第14話 救うべく

 エニシの目が覚める。

 いつの間にか横たわっていたようだ。

「ここは……?」

 どこまでも白い空間。エニシは既視感を感じる。

「やっと目を覚ましたか」

 どこからともなく声が聞こえてくる。エニシは周囲を見渡すものの、何も見えない。

 キョロキョロ見渡すと、後ろの方に何かがいるような気配を感じる。

 エニシは振り返ると、そこには巨大な影があった。

「あなたは……」

「久しぶりだな、月陰貞平……、いや、今はエニシ・ディーンだったな」

「ヤーマカーン……」

 死した人を裁く者だ。

「……あれ? どうして自分は貴方の前にいるんですか?」

「簡単だ。貴様は死んだからだ」

「死んだ……?」

 エニシは目を覚ます前の記憶を思い出す。

「確か、西のほうで光のようなものが光ったような……」

「そうだ。それによって貴様は死んだのだ」

「何故あの光と自分の死が繋がるんですか?」

「貴様が最後に見た光は、貴様が打った終焉剣森羅によるものだ。終焉剣森羅は『人の造りし神の剣』である。この剣が西方大陸戦争にて使われ、惑星を丸ごと切断したのだ」

「俺の打った剣で……、惑星が切断された……?」

 ヤーマカーンから告げられる事実。いや、事実かどうかはエニシには分からなかったが、少なくとも話に矛盾はないように聞こえる。

 エニシにとっては受け入れがたい事実だろう。まさか惑星を斬るなど、普通に考えれば不可能な行為である。

「これは事実である。貴様の剣のせいで、惑星に住む全ての生命体が命を落とした。これは重罪である」

 そういってヤーマカーンは台帳を開く。台帳のエニシのページは真っ赤に塗りつぶされていた。

「これが貴様の犯した罪だ。生命体の命を奪うと赤字で死んだ命の名前が書かれるが、余白がまるで足りてない。重罪も重罪だ」

「そんな……、そんなこと……!」

 エニシは頭を抱えて、ヤーマカーンの言葉を否定しようとする。

「貴様は人を、動物を、生命体を殺す武器を欲した。それがこの惨劇だ。前世のように美術品を作っていれば、こんなことにならなかっただろう」

 エニシはその言葉で思い出す。

 前世はただひたすらに美術品としての日本刀を打っていた。その刀を見た人々が感嘆の声を上げるのを幾度となく見てきた。

 だが今世ではどうだ。評価の声は同じようだが、それには大量の血が激流の如く流れただろう。

「俺は、取り返しのつかないことをしてしまった……」

 エニシの目から涙がポロポロと流れる。

「それを踏まえた上で、貴様に今再び判決を言い渡す」

 ヤーマカーンは台帳を閉じて、エニシを見る。

「エニシ・ディーン。神の化身となって、『人の造りし神の剣』を斬れ」

 その言葉に、エニシはヤーマカーンを見る。

「終焉剣森羅を斬るって……、一体どうやって……」

「今から貴様は神の力を借りて、あの剣に対抗する剣を打つのだ。人造では神の領域には達することはない。神の力を体現するもの、神通力を持って対抗するのだ」

「神通力……」

「貴様の手で葬られた生命体を、貴様の手で救うのだ。それが判決である」

 エニシは立ち上がり、呼吸を整える。

「しかし、ここには道具も材料もないように見えます。一体どうやって打てと言うんですか?」

「問題はない。こちらで全て準備している」

 すると、エニシの眼の前に人影が現れる。

「我の裁きは終わった。後は任せる」

 ヤーマカーンは姿を消した。

 その代わりとなるように、目の前の影がエニシに接近する。そこには、男女様々な人たちが。

「エニシと言ったね? 我々は、万物の神々だ。僕は玉鋼の神。よろしく。そしてこっちから順番に、火の神、水の神、炭の神、槌の神と……、あとはその他多数だね。君に全面的に協力させてもらうよ」

「ど、どうも……」

 神々が勢ぞろいして、エニシは萎縮する。

「まずは神通力を内封した刀の作り方たけど、神通力を最大限に発揮するには、材料から打つ道具、火に至るまで、神の力を使わなければならない。そのために、僕たちがいる」

「なるほど……」

「君なら、日本刀の作り方くらい分かるだろう?」

「それはもちろんです」

「なら、問題はないな? 早速やっていこう」

 玉鋼の神が合図を送るが、それに待ったをかけるものがいた。

「俺は賛成しねぇなぁ。そいつの自業自得だろ? だったら手を貸す気はねぇ」

 そういったのは、先ほど玉鋼の神に火の神と紹介された神であった。

「火の神、それはどういうことだい?」

「こいつの惑星が終わったのは、こいつが変な刀剣を作ったせいだろ? つまり、こいつのエゴで数多の命が奪われたんだ。ヤーマカーンの判決がなければ、というかそもそも人間の出来事に手を貸すべきじゃねぇ」

 持論を展開する火の神。それに玉鋼の神が反論する。

「火の神、確かにそれは言えてるだろう。しかし我々としても、何十垓もの命が失われるのは不本意だ。ここは妥協してもらえないだろうか」

「妥協だと? 馬鹿言うな。人間のした事は人間が後始末すればいいだろう。俺たちが手を出す義理はない」

 火の神は、エニシにそう迫る。

 エニシは、下を向いて返事する。

「確かにそうかもしれません。それでも、今の自分にできる贖罪は、終焉剣森羅を叩き斬る事だけです。そのためなら、神の力を使うことになっても、仮に自分を失うことになってもいいです」

 それは、エニシの覚悟だった。自分のやったことは自分で後片付けする。その思いがにじみ出ていた。

「……そうか。お前の覚悟は受け取った。いいだろう、力を貸してやる。その代わり、あの刀剣をぶった斬る剣を打て」

「はい!」

 こうしてエニシは、神の力を借りて日本刀を作ることになった。

 まずは鋼の選定である。玉鋼の神が準備した鋼を火にかけ、板になるまで丁寧に叩いていく。薄く延ばした所で、真っ赤になるまで火の神の力を使って熱し、水の神の力を使って冷却する。ここで割れた鉄は炭素量が多く、日本刀の外側を覆いかぶせるのに適している。

 鋼の選定が終われば、それらをテコ棒に乗せて熱していく。これに和紙と藁の灰、泥をかけるのだ。これで熱が通りやすくし、かつ空気との反応を防ぐ効果がある。ここでふいごを使って火の温度の調整を行うのだが、ここは火の神がやってくれる。

「あと十度、温度を上げてください」

「あいよ」

 こんな感じで、非常に楽に温度管理ができる。この作業を「沸かし」と呼ぶ。

 この沸かしの途中で、大槌によって鋼を一体にまとめていく。この作業を何度か行うことで、鋼は一つにまとまっていくのである。

 一つにまとまれば、いよいよ鍛錬だ。ここでは槌の神が自身の分身を生み出し、エニシの指示通りに金槌を振る。

 エニシはこの工程を若干省略していたが、今回は本物を造るため、十二回程折り返し鍛錬する。

 この鍛錬の時、エニシには何かモヤのようなものが鋼に吸収されていくのが分かるだろう。

「何だろう、このモヤのやつ……」

「それは神通力だの」

 槌の神が答える。

「これが神通力……?」

「こうして鍛錬や火入れを行うことで、神通力が刀に宿っていく。君が神の化身となっているからこそ、こうして神通力が見えるのだ。そして、この刀が完成すれば、新たな神が生まれる」

 エニシにしてみれば、なんとも奇天烈な話だろう。

 さて、この鍛錬が終われば、心鉄を包み込むように鍛錬した鋼を巻きつける。

 これをさらに熱して、刀身の形に打ち続けていく。切先を切り落とし、先端部分を仕上げていく。

 この作業が終了すれば、日本刀の形に成型していく。これが終われば焼き入れだ。

 焼き入れの時には、刀身に泥や灰を混ぜた土を置いていく。刃には薄く、棟の方には厚く塗ることで、冷却した時に材料工学の観点から見ても強靭な鋼になる。この焼き入れの時も、火の色を見て温度を把握、調整し、熱を加えていく。

 そして十分に熱したところで、水に入れて急速に冷却する。この時に、日本刀特有の反りが出るのだ。

 刀身を水に入れた瞬間、白い光が刀身から輝く。

「こ、これは……!?」

「神通力が刀身に固着し、完全な刀として出来上がった証拠だ。これで新たな神が誕生する」

 玉鋼の神が答える。

「新たな神って……?」

「それは君だ」

「俺が……、新たな神?」

 そういって、エニシは刀を水から引き上げる。

 そこには、白く輝く刀があった。すでに銘は掘られているようで、「神通剣貞平」と刻まれていた。

「君自身が神を造ったんだ」

 その時、エニシの体に異変が起こる。心臓が痛むような、そんな感覚だ。

「う……、あぁ……!」

「これで君は神になった。そして、『神なる剣』を造ったんだ」

 エニシの手から神通剣貞平が離れ、空中に浮かぶ。

 そこに装飾の神が、日本刀に装飾する布や金物の装飾を施す。空中で装飾を施された神通剣貞平は、ゆっくりとエニシの手元に降りてくる。

「これが、神通力をまとった刀……」

 見た目以上の重さを感じる。それだけ神通力が付与されたのだろう。

 完成した頃合いを見ていたのか、再びヤーマカーンが現れる。

「ようやく神通剣貞平が完成したか」

「はい。でも、これを持ってどうすればいいんですか?」

「これから貴様を、少し過去の西方大陸戦争の戦場に飛ばす。終焉剣森羅が使われる少し前だ。そこで貴様自身で決着をつけろ」

「はい……!」

 エニシは、手に持っている神通剣貞平を見る。

 前世の自分の名前を冠した刀。エニシは絶対に失敗できない任務を背負わされている。しかし、どこか平穏な気分を感じていた。

 エニシは、神通剣貞平を腰に据えて、ヤーマカーンと正対する。

「お願いします」

「では、行くぞ」

 ヤーマカーンの巨大な手が、エニシの全身を覆う。謎の浮遊感を感じると、エニシは一瞬気を失う。

 次に目が覚めたときには、耳をつんざくような音が響いていた。

 その時にエニシは、自分が地面に横たわっているのに気が付く。

 とっさに跳ね起きると、そこが戦場であることを理解する。

 マスケット銃を持った兵士たちが、銃剣をつけて突撃している。野戦砲が白煙を上げながら砲撃する。魔法があちこちから飛んでくる。

 まさに現代の地獄。それが戦場だ。

 一瞬あっけに取られていたエニシだが、すぐに行動を起こす。終焉剣森羅を持っている人を探すのだ。

「どこだ……? どこにいる?」

 しかし戦場はエニシのことをよく思ってないのか、他の兵士とぶつかったり、魔法攻撃にさらされたり、敵国の騎士団に追いかけまわされたりした。

 とにかく逃げ回り続けたエニシは、いつの間にか後方指揮所のような場所に到着する。

「ここは……?」

 すでに泥だらけになり、頬からは血が流れている。それを見た騎士団の一人がこちらに寄ってくる。

「お前、その身なりは一般人か?」

「え、えぇまぁ……」

「ここは戦場だぞ? 一体どこから来たんだ?」

「あー、えっと……」

 言葉に詰まったエニシは、なんと言い訳しようか考える。しかし、その前に騎士が話しかける。

「もしかして、戦場に迷い込んで記憶でも失ったか?」

「あ、あぁ! そうかもしれません! 名前も思い出せない!」

 エニシは下手な芝居で記憶喪失であると偽った。

「そうか、それは大変だったな。こちらに来るといい。保護しよう」

 エニシは騎士に連れられ、簡単なテントの中に入れられる。そこには、騎士団長のヘルツェがいた。思わずエニシは顔を背けるが、どうやらヘルツェは何か話し込んでいて、エニシの方を見ていない。

 エニシは奥に置いてある簡易ベッドに連れていかれる。

「民間人の保護は聞いてないが、まぁこの際は仕方ない。しばらくここで待っててくれ」

 そういって騎士は、上官に相談するのか、エニシの元を離れる。

「さて、困ったぞ。このままじゃ終焉剣森羅を使う人の所に行けない」

 エニシはそっとベッドからテントの中の様子を伺う。

 聞き耳を立て、ヘルツェの話し声を聞く。

「……ここが最適なんだな?」

 集中すればなんとか声が聞こえてくる。

「……では、ここで私が終焉剣森羅を使おう」

 その言葉に、エニシは反応する。

「団長が終焉剣森羅を使うのか……! こうしてる場合じゃない、今すぐに移動しないと……」

 そんなことを言っている間に、ヘルツェは見たことある剣を持ってテントの外に出る。

「ヤバい!」

 エニシはテントから出ようとするものの、先ほど通ったところを戻るのは目立ちすぎる。

「やむなし……!」

 ちょうどその時、騎士が戻ってきた。

「お待たせ、ここは危険だから馬車を使って……て? あれ?」

 そこには誰もいないベッドと、テントに人一人通れる程の切り込みがあっただけだった。

 エニシは神通剣貞平を使ってテントの布を切ったのである。

「刃を砥ぐの忘れてたけど、ちゃんと斬れて良かった……」

 エニシは走りながら、ヘルツェのことを探す。

 すると、馬に乗ったヘルツェを発見する。行先は、目の前にある丘のようだ。

「クソ、間に合え!」

 エニシは必死になって走る。その時、エニシの体が宙に浮かんだ。

「こ、これは……!」

 なぜ浮いているのか。それを考えるために止まりそうになったが、今は終焉剣森羅を叩き斬るのが先だ。エニシは空を飛んで、ヘルツェの元に行く。

 一方のヘルツェは、丘の頂上に到着し、戦場を見下ろしていた。その足元には、同胞である兵士の死体が転がっていた。どうやら、文字通り命をかけて奪取した丘のようだ。

 その場所で、ヘルツェは終焉剣森羅を鞘から引き抜き、体の前で構える。

「終焉剣森羅よ、今その力を解き放て!」

 すると、終焉剣森羅に刻み込まれた魔法陣が魔法を発動する。終焉剣森羅の剣身が白く輝き始めた。

 その時である。

「キエェェェイ!」

 奇声と共に、エニシがヘルツェへ突っ込む。

 その声に気が付いたヘルツェは、思わず終焉剣森羅で神通剣貞平を受け止めた。

「君は……、エニシ・ディーン!? なぜここに!?」

「理由は聞かずに、その剣を折らせてください!」

 一度剣をはじいて、エニシは空中に飛び上がる。

「なっ……、何故浮いているんだ!?」

「そういうのも、全部聞かないでください!」

 エニシは急降下して、全力で剣を狙いに行く。

 一方でヘルツェは、自分に対する攻撃だと思っているため、剣を使って抵抗する。

 何度かの剣のぶつかり合い。その度に、お互いの刀剣は光り輝いていく。

「何故邪魔をするんだ!? これを使わなければ、この戦況は変えられない!」

「それは全てを滅ぼすとしてもですか!?」

「とにかく! 邪魔をしないでくれ!」

 その瞬間、終焉剣森羅は強大な力を発揮する。その力に圧倒され、エニシは吹き飛ばされた。

 エニシが態勢を立て直したときには、終焉剣森羅の剣身はどんどん伸びていっていた。

「ま、不味い……」

 このままでは、惑星を切り裂いてしまう。

「こうなったら、本気を出すしかない……!」

 エニシは神通剣貞平を正面に構え、力を込める。

 すると、剣から神通力があふれ出してくるのが分かる。

「うぉぉぉ……!」

 神通剣貞平からは、虹色のような様々な色の光が溢れる。

 エニシは、神通剣貞平を頭の上に掲げ、叫ぶ。

「神通力ィィィ!」

 神通剣貞平を思い切り振り下ろすと、斬撃が光となって終焉剣森羅に向かっていく。

 それらが衝突すると、そのまま拮抗し、最終的に大爆発する。その衝撃か、終焉剣森羅はヘルツェの手から離れ、空中に吹き飛ぶ。

 それを見逃さなかったエニシは、急降下しながら神通剣貞平を振るう。

「ウォォォ!」

 そして、終焉剣森羅と神通剣貞平がぶつかり、その圧倒的な速度と神通力によって、終焉剣森羅は中心付近で甲高い金属音と共にポッキリ折れた。

 そのまま地上に降りたエニシは、神通剣貞平を天に突き出す。

 すると神通剣貞平から、優しい光があふれ出し、戦場を照らした。

 その光を浴びた兵士や騎士は、一様に負の感情を失い、戦闘行為を止めるに至る。

 そのまま戦闘を行っていた双方は、酔いから覚めたように正気を取り戻し、戦場を去っていった。

『なるほど。神通力を使って人間の闘争心を抑えたか』

 どこからともなくヤーマカーンの声が聞こえる。

『終焉剣森羅の効果は切れた。これで終わりだ』

 エニシはホッと胸を撫でおろす。

 そして一つの疑問が浮かんだ。

「惑星が斬られなかったってことは、帝国にいる自分も生きてることになりますよね? それってどうなるんですか?」

『貴様はある意味分身のようなもの。この後すぐに、向こうにいるオリジナルと融合するだろう。その時になれば、神の化身ではなくなるが』

「そうですか。自分はまだ、この世界で生きられるんですね」

『そういうことになる。それと、神通剣貞平はこちらで預かる。このようなものが地上にあると大変だからな』

 すると、エニシの手にあった神通剣貞平は姿を消した。

『さぁ、融合の時だ。貴様の人生はまだ残っている。残りの人生を正しく生きるように』

「はい」

 その返事をした時に、エニシは一瞬目を閉じる。次に目を開けた時には、エルド工房の店頭にいた。

「あれ?」

「どうしたの、エニシ?」

 店の中をキョロキョロ見渡すエニシに、ニーフィアが話しかける。

「あ、いや……。なんでもない」

 無事に帰ってきたことに安堵するエニシ。

 なんだか味気ない感じもするが、エニシは世界の危機を救ったのであった。

 その後、エニシは数々の名刀を打ち、やがてシュミットミルグ帝国の中でも随一の刀匠と呼ばれるようになるのだが、それはまた別のお話である。

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鍛冶職人の異世界鍛錬生活 紫 和春 @purple45

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