第13話 第九の依頼

 万博から帰ってきたエニシは、強い後悔の念に駆られていた。

「月読命を使ってしまった……」

 万博会場で「ジュナイの涙」相手に静水剣月読命を振るった。これに対してエニシは後悔していたのだ。

「月読命は美術品なのに……。鑑賞するための刀だったのに……。これはもう、美術品じゃない……」

 前世世界の価値観を引きずっているのか、このようなことを言う始末。

 しかし異世界に転生した本来の目的は、美術品としての刀を打つのではなく、使われるための刀を打つことだ。その点で見れば、今回のエニシの行動は正しいと言えるだろう。

 だが、エニシはそれが気に食わない。使用用途に合わない行為は、工業的に見れば想定外の事故に繋がる。そういった意味でエニシは見ているのだ。

 しかしそれでも、エニシの作る刀はなかなかに優秀であることが証明できたのだ。これは喜ばしいことだろう。

 そんな罪悪感と優越感の間で揺れ動いているエニシの元に、とある客がやってくる。

「エニシー! お客さんー!」

 ニーフィアがエニシのことを呼ぶ。

 エニシは気持ちを入れ替えて、客と対面する。

 そこにいたのは、客とは程遠いようなスーツを着た団体だった。襟元にある星と肩についている装飾が、階級を表していることに気がつくのに、それほど時間はかからなかった。

「軍部省の方ですか?」

「そうだ。お前がエニシ・ディーンだな?」

「えぇ、そうですが……」

「お前に依頼したいものがある」

「とりあえず、こちらでお話を伺います」

 エニシは相談窓口に案内して、話を聞く。

「それで、どのような剣をご所望でしょうか?」

「我々の要望は一つ。剣を振るうだけで戦況を変えられるような剣を作れ」

「……ん?」

 これを聞いたエニシは、一瞬理解できなかった。

「えー……、もう一度お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「一度振るうだけで戦況を変えられる剣だ」

 エニシはペンを置き、思わず手で顔を覆った。

「どうかしたか?」

「……その、あまりこういうことは言いたくないのですが、正直現実的ではないような……」

 そこまで言うと、相手の目つきが変わった。

「非現実的や不可能という言葉は聞きたくない。出来る出来ないではなく、やれと言っているんだ。これは命令だ」

 その言葉をきっかけに、店の中が緊張感に包まれる。

「……なぜ、そんなに躍起になっているんですか?」

「お前には関係ない。とにかく作れ」

「しかし、要望がこれだけだとどんな剣を造るのか鮮明にイメージできません。もう少し具体的にはなりませんか?」

「いや、これだけだ。仮に付け加えるなら、どんな魔法にも引けを取らない火力が欲しい」

「……えーと」

 言葉は通じているが、話が噛み合っていない感じだ

 それに、軍部省の言っている剣が造れるとは思えないエニシは、この依頼を断ろうとした。

「申し訳ないのですが、製作は不可能と判断しますので、本日はお引取り――」

 ここまで言ったところで、エニシの額に冷たい何かが当てられる。

 それをよく見ると、数年前に軍に採用されたエッシャルグ拳銃であることが分かるだろう。

 引き金に指がかかっており、いつでも撃てる状態だ。

「お前に拒否権はない。この依頼を受けるか、ここで死ぬかだ」

 ニーフィアは驚きで固まり、裏で見ていたカナルが飛び出してくる。

「待ってください! 流石にそれはやり過ぎでしょう!」

「やり過ぎなどない。我々は常に国益の事を考えて行動しているだけだ」

「人の命を奪うことが国益になるのですか!?」

「そうだ。今回の依頼は軍の最高機密に指定されている。もし、諸兄らが外で迂闊なことを話せば、『特定秘密のうち軍機に関わる保護の法律』の軍機漏洩罪として、即刻銃殺される。いつ、いかなる時でもな」

 店の中に、さらなる緊張感が漂う。ここで迂闊なことを話せば、自分の頭が吹き飛ぶことだろう。

「もし、断れば?」

「その時はお前の足を撃ちぬいて、嘘の政治犯罪を犯した罪をでっちあげて、無理やりにでも作らせる。それのほうがいいか?」

 脅迫まがいのことをしてくる。これが国家権力なのだろう。

 それを聞いて、エニシは決断する。

「分かりました。造りましょう」

「エニシ……」

「立場が分かっているようで何よりだ。依頼を受けてもらったからには、我々も全力でサポートする。必要な物があれば、ここに連絡してくれたまえ」

 そういって名刺のような物を渡される。軍部省作戦部特殊作戦課という、大層な部署に所属しているようだ。

 そして彼らは前金を置いていくことなく去っていった。

「さて、面倒なことになったな」

 カナルがエニシに言う。

「しかし、依頼を受けたからには全力でやらないと」

「確かにそうかもしれないが……。何か当てはあるのか?」

「そうですね……。彼女に聞かないと分からないことがあります」

 エニシはイリスの元に行く。

「魔法でそういうのありませんか?」

「かなりあてずっぽうなこというのねぇ」

 イリスは考えて、あるものを思い出す。

「そういえば、魔法神学に『全てを超越する魔法陣』ってものがあるって聞いたことあるなー」

「全てを超越する魔法陣……?」

「どんな魔法かは簡単にしか聞いたことないんだけど、『あらゆるものを滅する力』が宿っているとされているわぁ。多分これを使うのが一番早いわねー」

「あらゆるものを滅する……」

「ごめんなさいねー。これ以上は文献や論文を漁らないことには分からないの」

「分かりました。これを探せばいいことが分かっただけで十分です」

 そういってエニシは、軍部省特殊作戦課に対して手紙をしたためる。

 内容は当然、『全てを超越する魔法陣』に関する書籍や文献が存在しないかを確認するためだ。そのために、他の省庁や帝国図書館に捜索依頼を出す旨を書く。

 それを郵便で出し、数日後に返事が帰ってきた。

『必要ならば、軍部省経由で教育省および帝国図書館に問い合わせることは可能である。二週間後から予定を空けているため、魔法陣に詳しい魔術師に来てもらうように言え』

 文面はそれだけであったが、とにかく魔法陣を探す手伝いはしてくれるようだ。

 魔法陣に詳しい魔術師なんて、エルド工房には一人しかいない。エニシは怪しまれないように、自分のサインが入った親書のようなものを持たせて送り出した。

 これ以降はイリスが探してくるのを待つのみである。正直、不安な気持ちの方が大きい。

 目的の魔法陣が見つかるまでは、エニシは魔法陣を書き込む刀剣を作る。今回の場合は、いわゆる西洋剣でいいだろう。

 エニシは材料を揃えて、鍛錬を開始する。これまでと同じように鉄の塊を打つ。いつもの手順は体に染み込んでいる。

 形状は非常に単純だ。これまで打ってきた刀剣の中でも、一番単調で地味かもしれない。だが、この刀剣は戦場を変えるためのものだ。魔法陣の力を最大限に発揮するためなら、刀剣は地味でも問題ない。

 こうして純銀にも似た剣身をした剣が完成した。後はイリスが戻ってくるのを待つ。

 イリスが帰ってきたのは、それから二ヶ月ほどしてからであった。

「いやぁ、大変だったよー」

 いつも持ち歩いているバッグから、色々な資料を取り出すイリス。

「結論からいうと、『全てを超越する魔法陣』は存在するわー。でもそれは、複数の魔法陣を組み合わせることで完成するものなのねぇ。全てを超越するような力を得るためには、それぞれの魔法陣を適切な分量だけ組み合わせないといけないことが分かったわぁ」

「複数の魔法陣を組み合わせる……」

「まぁ、料理で言うところの、いろんなスパイスを好きな量入れるようなものねー。分量で味が変化するように、魔法陣の特性も変化するみたいよぉ」

「なるほど……」

 分かったようで分かっていない。だが、要するにカスタム要素と言うことだろう。攻撃力や防御力、素早さなどの要素をカスタムして、自分に合った魔法陣を作るというのがこの魔法陣なのだろう。

「とりあえず、まずはどの魔法陣がどういうものであるかを調べないといけないねぇ。しばらく設計室に籠りきりかなぁ」

 その言葉通り、イリスは数日に渡って設計室で魔法陣の解析を行う。

 解析が終わったころには、目の下にクマが出来ていた。

「今必要なのは、この三つの魔法陣だと思うよぉ」

 そういって、簡略化した三つの魔法陣を差し出す。

 それぞれ、火力、防御力、素早さに分類されるようだ。

「これ、火力に極振り出来ないんですか?」

 エニシがそんなことを聞く。

「これは言ったことだと思うけど、例の魔法陣は複数の魔法陣を組み合わせて作るものだから、最低でもこの三つが必要なんだよねー」

「なるほど……」

「でも今回の依頼は火力を要求されてるから、火力に極振りして、それを補完するように防御力と素早さを足せばいい感じになると思うよぉ」

「じゃあ、その辺は任せます。自分は剣の最後の調整をしてきます」

 こうしてイリスは魔法陣を、エニシは剣の調整に入った。

 エニシの方は剣として使えるように、剣身を研磨する。使いやすいように身は通常より少し薄く、幅もそこそこ狭くしている。剣と言うよりかはレイピアのような見た目だ。

 イリスの作業はこれまた数日ほど時間を要した。実際に完成した魔法陣の大きさは、実寸で一メートル四方にも及ぶほどだ。しかも形はかなり複雑で、四角、七角形、円が混じっている。

「これは大きな魔法陣ですね……」

「本当だよぉ。おかげで肩が凝って仕方ないわー」

 イリスは魔法陣を紙からはがし、圧縮して作った剣の柄の部分に刻印する。しかし、今回ばかりは大きかったのか、剣身全体に書き込まれた。

「形としてはいびつですけど、使うときには問題ないんですか?」

「基本的には大丈夫ねぇ。魔法陣はどんな形の刻印をしても、圧縮前のように使えるのよー」

「へぇ」

 こうして、終焉剣森羅は完成した。この銘にしたのは、この剣で戦争を終わらせるという意味を込めている。

 後は試しに使ってみるだけであったが、その時にある人物が訪れる。

 依頼者の軍部省だ。

「依頼品は出来たな?」

「出来たのは出来ましたが、性能確認などはまだです。それが済んでからでないと、依頼品はお渡し出来ません」

「そんなことは現地で確認すればいい。いいから剣を渡せ」

「しかし――」

「それ以上言うと口を縫い合わせるぞ。もしくはその頭に鉛玉でもプレゼントするか?」

 そういって相手は拳銃を取り出して威嚇する。いや、脅迫か。

 エニシも命が惜しい。ここは要求通りに出すしかない。

「……分かりました。しかし、これだけは言っておきます。戦場で壊れたり、何か起きても、自分らは一切責任を持ちません」

「いいとも。我々に必要なのは、迅速な戦力だからな」

 相手は、バッグに入った現金を渡してくる。ニーフィアが恐る恐る取りに行った。

「あの……、領収書とかは……?」

「そんなものは要らない。むしろないほうがいい」

 相手がニーフィアのことをギロリと見る。ニーフィアは怖気づいてカウンターまで下がる。

 それと入れ替わるように、エニシは終焉剣森羅を持って相手の前に行く。

「では、どうぞ」

「話が早くて助かる。我々のことはくれぐれも他に話さないように」

 そういって軍部省の連中は帰っていった。

「なんとも横暴な連中だったな」

 カウンターの奥で見ていたカナルが言う。

「見てたなら援護の一言くらい言ってくださいよ……」

 エニシはカナルに文句を言いながら、軍部省の連中が置いていったバッグを開く。中には札束が大量に入っていた。

「おいおい……。三千ロンスはあるんじゃないか?」

「えー! そしたら今年の所得税の計算が面倒なことになっちゃう! それに税務署から監査が入っちゃうかも……」

 ニーフィアが頭を抱える。エニシは何も言えなかった。

 それから一ヶ月ほど時間が経過する。相変わらず依頼は入ってきて、それなりに忙しい日々を送っていた。

 そんなある日、夕陽が沈みそうな夕暮れであった。

「んー……。今日も一日頑張ったなぁ」

 そういって店番を終えようとした時だった。

 ふと外を見ると、夕陽とは違う方向から光が輝いていた。

「なんだぁ?」

 エニシの声に反応するように、ニーフィアとカナルが出てくる。

 店の二階のベランダに出てみた。

 その光は、地平線の向こうから出ているようだ。しかも、光はだんだん大きくなっていく。

「なんだ? あっちに何かあったか?」

 カナルが聞く。

「いや、何もないような気がするんですが……」

 次第にその光は大きくなると同時に、南の方角に伸びていく。

 やがてその光は、南に伸びきる。と同時に、北からも同じような光が伸びてきた。

 そしてそれは、地平線を埋めつくす。

 その瞬間だった。唐突に巨大な揺れがエニシたちを襲う。

「じ、地震!?」

 しかし、この辺りの地域は地震とは無縁の場所である。

 それに、揺れはだんだん大きくなっていく。その時、エニシは察した。

「これは地震じゃない……! この揺れは……!」

 次の瞬間、地面が裂け、下へと落ちていく。

 そして何かマグマのようなものが噴出すると同時に、視界が真っ黒になる。

 エニシは叫ぶ暇もなく、意識を失った。

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