第12話 万博
全体的によく分からない依頼を受けてから数ヶ月。エニシは特に忙しくなっている様子はなかった。
それもそうだ。廉価品である無銘剣ウィスパーケムの売れ行きがかなり良いのだ。今や冒険者のほとんどが所有していると言っても過言ではない。
さらに、工業刀であるにも関わらず比較的高値で買いに来る富裕層もいる程だ。そのためエニグル工業会社は、出来の良い無銘剣を選りすぐり、無銘真剣ウィスパーケムとして少々高めの値段をつけて販売しているらしい。
それでも特許の使用料は売上から差し引かれるため、エニシのもとに入ってくる使用料は増える一方だ。
「正直働かなくても問題ないかもなぁ……」
店番をしながら、エニシはそんなことをぼやいた。
「駄目だよ。ちゃんと仕事を続けなきゃ」
ニーフィアが紙でエニシの頭を軽く叩く。
「なんでさ。不労所得があるんだから、楽してもいいだろ」
「特許権の有効保護期間は三十年なんだよ? 人生五十年だとしても、残り数年くらいはお金が残ってないかもしれないんだよ?」
「うーん……。今人生のことを考えてもなぁ……」
「それに、特許で得たお金は厚生年金の徴収対象外だから、働くよりも多い金額を納めないといけなくなるよ?」
「うっ……、それはちょっと嫌だな……」
「でしょ? だからちゃんと働かなきゃ」
「そうは言ってもなぁ……。そもそも依頼が来ない限りはどうしようもないよ」
「それはそうだけど……」
そんな話をしている所に、カナルが入ってくる。
「不労所得を得たいなら、これに参加するのはどうだ?」
そういって、何かの広告を渡してくる。
「シュミットミルグ帝国万物博覧会……?」
「最先端の技術や工芸品を展示できる機会を欲しがっていた新興企業の連中が政府に要望して実現したらしい。最近の技術の発展は目覚ましいからな。政府もこの機会に使える技術が欲しいんだろう」
「へぇ……」
エニシは適当に返答する。
「そこでだ、エニシ。お前も万博に出展しろ」
「はい。……はい?」
エニシは思わず聞き返した。
「え? 自分も出すんですか?」
「そうだ。工芸品に一本剣を打って、それを展示するんだ」
「いやいやいやいや……。なんで出ないといけないんですか」
「うちの工房は最近有名になってきたけど、それでもごく一部の人にしか認知されていない。この際だから、パーッと有名になればと思ってな」
「別に自分じゃなくても、他の方に頼めばいいじゃないですか」
「いや、俺はお前の腕を見込んで言っている。昔打った片刃剣なんか芸術品みたいだったじゃないか」
「あ、あれは……」
それはエニシが、エルド工房に入る前に試しに打った刀のことである。
この世界で日本刀が造れるのかを確かめるために打ったものだが、つい前世の癖で芸術品のような刀を打ってしまったのだ。エルドはこの刀を言っているのだろう。
「それに、こういう場だとコネが作れるからな。コネは大事だぞ? なんたって全ての商売に繋げることができるほど重要なものだぞ」
確かにそう言われてしまえば、工房の将来のためには必要だろう。
それに、知られるという行為はそれだけでも大きな意味を持つ。それは前世で身に染みるほど理解させられただろう。
「……分かりましたよ。出展用の剣を打ちます」
「そう来なくっちゃな」
こうして、エニシは万博用に日本刀を打つことになった。
しかし、今更何も心配することはない。転生しても体は覚えている。芸術品の刀など、数えきれない程打ってきた。
流れるような手つきで、日本刀を打っていく。本来なら必要ない作業である鍛錬も丁寧に行う。
一応実用性も兼ねて軟鋼と硬鋼を用意し、それらを組み合わせて棒状に成形していく。
泥と灰を混ぜた土を、丁寧に日本刀の側面に塗っていく。芸術品としての日本刀は、ここで刃文も作るのだ。
そして焼き入れをした後、水に入れる。
反りが入ったことを確認すると、丁寧に刀身を砥ぐ。
砥ぎ終えた日本刀をよく見て、エニシは納得する。
「上出来だ」
この刀の名前は、静水剣月読命。静かなる水の如く、全てを魅了するような銘にした。
万博に出品する刀は出来た。その他にも色々と準備をする。
まずは、これまで打ってきた剣の概要を記した模造紙に書き込んでいく。これを掲示して、技術力の高さをアピールするのだ。
「なんか大学の卒研を思い出すなぁ……」
エニシはそんなことを思いながら、淡々と作業を続けていく。
全ての準備が整った、わけではない。エニシは公の場での正装を持っていない。今回は工房として出展するため、経費で正装を買ってもらった。
こうして、準備は万全だ。
「では、万博会場に向かうとするか」
会場は、おおよそ歩いて一日の所にある都市で開催される。
会場に到着すると、係員の指示で所定の展示場所に案内される。中小企業向けパビリオンの一角のようだ。
そこに、持ってきた展示物を広げる。特にエニシの月読命を中心にして、これまで打ってきた剣の大まかな説明、その他エルド工房の商品などを飾り付ける。
「よし、こんなものだろう。明日から開催だから、今日はもう宿に泊まろう」
エニシたちは、最寄りの宿に泊まる。街中に作られた屋台の様子から、今回の万博は色んな意味で期待されていることがうかがえる。
そして翌日。万博が開催される。
来場客が入るものの、まずは最新技術や派手な展示物に夢中になっているようで、エニシたちのブースにはなかなか人が来ない。来るようになったのは、開場から約五時間後のことであった。
「あら、こんなところに綺麗な剣が……」
貴族のような風貌をした婦人が、ブースの前に来る。
「美しいわね。これを作ったのはどなた?」
「あっ、自分です」
「この剣、すごくいいわね。コレクションの一つにしたいくらいだわ」
「お褒めいただき、感謝いたします。自分たちは、隣の都市で真剣を打っている工房です。もし工房に足を運んでいただければ、ご要望に沿った剣をお造りしますよ」
「いいわね……。場所はどこになるのかしら?」
「こちらです」
そういってエニシは、エルド工房の住所が書かれた名刺のようなものを渡す。
「後で伺うわ」
「それでは、お待ちしております」
つかみは上々。あとはこの刀の良さを伝えていくだけだ。
初日と二日目は、来場者がチラホラと来る程度だった。
三日目以降は、ブースがかなり盛り上がっていた。富裕層や中流層を問わず、いろんな人がエニシの日本刀を目当てに訪れたのだ。
「この剣、ワシにもくれないか?」
「私も欲しい!」
「申し訳ございませんが、これは観賞用の剣ですので、販売はしていないんです」
「なら、打ってくれ! 金ならいくらでも払う!」
「抜け駆けはずるいぞ」
おかげで盛況している。名刺もどんどん捌けていく。
その他、エルド工房の商品や実績の掲示に興味を持ってくれる来場客が大勢いた。こうしてエルド工房の名前が広まることだろう。
そんな中、とある人物がやってきた。
その人が進む場所を、富裕層の方々が道を譲っている。
エニシはヤバい人が来たのかと思った。
「ここが、エルド工房のブースかい?」
「え、えぇ、そうですけど……」
「自己紹介が遅れたね。私はシュミットミルグ帝国近衛騎士団団長のヘルツェ・フォン・ルガーだ」
「近衛騎士団!?」
思わず背筋が伸びる。
「そこまで緊張しなくても良いさ。上官の機嫌を取って得た地位だからな」
そういってヘルツェは笑う。
「しかし、庶民の身分である自分が、一国の騎士団と肩を並べるなど……」
「ま、そういう反応はするだろうさ。慣れている。それで、これが噂の剣だね?」
ヘルツェは、月読命を見てエニシに問う。
「はい、今回の万博のために打ちました」
「これは美しい。我々が普段使っている剣とはまるで違う。ぜひ買わせていただきたいのだが?」
「申し訳ありません。こちらは非売品ですので」
「そうか、それは残念だな。しかし、エルド工房に行けば注文できる……だね?」
「その通りです」
「なら、そうさせてもらおう。ただ、しばらくは色々立て込んでいてね……。時間ができたら伺おう」
「では、お待ちしています」
そんな話をした後、ヘルツェはエニシの耳元に口を寄せて、ボソッと話す。
「最近軍部の連中が騒がしい。少々気を付けるように」
「えっ?」
そのままヘルツェは去っていった。
「何だったんだ?」
エニシは若干困惑した。
その後、四日目、五日目と日が過ぎる。
エルド工房のブースは相変わらず盛況だった。とはいっても、客層が変わったのか、エニシと同じ庶民的な人たちが増えてきた印象だ。この雰囲気は、なんとなく展示ホールで開催される展示会のような感じであった。
そんな中、ヘルツェのような物々しい雰囲気の集団がやってくる。その集団は、紺色の軍服を着ていた。一目で見て分かる。軍人だ。
「君がエルド工房のエニシ・ディーンだな?」
「そうですが……、どちら様ですか?」
「詳しくは言えない。官公庁の人間とだけ」
しかし、軍服を着ているため、どこの人間なのかははっきり分かる。
その上で、軍人は質問をしてくる。
「今までいろんな注文を受けてきたが、例えば魔法が使えるような剣を打ったことはあるか?」
「それはあります。これとかそうです」
そういって、光線剣流星の概要を書いた掲示物を指さす。
「ほう……。これは君が施した魔法なのか?」
「いえ、専属の魔術師が魔法陣を施しています」
軍人の人たちが掲示物を見る目は、ただの興味本位ではなく吟味されているように感じ取れる。
「付与できる魔法の限界はあるか?」
「限界を調べたことはないですね……」
「ならどこまで出力を上げられる?」
「いや……、見当もつかないですね……。何分魔術師ではないので」
「そうか。なら単純に剣としての性能が知りたい」
「それなら、これとかどうでしょう?」
エニシは持ってきた荷物の中から、脇差よりもさらに短いナイフのようなものを取り出す。切れ味の見本を見せるためのナイフだ。
それと紙を軍人に渡す。
「どうぞ、斬ってみてください」
軍人がナイフを持って、紙にスッと切り込みを入れる。そのまるで空気を斬るように、すんなりと紙が斬れるだろう。
「これは……」
軍人は驚いている。普通の直剣なら押すように斬るのが普通だが、それよりも軽い力で斬れるため、このような反応をしている。
「うぅむ……。やはりウィスパーケムを設計しただけのことはある……」
「やはり、あの計画を進めるべきでしょうな」
「しかし、本人は魔法を使っていないようだ。専属の魔術師の実力次第だが……」
小声ながらも結構聞こえる声量で、何か話をする軍人たち。不穏な話にしか聞こえない。
「参考になった。これで失礼する」
そういって軍人は去っていった。何かの参考になったのだろう。
そのまま最終日を迎える。特に何事もなく、平穏な万博であったと言えるだろう。と、思っていた時だった。
「きゃあああ!」
突如として、女性の悲鳴が聞こえる。エニシがそちらの方を見ると、人が血を流して倒れている。
「この政府の犬どもめ! 我々『ジュナイの涙』が現実を教えてやる!」
そういって剣を振り回している。
遠くの方では爆発音も聞こえ、どうやらこれは訓練ではないことを知らせている。
「不味い、逃げるぞ!」
カナルが声をかけるも、エニシは動かない。
「おい、エニシ!」
「おじさん、先に逃げてください」
エニシは静水剣月読命を手に取る。
「……まさか、戦う気か!?」
「これ以上犠牲者を出さないためです」
そういって、エニシはそのまま敵の方へと駆けていく。
相手が後ろを向いている隙に、かなりの距離まで接近する。向こうが気が付いた時には、すでにエニシは間合いにいた。
エニシは月読命を振り上げる。敵は、腹部から胸にかけてスパッと肉ごと斬られ、大量出血して倒れた。
生死の確認をせずに、エニシは魔法で攻撃している敵に向かって走る。
なぜエニシがここまで戦闘に慣れているのか。それは、前世で剣術を習っていたからである。それにただの剣術ではない。刀剣鍛錬流派月陰流の影に隠れるように細々と継承されてきた、戦闘特化体術月陰流剣術を習得していたのだ。月陰流の刀剣鍛錬術の当主は、同時に月陰流剣術を会得する習わしになっている。
そのような訳で、エニシは戦闘においては並みの人より秀でているのだ。
爆発音がまた一つ。着実に近づいてきている。
すると、魔法を使っている敵を発見した。エニシは敵に向かって突きをしようとする。
しかし、向こうが一瞬早くエニシに攻撃を仕掛ける。
エニシは足にかける力の入れ具合を変えて無理やり体をひねり、横方向に飛ぶ。
それにより魔法攻撃を避けることに成功する。
エニシは一度受け身のために地面を転がり、その勢いのまま敵に斬りかかる。すると、敵はバリアのような物を展開し、エニシの斬りを受け止めた。
しかしエニシもここで止まらない。反転させた同じ魔法を発動し、干渉させて位相をゼロにする。それにより、月読命の刃が敵の肩へとめり込む。
敵は悲痛な叫び声を上げる。しかしエニシはこれで止まらず、何度も敵に斬りかかる。
敵が最後の抵抗をしなくなるまで斬りつけたエニシ。そこに警備係をしていた冒険者がやってくる。
「こ、これは……」
「おい……、お前がやったのか……?」
月読命から血が滴る。エニシは若干返り血を浴びているが、平気な顔をしていた。
「彼ら、『ジュナイの涙』とか言ってましたが、敵で問題なかったですか?」
「あ、あぁ。こいつらは反政府組織の連中だ。他のパビリオンに出現したが、何とか制圧した」
「ここもたった二人しか居ませんでしたね」
「とにかく万博は予定を切り上げて終了だ。閉会式もしない。出展者も来場者も全員帰れとのことだ。お前も早く帰るといい」
「そうさせてもらいます」
エニシは、エルド工房のブースに戻る。そこにはカナルたちがいた。
「あれ? 逃げなかったんですか?」
「お前がどっかに行くからだろ……、って、なんだその血は!?」
「あぁ、返り血を浴びたようです。後で洗わないとなぁ」
「ま、まぁ、お前が無事で良かったよ」
そんな会話を遠くから見ている人間が一人。先日来た軍人だ。
彼は何かを確信したようで、そのまま人混みに消えていった。
こうして万博はめちゃくちゃになったものの、エニシたちはエルド工房に帰ることができたのである。
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