だぜ」


数十作品を修復したころ、同じ客がまたやってきた。


「ちょっとどうなってるんですか!」


「おいおい、感謝の言葉なら足りてるよ」


「そうじゃなくて! あなたの修復ですよ!!」


「は? なにが問題なんだ? 続きを言われた通り書いただろ」


「ぜんっぜんダメじゃないですか!!

 "ジュノ"と"シーバル"は一心同体なのに、設定が無視されてる!」


「ええ? そうだっけ……?」


「それに! 王立図書館はアールヴィン大陸の中央にあるんです!!

 なんで海辺に王立図書館があるんですか! 本が痛みます!」


「地図なんて把握してるわけないだろ……」


「だいたい、主人公が人を殺しすぎなんです!

 修復前は生き物を殺したりなんtねしなかったのに……!!」


「それはほら、こっちのほうが面白いじゃん。

 日常パートだけじゃ退屈だろう?」


「あなたは作品をなんだと思ってるんですか!!

 自分の好き勝手かけるネタの土俵じゃないんですよ!?」


その後も他の客からのクレームが止まらない。


設定を理解していない。

キャラの性格があっていない。

当時の作風になっていない。


悪評は悪評を呼び、ついに男には修復依頼がひとつもこなくなってしまった。


なにもかも見放された男は最後に小説修復師のもとへすがりついた。


「頼む! 修復してほしい作品があるんだ!!」


「……またあなたですか」


「客は神様だろう!? 選り好みできる立場じゃないだろ!」


「ええもちろんです。どんな方であっても修復の依頼は受けますよ」


「そうこなくっちゃな。これを修復してほしいんだ!」


「これは……」


提示されたのは男が自分で修復して大失敗した作品だった。


「修復したらクレームが止まらないんだ。

 今じゃ普通の作家活動にも低評価ばかりだ。

 あんたは修復師だ! こんな状態からでも修復できるだろう!?」


「ええそうですね」


「やった! そうだと思った! さあ修復してくれ!

 俺のために、このどうしようもない小説を!!」


小説の修復師はにっこり笑ってから、首を横に振った。



「お忘れですか? 2回目の修復は改変になるので受けていません」

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