書籍化報告記念 もう一つのエピローグ


 バスケからの帰り道。

 敢えて合わせようとしなくとも、自然と合うようになったペースで、僕らはいつかと同様に、でも関係性も心境も何もかも違う心持ちで、手を繋いで家までの道を歩いていく。


 少し肌寒くはなくなったものの、まだ春は訪れておらず、桜坂というこの坂の木々は花をつける気配はなかった。

 でもきっと、僕らは桜が咲く頃にも、散って葉が生い茂る頃にも、そして出会った頃と同じ秋も、また冬が来てもずっと、一緒にこの道を歩いていける。

 僕は不思議と、そう心から感じられていた。


「良かったね」


 千夏がそんな僕に対して、静かにそう言葉を発する。

 僕が隣にいる千夏に目を向けると、千夏はどこか悔しさを滲ませるような、それでいてどうしようもなく幸せそうな、不思議な微笑みで僕を見てくれていた。

 それに僕は、歩みを止めて、少し見惚れてしまう。


 手を繋いだまま止まったものだから、千夏も止まり、奇しくも、僕らは初めてお互いをただのクラスメイトではなく個人と個人として認識した公園の前にいた。

 そんな始まりの場所で、千夏が言う。


「うちからの言葉じゃ、きっとああはならなかったと思うんだ」


 イッチーと呼ぶことになった、奇しくも同姓同名で比べられ、そして仲良くなれた友人と共に、ゲンさんに言われた言葉。


『お前ら、同じ名前だけど全然違うだろうが』


 確かにそうかもしれない、千夏に言われてそう思った。

 僕が居て、イッチーが居て。そして何より、僕らにとって一番大きな、高校という枠組みの外にいるゲンさんからの、当たり前のような言葉だったから、こんなにも普通の言葉が響いたのだと思う。


「何だかさ」


「うん」


 僕がポツリと呟くのを、千夏は聞いてくれる。

 こうして、絶対に自分の言葉をちゃんと聞いてくれる人が傍に居てくれるというのがどれだけ嬉しいことか。


「あの瞬間、佐藤くんをイッチーと呼ぶことにして。そして、その感覚を分かち合いたくて千夏を見た時に、千夏が泣きそうな顔で僕を見てくれてるのが見えて」


「まぁ、聞こえてて、実際泣いちゃいそうだったからね」


「ここが頂点でもいいな、って思った…………それでね千夏は自分からの言葉じゃああならなかったっていうけど」


「うん」


「僕の中にはもう千夏がいて、千夏がいるからこそ、そう思えるんだよ?」


 千夏がいないと、僕は今でも二番のままだった。

 千夏が僕を、千夏の中での一番にしてくれたんだから。

 だからこそ、それ以上を望むことも、何かを諦めることも、必要ないなんて思えたのだ。


 すると、握った手に少し力が込められて、千夏は僕の手を引いて歩き始める。


「千夏?」


「この嬉しさを表現するためにね、この場所は良くないから、早く帰ろう」


 千夏が、何かを堪えるようにしてそう言って、僕は千夏の耳が少し赤くなっていることに気づいて、同時に自分が言ったことに対しての少しの羞恥で顔が熱くなるのを感じた。


 風が、そんな頬を、二人繋いだ手を撫でていく。

 幸せの気配が、僕ら二人を包んでいた。






















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作者あとがき



 お読みいただきありがとうございました。

 書籍化の記念に、元々感想で頂いていた千夏とハジメのエピローグを書いてみたものです。


 この度、2023年の10月20日で、富士見ファンタジア文庫様よりお声かけをいただき、書籍化させていただきました和尚と申します。


 挿絵はミュシャさんに担当いただき、最高の絵になっておりますので、良ければご覧くださいませ!


特設サイト


https://fantasiabunko.jp/special/202310nibanme/


 WEBの感想も勿論のことながら、Amazonや読書メーターなど、読んで頂いた方の感想や評価など、非常に有り難く拝見させていただいております。好評いただけていてとても嬉しいです。


 本作をここまで読んでいただけた方には伝わるかなとも思いますが、この作品は22万字、書籍で言うと上下巻構成となります。

 しかしながら2023年10月のラノオンアワードでも評価いただけるなど、新作の中では売れているものの、二巻はまだまだ厳しい状態。という事であとがきにも改めて告知という形で記載させていただきます。


 もし、気に入っていただけましたら(お昼の定食プラスアルファほどのお値段です!)、応援いただけると幸いです。

 別作品で、後日譚も更新中ですので、良ければ見ていただけると本当に嬉しいです!


https://kakuyomu.jp/works/16817330655053093000


 今後ともよろしくお願いします。


 

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