脅え

潜道潜

第1話

カタコン、カタコン。

カタカタタン、カタカタカタタン。


足元から聞こえる列車とレールの立てる音をBGM代わりに、

私は無心でノートパソコンのキーを打鍵していた。


上野を発車して約一時間。時刻は20時を少し過ぎたところ。

カーテンの向こうを流れる景色は、すっかり夜の闇に溶けていた。


寝台列車特急"北斗星"。

少し奮発して、B寝台。

個室タイプの客室にした甲斐はあり、集中して仕事が出来ていた。


とはいえ、そろそろよい時間だ。

腹の虫が泣き出したので、膝の上のPCを退かし、ベッドの上に放おってあったコンビニ袋を引き寄せる。

中身は、菓子パン、スナック、ミネラルウォーターに缶チューハイが一本。

これが今日の晩餐である。


北斗星といえば、食堂車での豪華フランス料理コースが有名であるが、しかし。

私のような、30歳になるかならないかの年までフラフラと文筆業の真似事をしているような人間には、

そうやすやすと手が出せる価格設定ではないのであった。


では、なぜそんな収入に不安のある私が、寝台特急なんぞに乗っているのかといえば、それは地元に帰るためであった。

地元、などとと言っても名ばかりである。

なんせ、18で飛び出して以来、1度たりとも帰っていない。

家族や友人ともロクに連絡を取り合っていないため、縁の一つも残っていないであろう土地だ。


いや、縁の一つも残っていない、というのは言い過ぎだった。

一つの縁は残っていた。だからこそ私は、およそ12年ぶりの帰郷の途に就いているのだ。


1と1/2成人式、という名目の、つまりは単なる同窓会のお誘いの手紙が来たのは、ちょうど2ヶ月前の12月。

こういったものは、最初の一回に欠席をつけたら、以後お誘い名簿から消えるものだとばかり思っていたのだが。

なぜだか遠路はるばるたどり着いた招待状。

なんの気まぐれか、出席に丸をつけて返送した自分。

そういった不運が重なり、何の思い入れもない地元へと帰るハメになっているのだった。


勢い、ハメになった、などとネガティブなトーンで語ったが、実際のところの私の感想は、無、に近かった。

プラスでもマイナスでもなく、ゼロ。極めてニュートラルな気分だ。

金はないが、旅は好きな私である。いっそ見知らぬ土地であったなら、まだしも感情が沸き立とう。

実際、12年も経てば、中途半端な片田舎のこと、すっかり様変わりしているという可能性もなきにしもあらずではあるのだが。

しかし、所詮はマイナーチェンジであり、記憶は薄れていても18年分の体験が一切通用しないということはないだろう。

勝手を忘れていても、勝手に思い出す。そんな程度の距離感には、あまりトキメかない私であった。


そんなことを考えながら、黙々と菓子パンを水で流し込む。

あまったるいチョコの風味を喉の奥にしまいこむと、とたんにダルさが襲ってきたため、そのままベッドへと寝転がった。

天井をボーっと眺める。

私がとったのは1階の客室で、だから、この天井の先には2階客室があるはずである。

しかし、今日はお客が入っていないのか、それとも素敵なディナーに出ているのか。今は物音一つ感じなかった。


無。あるのは、カタコン、カタコンと、列車がレールを走る音だけである。


招待状のはがきを見るに、同窓会を開催するのは、どうやら中学のOB会らしかった。

中学生。13から15歳。もはや何の記憶もない。

いや、実際、何もしていなかったのだろう。

私のことだ、当時から、ぼーっとするのは得意であったはずなのだ。

自我もなく、ただ漫然と流されるままに流れていく。

きっとそんなガキだったに違いない。いや全く覚えていないが。


そんな状態なのだから、当然、はがきに記載された幹事の名前にも覚えはない。

まぁ、知識として、あぁこんな名前の同級生いたなーという存在記憶を感じはしたが。

それ以上でも、それ以下でもない。とても肉のある人物とは思えない。


とはいえ、もし仮に鮮明に覚えていたとしても、やはりそれは何の役にも立たないだろう。

なんせ、12年である。いや、彼とは(たぶん)中学のとき以来だから、15年か。

30になるかならないかのうちの、15年。

それだけあれば、人間、どんな風にも変わろうというものだ。

地元の街並みどころの比ではない。メジャーアップデートがかけられれているに違いないのだ。

2.0である。いや、もう3.0かもしれない。30だけに。

純粋に倍の時間があったのだから、それはもう全く別の15歳になっていると言っても過言ではない。

というのはさすがに過言だと思うが、しかし、そう外してもいない論理だろうという、無根拠な自信があった。


そう。人間、変わって当たり前なのだ。

たとえば15年前であれば、こんな風に缶チューハイをカシュっと開け、こんな風に一気にアオるなんてこと、出来なかったはずだろう。

せいぜいがジュースである。あるいは、コソコソとやることを強いられてたはずだ。……強いられてたよな?

まぁ、ともあれ、15年という歳月は、それだけの変更を認める年月なワケである。

だから、これから会うのは、きっと知ってる知らない人なのだ。


そう改めて覚悟するのと同時に、強烈に頭をシェイクされるような酔いがやってきた。

チューハイ一気にアオるのは、私にとっては、まだ、早かったらしい。

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脅え 潜道潜 @sumogri_zero

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